「いい度胸だ!」
「度胸だけじゃねえぜ!」
 対物ライフルを振り回し、葛原は守屋に殴りかかる。だが、大振りの一撃は、最小限の動作でかわされた。
 構わず、葛原はミドルキックを放つ。守屋は体を沈めてかわし、
「自衛官を相手に一般人が格闘戦とはね、恐れ入るよ!」
 そのまま葛原の足を払った。葛原の体が刹那、宙に浮く。
「そら!」
「ッ!」
 落ちる体を加速させるような、容赦のないかかと落とし。地面に叩きつけられた葛原の体がバウンドする。
「ふっ!」
 追撃の足撃は、転がってかわす。なんとか距離を置いた葛原は、口に混じる血を吐き出し、ライフルを構えた。
 発砲。轟音と共に弾丸が飛ぶが、狙いが甘い。後ろの樹木を弾き飛ばすも、守屋にはかすりもしなかった。
「その程度か!」
 跳びかかる守屋。目を細めた葛原は、
「バァカ」
 全身の力をこめて、飛び込んだ。
「ッ!?」
 がむしゃらな体当たり。だが、呪力を込めた突進は、葛原の体を弾丸に変える。
 予想外の反撃に、守屋もかわしきれなかった。共にもつれ合い、転びながら、樹林の中に飛び込む。
 葛原は歯を食いしばり、無我夢中で引き金を引いた。
 ガツン、と重い衝撃に、腕が跳ねる。同時、手ごたえを感じた。
「ぐっ!?」
 直後、蹴飛ばされ、元の空間に戻される。地面を転がった葛原は、勢いそのまま、起き上った。
「やってくれるじゃないか」
 草木を揺らし、守屋が姿を現す。右肩から先はない。ライフルの弾丸がかすめたのだろう。
 しかし、ちぎれた肩からは、血があまり流れていなかった。あるいは、流れるほど血が残っていないのかもしれない。
 葛原の周囲では、恵美たちが刀を振るっていた。だが、葛原の目には、そんなものなど映っていなかった。
 彼の敵は、彼の許せないものは、ただ目の前にいる。
「守屋。テメエは死んだんだ。なんで出てきやがった」
「そうせざるをえなかったからさ。いつだって選択肢などなかった」
「そうか。じゃあ、オレがもうひとつ、選べない選択肢をやるよ」
 銃口を向ける。引き金を引くこと、彼を殺すことに迷いはない。
 そんな、かつての仲間の姿に、守屋は少しだけ眉をひそめた。
「お前は、いつだってそうだな。仲間を仲間とも思わない。本当のクズだ」
「ああ、確かにオレはクズさ。お前と違ってな」
 葛原はニヤリと笑い、言った。
「オレは、死んだ仲間より、生きている仲間を大切にする。それが、今のオレと、お前の違いだ!!」
 銃声が響く中、葛原は駆ける。短い間合いを踏み越え、腕と下半身を失った守屋の体を蹴り上げる。
「くず、はらァ……!!」
「うるせえ、もう寝てろ!!」
 上半身だけとなってなお死なぬ守屋を踏みしめ、葛原はその頭に銃口を押しつけた。
 そのまま、引き金を引く。
 頭が弾け飛び、残った血がまき散らされる。
 そこまでして、ようよう守屋の体は力を失った。
「っ……」
 よろめき、葛原は膝をつく。全力の戦闘で体力を消耗していた。
 見渡せば、悠介のまわりには斬殺された死体が転がり、恵美やアメリアの周辺には氷漬けにされた若者たちが並んでいた。
「片付いたか……」
「ああ。だが、もう逃げられないようだ」
 悠介は血のりを払い、見上げる。
 巨木がなぎ倒され、ケモノが姿を現す。
 大蛇のような体に、蜘蛛のごとき八本の足。離れていてもなお感じるほどの威圧感。
アトラク・ナクア。具現化した死。



 扉をノックした甲斐玲奈は、返事も待たずにドアノブをひねった。
 自室にした茅野は、ベッドの上に渋谷周辺の地図を広げ、難しい顔をしていた。
「……博士か。どうした?」
「いや、ちょっと聞きたくなってな」
