「さあ、兄さんたちと合流して帰ろうか」
「ユースケたちも来ているの?」
「いやあ、それが、途中ではぐれちゃって。というか、全力で来たら置いてきちゃった」
「……あなた、頭の中に何を詰めているの?」
 少しでも感心した自分の方こそバカだったか。そんなことを思ったアメリアは、
「……!」
 気づく。ほぼ同時に、ガサガサと草木を揺らし、巨大な甲殻が姿を現す。
「ケモノか」
 刀を構え、恵美は出現した変種をにらむ。
 出てきたのは、巨大な蟹だった。乗用車ほども大きく、ハサミは金属色に光っている。
「鈍重そうね」
「じゃあ、置いて逃げるかい?」
「冗談でしょう?」
「ふっ、その通りさ!」
 刀を右手に、恵美は駆け出す。
 短い間合いはすぐさま詰まり、恵美の放った一閃が蟹を襲う。
「ッ!?」
 響いたのは甲高い金属音。
 蟹の甲羅は、恵美の斬撃を受けてなお、傷ひとつない。
「また固い相手ね……、うっとうしい!!」
 続き、アメリアは腕を振るう。その軌跡に従って氷槍が生まれ、飛び出す。
 ガツン、と重い衝撃音が響き、槍は砕けた。だが、その程度でも、目くらましにはなる。
「喰らいなさい!!」
 その間に、呪力を溜めたアメリアは、氷風として打ち出した。
 冷気は蟹の全身を覆い、その全てを凍らせていく。
「蟹だかなんだか知らないけど、生き物であるなら、全身は水分の塊よ」
 アメリア・ラッセルは氷の呪力保持者。敵の体ごと凍らせることなど、わけがない。
 普通の変種が相手ならば、この力でも、十分に一人で渡り合えるのだ。
「はあ、やっぱりすごいね、アメリアの能力は」
 完全に氷像と化した蟹を、恵美はつんつんとつつく。
「あたしがすごいというより、あんたが本当に頭悪いだけじゃないかしら」
「な、なんでさ!」
「どうして見た目からして頑丈そうな相手に対して真っ向勝負を挑むのよ。あなたの能力はからめ手も苦手なのだから、せめて相手の弱点を狙うようにしなさいな」
「うっ……。そ、そういうのは、いつも戦いながら見つけるんだよ」
「戦う前から考えなさい、って言っているのよ。そうしなければ、命がいくつあっても足りないわ。こいつだってそう、甲羅は固いだろうけど、関節まで固いとは思えないわ」
「関節?」
 見れば、甲羅と甲羅の間に隙間がある。
 それも当然だ。全身を甲羅でガチガチに固めてしまっては、身動きができない。
「なにも力任せに断ち切るだけが業じゃないでしょう」
「それはそうだけど……。うーん、どれ?」
 恵美は刀を氷像に向けると、巨大なハサミの付け根に刃を当てた。
 ぐっ、と力をこめる。今度は刀が弾かれることもなく、すんなりと通った。
 ズシン、と巨大なハサミが落ちる。
「おー、アメリアの言う通りだね」
「あきれた、当たり前でしょう」
 純粋に喜ぶ恵美に、アメリアは嘆息した。どうして自分は、わずかでも、こんな少女を頼りにしようと思ってしまったのだろう。
 自分自身に疑問を持ちつつ、さてベースに戻るか、と足先を変える。しかし、恵美はまだ動こうとしなかった。
 じっ、と蟹の死体を見つめている。その表情は真剣そのものだった。
「どうしたの、エミ」
「……ねえ、アメリア。隙間と隙間に刃を通せば、当然、斬りやすいよね」
「そんなの当たり前でしょう。それが何?」
 問い返しにも、恵美は答えなかった。
「流れって、そういうことなのかな?」
「はぁ? 流れ?」
「うん……」
 何のことだろう、とアメリアが首をかしげていると、頭上でガサガサと樹が揺れた。
 遅れて、人影が飛び降りてくる。
「恵美、アメリア! 無事だったか!
 悠介たちだった。悠介は恵美に歩み寄ると、
「恵美、どうして先に行った! 連携しなければ危ないだろう!」
「ご、ごめん、兄さん。アメリアのこと考えてたら、居ても立ってもいられないじゃないか」
「それとこれとは話が別だ! お前が一人で大型種と接敵していたらどうするつもりだったんだ!」
「だ、だからごめんってば」
 額に冷汗を浮かべる恵美と、詰め寄る悠介。そんな二人に疲れたまなざしを向けながら、葛原はひとりごちる。
「……オレはむしろ、鼻も利かねえはずのお前が、どうやってアメリアを探し出したかの方が気になるけどな」
「動物的な勘、としか言いようがありませんね」
 肩をすくめる井出に、アメリアは思わず噴き出した。
「んだよ、アメリア。えらく上機嫌じゃねえか。そもそも、お前がこんな無茶をしなきゃ、オレたちがヤバい橋を渡る必要はなかったんだぜ? 恵美の独断専行も問題かもしれねえが、お前はそれ以上だぞ」
「わかっている。ごめんなさい」
 アメリアは、自然と謝罪の言葉を口にしていた。同時に、そんな自分に驚いてもいた。
 母国では、謝罪するより先に、何故そうしたのか、理由を述べるのが当たり前だ。過程があって結果がある。それが習慣だ。
 自分のように、いきなり謝罪を口にすることは、自分が全面的に悪いと認めていることになる。
 自然と口をついて出た言葉は、あるいは、自分の本音だったのかもしれない。誰も悪くなどない、自分だけが悪かったのだ。ただ、見えていなかった。それだけだった。
 何もなしに謝るとは思っていなかったのだろう、葛原は「お、おう」と小さく返答しただけだった。
「まったく。じゃあ、そろそろ撤収しよう。もう渋谷が近い、こんなところでアトラク・ナクアと会ったら……」
「アトラク・ナクアってなんだい?」
 その声に、全員の動きが止まった。
「ようやく合流できたよ」
 木々を揺らし、姿を現したのは――守屋直輝だった。



