「樹林の中に人がいた、と」
「ええ」
 室内には井出の他、彼が呼んだ茅野と甲斐、さらには班の仲間である守屋と葛原も同席していた。
 五人で改めて監視カメラの記録画像を眺める。そこに映っているのは、確かに人のように見えた。
 もともとが解像度の高いカメラではなかったせいか、映像も鮮明とは言えない。顔はわからないが、成人男性のように見える。野戦服のような格好で、手には銃器を持っていた。
 茅野は画面を注視しながら、井出に聞く。
「場所は」
「東京都渋谷区。道玄坂のあたりです」
「……ふむ」
 その映像を見ていた葛原が言う。
「人が映ってることがおかしいのか? どこぞの駐屯地にだって生存者はいるし、それぞれ変種を狩って飯にしているんだろ」
「確かに、自衛隊を中心に変種狩りは行っている。各地の駐屯地には避難民もいる。問題は場所だ」
「場所? 渋谷がなんだってんだ」
「道玄坂の周辺に避難キャンプはない」
「……!」
 ちらりと葛原を見やった茅野は、
「そういう意味だ。現状、生き残りたちは各地の駐屯地や、まあそれ以外の、ある程度は武力が保障されている場所にしかいない。こんな、変種たちのテリトリーで生き残っている人間がいるとは考えていなかった」
「だが、現実問題として、カメラに映った。いた、ということだな」
 甲斐は肩をすくめ、茅野を見る。
「どうするんだ、茅野。調査にでも行かせるのか」
「……あまり興味がなさそうに聞こえるな?」
「実際、興味がない。私が研究の対象にしているのは変種であり呪力であって、努力して生き延びた人間の生活記録じゃない。連中が呪力を発現しているというのなら話は別だが」
「それは、まあないだろうな。銃器を持っているようだし、強い呪力の保持者は、そういった武器を必要としていないのが通例だ」
 八雲悠介、八雲恵美、アメリア・ラッセル。
 三人は、Bアンプルによらない呪力保持者だ。だが、三人とも、銃器を媒介として使用するような必要性はない。
 強い呪力保持者は、それだけで戦うことができる。そう考えるのが自然なことだ。
「だが、生き残りがいるというのは、放置できない。駐屯地ならともかく、道玄坂の周辺では危険が多すぎるだろう。移動ができないというのなら、その補助を……、このあたりまで連れてきてやる、くらいのことはすべきだ」
「それは、人道的に?」
「もちろんだ。神威はそのためにある」
 茅野は守屋を、葛原を、そして井出を見る。
「三人とも。行ってくれるか。探知能力に優れた君たちなら、彼の居場所を発見できるだろう」
「わかりました」
 代表するように守屋が返答し、三人は準備のために室を出ていく。
 残った甲斐と茅野は、改めて画面を見た。
「……生き残り、か」
「どうかしたか」
「いや。そんな人が、これからも多く発見されればな、と思っただけだ」
「前から思っていたが、お前はよくそこまで人道的観点から生きていけるな」
「人道的観点から生きる人間が、Bアンプルを投与させろなんて総理大臣に言うと思っているのか」
「それもそうだな」
 あっさりと引いた甲斐は、パイプ椅子に腰かけた。
「それで、Bアンプルの増産は?」
「以前とは環境が違うからな。精製方法を理解できても、材料が足りん。純度の高いアンプルを作るには、まだ時間がかかる。だが、現状でも入手できる材料でBアンプルを作れるようになれば、生き残り全てに投薬することも可能だろう」
「そうすれば、人間は生活圏を奪える、というわけか」
「その代わり、ほとんどの人間は死ぬがな」
「致死率を下げることは?」
「やっている。無駄に死者を増やしても仕方ないからな。だが、あまりに薬を薄めると、そもそも呪力が発現しないんだ。それでは意味がない」
「堂々巡り、か」
「そうさ。そして、それを簡単にやってのける連中は、やはり化物ということだよ」
