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恵美がその部屋に飛び込むと、すでに全員が揃って待っていた。 ホワイトボードの前に茅野と甲斐博士。テーブルを挟み、悠介とアメリアの姿もある。恵美はまっすぐテーブルに向かいながら、 「救難信号だって?」 「ああ」 茅野は頷き、ホワイトボードを見た。 そこには、時系列がつらつらと書きならべてあった。 「救難信号を受信したのは14時35分。今から20分ほど前だ。場所は渋谷区道玄坂。発信者は井出君だが、守屋班が道玄坂で調査任務中だったことを考えると、三人とも自力での帰投が困難な状況になっていると考えて間違いない」 「詳しい状況は?」 「わからない。ネットワークに繋がっているカメラでは彼らの状況を捉えられていないし、衛星画像では樹林の密度が濃くて撮影できない。だが、なんらかのアクシデントがあったことは確実だ。そこで」 茅野は悠介たちを見やり、 「君たちに、守屋班の回収を命じる。ただし、絶対に無理はしないこと。これ以上、戦力が削られることは避けたい。その意味はわかるね、悠介君?」 「……はい」 悠介は頷いた。その顔に、影が落ちている。 「自衛隊にはすでに要請済みだ。車両とは池袋駅にて合流する。君たちは徒歩で渋谷まで移動、守屋班を発見するか、もしくは時間の経過をもって作戦を終了とする。君たちなら、車両で向かうより走った方が早いだろう?」 「そうですね。全力で駆ければ」 「出し惜しみは必要ない。頼む。何か他に質問は?」 茅野が三人を見ると、アメリアが手をあげた。 「敵が、変種である可能性は?」 「高い。というか、それ以外には考えられない。相手がAランクである可能性も十分にあると思う」 「そいつは、殺していいのね?」 「ダメとは言わない。その方が脱出に優位ならばそうすべきだ。だが、今回は準備が足りていない。アジ・ダハーカ戦の時と違って、呪力結界も観測されていない。よって脱出は可能なはずだ。もし脱出と戦闘、どちらを優先するかと言えば、脱出だ」 「……了解」 つまらなさそうに頷いたアメリアに、茅野は嘆息する。 「とにかく、時間が惜しい。準備ができ次第、出発してくれ」 「僕はできている。恵美、アメリア、君たちは?」 「いつでも」 「行こう、兄さん」 「よし、出発!」 武器を手に、飛び出していく悠介たち。それを見送り、茅野は隣に立つ甲斐に問いかける。 「六人が無事に生存して帰ってくる可能性は、どの程度だと思う」 「五分以下」 「……だろうな」 はぁ、と茅野は深く息を吐いた。 「頼むぞ、悠介君」 木々が後ろに飛んでいく。 太い枝を足場に、恵美は強く蹴りだした。景色が後ろに流れ、体が風を切る。 「こっちだ!」 地図を見ながら跳ぶ悠介を先頭に、三人は樹林の中を駆け巡る。 足場の悪い地上は車とてスピードが出せない状態だが、樹上は別だ。変種の襲撃さえなければ直線で道を結べる以上、呪力保持者にとっては、こちらの方が早い。 普段はたどり着く前に消耗してしまうため、自衛隊の車両を使うが、緊急事態ともなれば話は別だ。 「もうすぐだ! 近いぞ!」 30分近くも走っただろうか。悠介は端末を見ながら叫ぶ。 やがて、異常は恵美たちの耳にも届いてきた。 「あれか!!」 ずしん、と地面が揺れる音。誰かが叫ぶ声、ケモノの咆哮。 悠介も端末をポケットに突っ込み、加速した。 木々をかき分け、枝葉を斬り飛ばし、飛び込む。 「大丈夫か!!」 地上に降り立った瞬間、恵美の目に見えたのは、巨大な丸太だった。 否、そう見えただけのことだ。それは丸太でもなければ、根っこでもない。蛇のような太い体だ。 太く長い体の先端方向には、大きな顎と、三対の脚が見えた。 アジ・ダハーカと同じく、とても大きい。だが、それ以上に、既知の生物とはあまりに異なる外観に、思わず背筋が凍った。 「なんだ、この化物はッ……!!」 「死ね!!」 変種の姿を見て取った瞬間、アメリアは氷塊を作り出していた。さながら杭のごとき氷塊は、変種の体にまっすぐ激突し、 「ッ!!」 弾かれる。 アジ・ダハーカの時に近い――だが、それよりも悪い。巨竜には攻撃がそもそも届かなかったが、この相手は、届いてなおダメージが入らない。 「こっちだ!!」 恵美と悠介もまた、同時に動いた。 二人の刀が重なるように直線を描き、蛇の体を傷つけんと振るわれる。だが、 「いッ!?」 それさえも弾かれる。 氷も、刀も弾くほどの体。 「呪力の量が、とんでもないのか……!!」 一瞬で悟る。 全身から感じる、濃密なエネルギー。恵美たちが扱う呪力とは、根本的に分量が異なる。そのせいで、鎧のような呪力を突破しきれないのだ。 「くそっ、『ミカヅチ』!!」 恵美の刀から呪力の塊が放たれ、蛇の頭に激突した。炸裂した力に、蛇は初めて恵美たちの存在に気づく。 振り向いた蛇の瞳が、恵美たちを見据える。 「ッ……!!」 その目に、恵美はかすかに手が震えた。 捕食する者の目だ。 咄嗟に周囲を見やる。兄もアメリアも、茫然と蛇の顔を見つめていた。 まずい、と頭の中で警告が鳴る。逃げなければ、と本能が訴える。だが、どうやって? そこまで思考が走った直後、 「よくやった恵美!!」 叫び声は、少し離れたところから聞こえた。 瞬間、周囲を黒煙が覆う。 「こっちだ!」 その声が葛原のものと気づいた瞬間、恵美は地を蹴っていた。 「アメリア、君も早く!」 「ちょっ!」 構わず、アメリアの手をつかみ、恵美は声のもとまで飛びのく。 煙の外まで逃げると、葛原の姿が見えた。 「葛原君、井出君たちは!?」 「ここです!」 煙から転がるようにして井出と守屋が、遅れて悠介も飛び出してくる。その姿に、恵美は少しだけ安堵した。 「みんな、大丈夫?」 「大丈夫とは、言い難いけどね……。なんとか生き残っている」 そう語る守屋の左腕はだらりと垂れさがり、血にまみれていた。ところどころから、薄く煙が立ち上っている。 「やられました。あの変種は、死んだ人間を操作できるんです。それだけでなく、死んだ人間は普通の人間と同じように喋るし、記憶も保持している。葛原さんが早い段階で気付いてくれなければ、それだけで全滅していました……」 「それだけじゃねえ。脚から出してやがるのは、あれは強酸だ。守屋が喰らった」 「酸か、それで……。とにかく逃げよう。それほどの相手、間違いなくAランクだ。敵う相手じゃない!」 「そんな簡単に逃げられるようなら、とっくに逃げてるって! ほら、来るぜ!!」 煙が持ちあがり、吹き飛ぶ。 姿を現したのは、あの奇怪な蛇。真っ赤な瞳が、恵美たちを見据えている。 |