|
「そうか。無事に回収できたのか」 「そのようです」 鳴海は、会議室で国見総理大臣に報告をしていた。国見は窓の向こうを眺めたまま、報告を聞いている。 外は自衛隊の駐屯地が広がっている。戦車に自衛官、そして行くあてのない一般市民。 超成長を遂げた植物たちも、少しずつ開墾することでなんとか活動領域を広げている。だが、人間は、まだまだだ。 もっとも、生き残っているだけ、マシなのだろうが。 「……何か手を打つか」 「あの、首相。そこまでする必要があるのですか?」 「そこまでとは?」 鳴海は手書きの報告書に目を落とし、 「神威はよくやっています。この情勢になってから、大型種の討伐成果を持っているのは彼らだけです。各国との連絡も途絶えがちの現状、彼らを締め上げるのは逆効果じゃないですか?」 「確かにその通り。そして、その通りであるからこそ、チャンスなんだよ。鳴海君」 「チャンス……?」 「わからないかね。世界の警察と呼ばれたアメリカも、二次大戦の戦勝国たちも、変種に対しては有効な攻撃手段を持っていない。その中で、神威だけが有効な武器を持っている。これは大きなチャンスだ」 「つまりどういうことですか?」 「簡単なことだ。神威の能力を日本固有のものにすれば、日本が世界を牛耳ることさえ可能、ただそれだけのことだ」 ようよう、国見の言っている意味を理解した鳴海は、少しだけ眉をひそめた。 「まさか独裁でもするつもりですか?」 「まさか。だが、人間が世界の覇権を取り戻した時、呪力保持者の数を最も多く保有する国こそが、その後の世界運営で大きな発言力を持つことは間違いない。あるいは、変種討伐の名目で、他国の領土に駐屯地を作ることさえ可能かもしれん」 「9条はどうするんですか」 「日本は戦争を放棄しただけだ。他国で害獣駆除を行うことを制限する法律はない」 「……それは、神威が行ってはいけないのですか? 彼らは日本の企業という扱いです。技術流出には気をつけねばなりませんが、必要な戦力は、むしろ民間の立場で引き出した方が活用しやすいのでは?」 「神威は信用を置けない。いや、茅野が、と言うべきか」 「茅野社長が? ですが、彼は……、総理のご友人ですよね?」 「ああ、確かに友人だった。だが、あいつは普通じゃない」 国見の答えに、鳴海は少しだけうなった。 自分が捜してきた資料を頭の中に思い浮かべる。確かに、茅野明彦は重大な事実を隠していた。あるいは、彼こそ、全てのキーマンになるかもしれない男だ。 今まで、その事実は伏せてきた。だが――。 「鳴海君。神威は強い。だが、日本に必要なのは、単純な強さだけじゃない。コントロール可能な強さだ」 振り返った国見は、無表情に頷いた。 「鳴海君。もう少し、君に頑張ってもらわなければいけないかもしれん。だが、日本が力を手に入れた時、その恩恵は君にも降り注ぐはずだ」 「はい、承知しています、首相」 報告書を机に置くと、鳴海はきびすを返した。 やらねばならないことは、まだたくさんある。 甲斐は研究室と化した会議室の中で、パソコンを前にしていた。 画面に表示されているのは、Bアンプルの研究成果だ。改良に改良を重ねたBアンプルは、致死率を大きく下げることに成功していた。もっとも、原材料が足りないせいで、量産はいまだにできないままだったが。 もっとも、今の甲斐にとって、そんな成果などはどうでもよいことだった。頭の中を占めているのは、茅野の言葉だけだった。 「人間が無力であると知っている、か……」 意味深な言葉だが、彼はそれ以上のことを言わなかった。甲斐も、彼から言葉を引き出すだけのカードを持ち合わせていないかった。 「何を知っているんだ、茅野」 彼の知っている情報をもってすれば、さらに研究が進むかもしれないのに。 恵美たちが討伐したアジ・ダハーカやアトラク・ナクアの情報から、今まで分からなかったことも徐々に明らかとなっていた。おかげで研究の方は進んでいる。 だが、それでは全てのピースが揃っていないことも事実だ。 甲斐が物思いにふけっていると、控えめなノックが響いた。 「失礼します」 振り返ると、悠介が部屋に入ってくるところだった。 「どうした」 「いえ、たいした用事はないんですが……。研究の調子はいかがですか?」 「進んでいるが足りない、そんなところだ」 甲斐は、モニターに視線を戻す。 「たとえば、Aランクの基準が分かってきた。連中は、複数の遺伝情報が混ざった存在だ」 「混ざっている、というと?」 「アジ・ダハーカにはワニ・コウモリ・トカゲの遺伝子が混ざっていた。アトラク・ナクアは、蛇に蜘蛛、それとアルマジロの遺伝子が入っていたよ」 「……なんだか滅茶苦茶ですね」 「そう、その通りだ。哺乳類だの爬虫類だの、分類することがバカらしくなってくる」 カタカタとキーボードを叩く。画面に、巨大な猪の姿が現れた。 「一方で、スピアボアに代表されるCランクは、一種類の遺伝情報しか持っていなかった。スピアボアでいえば猪の遺伝子だな。普通の生物と違う点は、莫大な呪力を持っているということだけだ」 「なるほど……」 「だが、やはり分からないこともある。その最たるものが、どうやって繁殖しているのか、だ。それさえ分かればな……」 再び思考の海に沈もうとする甲斐に、悠介は問いかける。 「あの、大型種は、食べれば食べるほど強くなるんですよね?」 「ん? ああ、そうだな。特にランクが高い大型種はそれが顕著で、食べるほど、保有する呪力保持量が増えている。さながら、喰った相手から呪力を奪っているかのように、な」 「あの。人間でも、同じことはできないんでしょうか」 「同じこと、とは?」 「たとえば、生きたままの変種を食べれば、自分の呪力量を増やせるような……」 「変種を食べて増やす?」 悠介は力強く頷いたが、甲斐が考えていたのは別のことだった。 「そうだ、どうして今まで疑問に思わなかったんだ……」 ギシリと椅子を鳴らし、立ち上がる。甲斐の頭に巡っていたのは、知りたいという欲求。 「……悠介、頼みがある」 「なんでしょうか?」 「私を変種討伐の現場に連れて行け」 「はあ!?」 甲斐の申し出に、悠介は目を丸くした。 |