 暗闇の中で、トクン、と鼓動が鳴る。
 心臓などではない。もっと深い場所にある何か。
 力を蓄え続ける何かだ。



「守屋、さん?」
 それは誰の声だったか。
 皆が茫然と、幽霊でも見るかのように、守屋を見つめる。
「なんでそんなに驚くんだい? とにかく、早くここを離れよう。なんとか逃げ延びたけど、ここもあの大蛇の縄張りに近いんだと思う。逃げないと危ない」
「あ、ああ」
「迂回ルートを見つけたんだ。こっちさ」
 先導しようと、背中を向ける守屋。その背中に、葛原はライフルを向けた。
「なっ、おい、葛原……!」
 静止を聞くことなく、葛原は引き金を引いた。
 轟音。かろうじて攻撃の気配に気づいていた守屋が、その一撃を紙一重でかわす。
「何をするんだ、葛原!」
「るせえ、同じ手に二度も引っかかるか!」
 守屋をにらみながら、葛原は警戒を解かない。
「お前らも気をつけろ、すぐにあの蛇野郎が来やがるぞ!」
「蛇野郎が来るって……、あ!」
 気づく。アトラク・ナクアを発見することになったきっかけ。
 あの蛇は、死体を生き返らせる!
「バレたか……。やっぱりお前は鼻が利くな、葛原」
「うるせえ! 守屋の顔をして、あいつを汚すんじゃねえ!!」
「顔だけじゃない。記憶もそのままさ。ただ、根幹となる意志が違うだけで」
「それを……、守屋とは呼ばねえのさ!!」
 ライフルの砲声。飛び跳ねてかわした守屋は、無言で手を振った。
 合図をきっかけに、周囲の草木が揺れ、数人の男女が現れる。
 見た目には、いずれもただの若者に見えた。だが、こんな樹林のど真ん中に、一般人がいるはずもない。
「囲まれたか……!」
「逃げ場は、なさそうだね」
 皆も、それぞれ武器を構える。葛原もいったん引き、悠介たちと背中合わせに身構えた。
「恵美、遠慮するなよ。人間が相手じゃない。ケモノが相手だ」
「そんなのは、わかっているよ」
 答えながらも、恵美の表情は優れない。ケモノを斬ることには躊躇しない彼女であっても、明らかに人間の姿をした敵というのは、戦いにくいのだ。
 その様子を見て取った葛原は、
「テメエら、この雑魚どもを片づけろ。オレは守屋をやる」
「いいのかい?」
「人間相手にするってだけでためらうような連中に、仲間だった奴を殺せるのか」
「僕はやれる」
「そうかい。けど、結構だ。あいつをやるのは……、オレの役目だ」
「……わかった。なら、任せる」
「じゃあ散れ!!」
 叫ぶと同時、葛原は守屋めがけて飛び出した。



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