 地図の邪魔にならないよう、ベッドの端に腰かける。真剣な表情で地図を眺め続ける茅野は、こちらを向くことさえない。
「茅野。私とお前が出会った時のこと、覚えているか」
「なんだ、いきなり。昔話か?」
「それも関係ないわけじゃないからな」
「……もう忘れたよ」
「そうか。私ははっきりと覚えている。私が大学での研究に飽き飽きしていた頃だ。レストランで食事をしていると、いきなり目の前に知らない男が座った。アメリカで日本人の姿を見かけることが珍しくなくなったとはいえ、いきなりレストランで見知らぬ日本人と食事を楽しむ気にもなれない。そう抗議した私に、お前は言った。天才の力がいる、貸してくれ、とな」
「そんなこともあったか」
「ああ。そして、お前はどこからか変種の死体を持ってきた。そして、この生物について調べてくれ、という。最初は何の冗談かと思ったが、違った。お前が持ってきたのは兎に近い生物だったが、体構造が明らかに違った。何より、草食動物であるはずの兎に牙があった。それだけで、私は興味をそそられた」
「変種の特徴だな。どんな生物も肉食となる」
「ああ。言い換えれば、捕食性の生物に変質する、ということだな。それからの研究は、まあ楽しめた。世間に発表することのできない研究だとか言っていたが、そんなこと、私にとってはどうでもよかった……」
「それがどうした? 今さら、そんな昔話をしてどうなる」
「今までは気づいていたが、あえて質問することはしなかった。何故なら、私にとって最も重要な、研究材料が目の前にあったからだ。だが、最初から疑問には思っていた。なあ、茅野。お前はあの兎をどこから連れてきたんだ」
「どこから、とは?」
「悠介は、八雲の裏山に昔から変種がいた、と証言した。そして、八雲の裏山には呪力結界が張られているという。なるほど、大昔の呪力保持者が、変種たちをひとところに集め、呪力結界を張ったというのなら……、結界の外で変種を見かけないのは当然とも言える。言い換えれば、八雲の裏山に行かなければ、変種にはお目にかかれなかったはずだ。なのに、お前はアメリカの大都市に、平然と変種の死体を持ち込んだ。どこで手に入れ、どうやって持ち運んだ?」
 甲斐の鋭い瞳が茅野を射抜く。
「さらに言うなら、日本の片田舎でしか確認されていなかった変種が、どうしてパンデミックを起こした? どうしてアメリアや悠介のような、生来の呪力保持者がいる? そもそも、呪力とは何だ? それらの答えを、お前は……、持っているんじゃないか?」
 問いかけに、茅野はすぐに答えなかった。地図から顔をあげないまま、問い返す。
「どうして今頃、そんなことを聞く」
「なに、神威がそろそろ潰れそうだからな。お前が姿を消す前に聞いておこうと思っただけだ」
「神威はなくならない」
「現実的な問題だ。恵美たちがアメリアの回収に向かったところで、アトラク・ナクアとの接敵は回避できないだろう。そして、現状の火力でアトラク・ナクアの呪力装甲を破れない以上、我々はあの蛇を狩る手段がない。殺せないということは、ただ一方的に蹂躙されるだけだ、ということだ」
「大丈夫さ。お前の作った呪力保持者とは違う、悠介やアメリアは本物だ」
「……どういうことだ?」
 ようやく、茅野は甲斐に向き直った。
「人造の呪力保持者は、必要なものだが、その能力は本物に劣る。本当の呪力保持者は化物さ。人間じゃない」
「茅野。お前は何を知っている」
「そうだな。強いて言うなら、人間が無力だと……、そう知っているだけさ」
 そう言って、茅野は口元をゆがめた。



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