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アジ・ダハーカの放つ熱線が、打ち捨てられたビルを溶かし尽くした。 「くそッ……!!」 なんとか攻撃をかわし、葛原は銃弾を放つ。だが、戦車の装甲さえ打ち抜く弾丸も、変種が相手では意味もない。 「どうしろってんだ!!」 吼えながら、葛原は使えるものがないか、周囲を見渡す。その中で、折れた標識が目についた。 飛びつくようにして標識を手に取った葛原は、 「喰らえよおおおおお!!」 槍投げの要領で標識を放つ。鋭い切っ先を持った標識は、アジ・ダハーカに突き刺さる。 否。その直前で、やはり溶けて消えた。 「またかッ……!」 同じようなことは先ほどから試している。銃弾、転がっていたコンクリート片、車の一部。だが、どれも炎竜の鎧には通じない。 炎のごとき熱の鎧は、アジ・ダハーカに迫る、ありとあらゆるものを溶かし、消してしまえるようだ。 巨竜の目が葛原を捉える。直感的に危機を察し、葛原は後ろに飛びのいた。直後、 「ッ!!」 熱波が葛原をあおる。 足元にあったコンクリートが一息に溶かされ、地下街へと落ちていった。 「やばッ……!!」 足場が溶けたことで、葛原は着地点を見失った。地下街は、アジ・ダハーカが溶かしたコンクリートによって、海のようになっている。 葛原が死ぬことを覚悟した瞬間、 「銃を伸ばせ!」 反射的に、葛原は銃を上に伸ばした。がくんと体が揺さぶられ、落下が食い止められる。 「大丈夫か!」 「も、守屋か」 伸ばした対物ライフルの反対側を握っているのは守屋だった。普通の人間ならば一緒に落下しているところだったが、呪力によって強化された肉体ならば、人間の肉体を片腕で支えることも容易だ。 助かった葛原は足元を見やる。溶けたコンクリートの海は、着地したいとは思わない。果たして、あそこに落下して、やけどで済むだろうか。 呪力は人間の体を強化し、鎧のような役割も果たしてくれるが、完全無欠というわけにはいかない。少なくとも、葛原は試してみたいとは思わない。 だが、状況は予断を許さない。 「まだ来るぞ!!」 遠くから悠介の声が響く。見上げれば、アジ・ダハーカの口腔が赤く光っていた。 「やばい、守屋! 逃げろ!!」 「ここで離したらお前も死ぬだろうが!!」 「んなこと言っている場合か!?」 二人で言葉を交わす間も、熱気は徐々に迫る。悠介が呪力を放つ攻撃で気をそらそうとし、アメリアの氷撃が背中を叩くが、アジ・ダハーカは気にも留めない。 終わりだ。葛原の本能が、そう告げている。 逃げることも、かわすことも、ままならない。ただ、自分を殺す炎だけを見つめる葛原。その視界に、人の影が映る。 「あ……」 「でえりゃあああああああああああ!!」 気合一閃。 葛原の小さな声を叩き潰し、白銀の閃光が巨竜をかすめた。 「ギィヤアアアアアアアアアア!?」 耳障りな巨竜の悲鳴。直後、葛原の体が銃に引っ張られる。 「大丈夫か、葛原君!」 悠介と守屋だった。二人がかりで引きあげてくれたようだ。 「お、おう。それより、どうなってやがるんだ」 巨竜は狂ったように暴れている。よくよく見れば、その背中にあったはずの翼が、ひとつ欠けていた。 「やればできるってことさ」 葛原は隣を見上げた。いつの間にか、八雲恵美の姿がそこにあった。 もちろん、彼女とて無事というわけではなさそうだった。埃で薄汚れ、服に覆われていない場所はやけどの痕跡が垣間見える。だが、刀を握る手はしっかりとしており、敵をにらむ目はらんらんと輝いていた。 「なんとか、なりましたね」 瓦礫の隙間から這い出てきた井出が、結果に口元を緩めた。 「ああ。だけど、やっぱりきついね、これ」 「それは仕方ありません。だけど、反撃できる。まだ終わりじゃない!」 「反撃、できるだと?」 葛原の問いかけに、井出は強く頷く。 「はい。奴の――アジ・ダハーカの体表面を覆っている熱気は、強い呪力を変質させたものでした。呪力は、同じ呪力でガードできます。要するに、あいつの体表を覆っている熱気と同量の呪力で武器を覆えば、攻撃は通るんです」 「まあ、ボクの場合、ほとんどすべての呪力を注いだけどね」 そう言って見せてくれた刀は、刃こぼれひとつなかった。 刃が溶かされていない。すなわち、反撃はできる。 「けど、すべての呪力を注ぐと、覆っていない部分がやけどするね。こればかりは防げない」 「いいえ、それも防御は可能です。アメリアさん!」 離れたところで様子を見ていたアメリアが、こちらを向く。 「あなたの冷気で、恵美さんを覆ってください! ちょうど反対の性質を持つあなたの呪力なら、恵美さんをアジ・ダハーカの熱気から守れるはずです!」 