 椅子の背もたれがギシリと鳴る。
 沈黙が、室を支配した。



 渋谷区道玄坂。以前は若者たちがあふれ返っていた場所だ。
 もっとも今は、他の土地と同じく、急成長した植物たちに覆われている。若者はおろか、生きた人間の姿さえない。
 渋谷駅前から下っていく坂は、巨大な根とひび割れたコンクリートが入り混じっている。ところどころに打ち捨てられた車があって、余計に物悲しい。
「こんなところに生きた人間がいやがるのかよ」
 近くまで自衛隊の車で送ってもらった三人は、監視カメラが映していた場所まで徒歩で移動していく。車も入れないほど太い根が走る道は、もはや道玄坂と認識することすら困難だ。
 湿った気候は、歩いているだけで汗ばんでくる。息苦しい中、守屋は汗をぬぐいながら答えた。
「カメラに映ったのは間違いないからね。いることにはいるんだろう。どこかの建物に避難している可能性が高いだろうな」
「建物ったってよ……。そんなもん、いくらでもあるじゃねえか」
 左右を見渡す。
 崩れかけているものが大半とはいえ、道の両脇は建物で埋め尽くされている。とても人間が住めるような環境とは思えないが、そこに人間がいたとすれば、探し出すのは困難だ。
「そのために、自分たちが派遣されているわけだろう。葛原、何か匂わないか」
「植物の匂いだの動物の匂いだの、そういうのならあるけどな。人間の匂いは感じねえ」
「まぎれているのか、まだ遠いのか……。それが問題ってことか」
 ひときわ大きな根を乗り越えると、少しだけ開けた場所に出た。
 根っこがドーム状に覆って、薄い日が差し込んでいる。少し先から、また根が道を覆い尽くしているのが見えた。
「おや?」
 その、ドームが切れる直前。そこで、何かが動いた気配があった。
「誰かいますか!」
 守屋が声をかけると、気配がみじろぎ、姿を現した。
 それは、野戦服姿の青年だった。手には自動小銃を持ち、迷彩柄のヘルメットをかぶっている。
 その顔を見て、守屋は目を丸くした。
「……え? さ、佐々木!?」
「……? もしかして、守屋?」
 その姿を見て、守屋は笑みを深くした。
「佐々木じゃないか! こんなところで生きていたのか!」
「守屋さん。佐々木さん、というんですか?」
「ああ、部隊は違ったが、同じ駐屯地にいたことがあるんだ。久しぶりだな、佐々木。よく生き残っていたよ」
 旧知の相手に会えて嬉しいのか、佐々木もにこりと笑った。
「それはお互い様さ。守屋は、どうしてここに?」
「監視カメラにお前の姿が映ったから、生き残りがいるかもって思って回収に来たんだ。自分、今は自衛隊じゃなくて、別組織で変種たちと戦っているんだよ」
「変種? あの変わり果てた動物たちのことか」
「そうさ! お前はどうしてここに?」
「まあ、色々とあってね。流れに流れて、ここに住み着くことになったんだ」
 笑顔で佐々木に近づく守屋。その前に、腕が横切る。
 ――葛原だった。
「どうした、葛原?」
「おかしいぜ。お前、匂いがしねえ」
「……え?」
 葛原の瞳は、真剣に佐々木を見据えていた。
「生きた人間なら、オレは100メートル離れていたって匂いを察知できる。そういう能力だからな。だけど、お前はこれだけ近づいても、何の匂いもしねえ。異常だぜ。お前……、何者だ?」
 対物ライフルを向け、葛原は油断なく挙動を見守る。
 そんな葛原に、佐々木はくすりと笑った。
「なるほど。よく鼻が利くようだ。おしかったな、守屋。気がつかなければ、あっさり死ねたかもしれないのに」
「佐々木……?」
「けど、もう遅いさ。お前たちは、網の中だ!!」
 佐々木が両手を広げたと同時、対物ライフルが火を吹いた。



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