「……あたしに、他人が連中を殺す手伝いをしろって言うの?」 「そうすれば、確実に奴を仕留められます!」 数瞬、アメリアは悩んだようだった。だが、決意したらしく、腕を振るう。 青く光る呪力がアメリアから放たれ、恵美の全身を包んだ。 「へえ? こりゃ涼しい!」 「言っておくけど、その冷気でもアジ・ダハーカの炎は防げないわ」 「わかってるよ。一瞬でもガードしてくれれば、それでオッケーさ!!」 刀を両手で握った恵美は、巨竜を見据える。 「兄さん、サポートをお願い!」 「ああ、任せろ!」 「じゃあ、行くよ! 人間の意地を見せてやる!!」 恵美と悠介は同時に駆け出す。少し遅れて、アメリアも走り出した。 「『ミカヅチ』!!」 「ハァ!!」 悠介の放った呪力と、アメリアの放った氷弾が、アジ・ダハーカに直撃する。 もちろん、そんなものでは、ダメージにならない。そもそも、氷など、届いてすらいない。だが、わずかな衝撃でも、巨竜の意識を少しだけ奪うことはできる。 その間に。恵美は巨竜の背中側に回り込んだ。 「せえええええええ!!」 裂ぱくの気合と共に、恵美は刀を振るった。 全力の呪力によって守られた刀は、溶かされることなくアジ・ダハーカの鱗を斬り飛ばす。 「ギィアアアァァァ!?」 「まだまだぁ!」 巨竜の悲鳴が響く中、恵美は立ち止まらない。 無数の斬撃はアジ・ダハーカの体を切り刻む。鱗が弾け、腕の肉が飛び、血が噴き出した。 それは、アジ・ダハーカにとって初めての経験なのだ。今まで超高熱の鎧によって守られていた彼は、ありとあらゆる攻撃を無力化してきた。まっとうにダメージを受けたことなどないのだ。 初めての体験は恐怖を生み、恐怖は挙動の遅れを呼ぶ。 捉えきれない恵美の斬線。加え、アメリアと悠介の放つ攻撃に意識を奪われ、さらに痛みが全身を駆け巡る。 Aランクまで至った変種が、初めて感じた、かなわないことへの恐怖。 「グルゥアアアアアアアア!!」 その痛みに負けまいと、本能が叫ぶ。ここで立ち止まれば、死ぬ。 「何か来るぞ!!」 巨竜の口腔が赤く燃える。同時、全身を包む熱量が急速に引いていった。 動きを止めたアジ・ダハーカを前に、神威の面々も一所に集う。 「ま、まずいです! 全身の炎が引いている……、全力で一撃を放つ気です!!」 虚空に浮かぶモニターをにらみながら、井出が悲鳴をあげた。 悠介は眉間のしわを深くし、 「恵美、斬るなよ!!」 「わかってる!!」 すでに溜められたエネルギー。それを、放出する先も考えずに斬り飛ばせば、炸裂したエネルギーがどうなるか、わかったものではない。 動きを止めたアジ・ダハーカを殺すのは容易だ。だが、すでに集まっている炎のせいで、攻撃するわけにはいかない。 「全身全霊の一撃というわけか。どうする?」 「弾いてそらす! それしかない!」 「できんのかよ、そんなこと!」 「やるしかないんだろう!」 恵美は刀を正眼に構えた。全神経を刀身に集中させる。 「無茶です! 先ほどまでの攻撃でさえミサイル級の攻撃力だったんですよ!? 全力を尽くした攻撃なんて、刀で耐えられる攻撃なわけない!!」 「そ、それより散開しろ!! 一か所に集まっていたら、本当に一撃で消し飛ぶぞ!」 慌てた守屋が逃げようと跳ねるが、すぐに足を止めた。 「ッ、これは……!?」 「じゅ、呪力結界です! 逃げ場がない!」 解析を終えた井出は歯噛みした。本当に一瞬前までは、そこに何もなかった。 アジ・ダハーカの作り出す結界というのは、こんなにも一瞬で作れてしまうものなのか。 これが変種と、Bアンプルで作られた人間の差。 「堪えるしかないんだろう、それなら諦めもつくじゃないか」 覚悟と共に、恵美はアジ・ダハーカをにらむ。 炎が収束していき、 「来ます!」 井出の合図と同時、恵美は駆け出した。 「恵美!?」 驚く仲間も、恐怖も置き去りにして、恵美はまっすぐ巨竜に向かう。 アジ・ダハーカが熱波を放つ、まさにその刹那。 「でりゃああああああああああああ!!」 気迫と共に恵美は刀を振り上げる。刃先は逆さに、全力の峰打ち。 衝撃、そして爆発。 炎が全員の体を舐める。その最中で、恵美を信じ切っていた男が動いていた。 「隙あり!!」 炎を切り裂き、悠介が飛び出す。 全エネルギーを集めた、まさに必殺の炎。それは、アジ・ダハーカの身を守っていた炎が消えていることを示している。 最高のチャンスを、悠介は見逃さなかった。 妹をまねるような、全呪力を注いだ、必殺の斬撃。固い鱗を抜け、悠介の斬撃は、アジ・ダハーカの首を落とす。 「ァ……!!」 怪物の断末魔にしては、あまりにあっけないものだった。 巨体が揺れ動き、やがて、ずしんと地面を揺らす。 それが、恵美たちを死の淵まで追いやった巨竜の、最期の姿だった。 |