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ぐっすりと眠り、目覚めたアメリアは、身支度を整えると、食堂へと向かった。食堂にはすでに何人かの先客がいる。 その中に見知った顔を見つけると、とたん、心臓が跳ねた。 「エ、エミ……」 「ああ、アメリア。おはよう」 八雲恵美は屈託のない笑顔を向ける。今日は一人きりのようだ。 向かい側に座ったアメリアは、給仕の役を担っている非戦闘班に朝食を頼み、恵美を見据える。 長い黒髪。細面。日本の学生が着ている制服をいまだに着用し続けている理由は、よくわからない。 こうして眺めてみると、あれほどの強敵をあっさりと倒してしまえるほどの力があるようには見えない。話してみればおバカだし、葛原とは違う意味で獣に近い人だと思う。 「……」 何故、こんな少女に説得されてしまったのか。過ぎ去った今となっては、そんな自分が謎でしかない。 「ん、どうかした?」 「なんでもないわ」 頭を振って邪念を追い出す。恵美は純粋だ。他に何を考えているわけでもないだろう。あの時の言葉に嘘はないだろうし、そう信じられる相手でもある。ただ、自分で自分が理解できない、それだけのことだ。 アメリアが何の肉かも分からない肉料理を口にし出す頃、食堂に悠介が姿を現した。 「ああ、おはよう、兄さん」 「ああ、恵美、おはよう……」 今朝の悠介は、どことなく覇気がなかった。少しだけ疲れたように、椅子に腰かける。 「どうしたんだい、兄さん。やけに元気がないじゃないか」 恵美も感じたのだろう、少し眉をひそめ、兄を見やる。 対する悠介は首を横に振り、 「ああ、いや、ちょっと難問を突きつけられた気分でね」 「難問?」 「いずれ、お前も知るさ。それより、恵美、昨日はよく頑張ったね」 「うん? ふふん! ボクだからね!」 「謎の自信だな。本当に、どうやったんだ?」 「だからー、こう、なんとなく流れを感じるんだよ。兄さんにもボクにも、あの蛇にも八雲の力が流れているんだ。流れを断ち切るように刃を入れるよりは、流れに沿わせた方が綺麗に入るじゃないか」 「理屈は分かるけど、流れというのが……。井出君にも聞いたけど、そんな風に呪力を観測できてはいない」 「ボクだって目で見て言っているわけじゃないよ。こう、なんとなく感じるの」 「なんとなくって……。じゃあ、最後の一撃は?」 「あれは、ボクの中に流れている呪力をせき止めたんだ。流れる先がなければ溜まる、当然だろう? ダムみたいなものじゃないか」 「自分の中に流れる呪力を溜めるって……」 「聞いても無駄よ」 二人の会話を横で聞いていたアメリアは嘆息した。 「エミは動物みたいなものなんだから。獣に人間の言葉で説明しろと言っても無茶だわ」 「な、なんだい、それは。そりゃ、確かにボクは兄さんより頭が悪いかもしれないけどさ」 「ユースケより、じゃないわ。みんなより、よ。あなたより頭が悪い人、見たことないわ」 「ひ、ひどいなあ」 「ははっ。これはアメリアが正しいな。恵美も、もう少し勉強しなよ。こんなご時世じゃ難しいかもしれないけど、そうなる前から、恵美は成績が良くなかっただろう?」 「う、うるさいな! 八雲の修行に忙しかったんだよ!」 「条件は僕も一緒じゃないか」 「うう〜……。ボクは兄さんほど優秀じゃないんだ、仕方ないじゃないか」 恵美がそう言うと、悠介の頬が少しだけ跳ねた。 「恵美。お前は、優秀だよ。十分にね」 「むぐぐ……。そ、それより兄さん、今日はどうするんだい?」 「ああ、今日はオフだ。作戦は明後日さ」 「明後日か。予定は?」 「……それが、ちょっとした難問でね」 前置きし、悠介は嘆息交じりに告げた。 「博士を連れて大型種の討伐をするんだ。今、適切な狩場を探しているらしい」 「ふうん。……って、博士を連れて!? そんな無茶な!」 「僕もそう言ったよ。博士は呪力さえ持っていない一般人だ。その護衛をしながら大型種の討伐となると、これは簡単な話じゃない」 呪力保持者は、たとえどれほど弱い者でも、一般人よりは頑丈だ。 多少の怪我でも自力で治せるし、身体能力も高い。巨木の枝に飛び乗ることも、変種の攻撃をかわすことも、呪力保持者ならば可能だ。 そうではない一般人を連れ歩くとなれば、単なる討伐とは難易度が大きく変わる。一般人は、変種の一撃はおろか、弾けたコンクリートの破片に当たっただけで死にかねない。 「なんでまた、そんな無茶なことを言っているの?」 「僕もはっきり聞いてはいないんだけど、研究に必要だから、とか」 「研究にって言ったって、死んだらどうするつもりなんだろう?」 「そんな程度で怖がっていられるか」 カツン、と床を鳴らし、三人の前に白衣の女性が姿を見せる。 遅れて、それが甲斐博士だと皆が気づいた。 「無茶なことは承知している。だが、今後、人間が変種に勝利するためには、必要な研究だ。元来、研究など現場でなければできないことばかりだ。生物学ともなればなおさら、生きている生態をこの目で観察しないことには、理解できないことも多い」 「そうは言うけどさ、博士。ボクたちならともかく、博士じゃ猪の体当たりだってかわせないじゃないか」 「お前たちが守れば問題ない」 「それが無茶だって言っているんだけど……」 「なにも第五班だけでカバーしろとは言っていない。第四班も同行させる」 「井出君たちを?」 「ああ。葛原は索敵能力に優れ、護衛に適している。井出は情報収集能力が高く、私のサポートに適している。実戦は恵美とアメリア、お前たちで十分だろう。悠介は私の護衛を何度もこなしているから、手馴れているだろう?」 話を振られた悠介は、上目づかいに甲斐を見やる。 「護衛というのは、大型種との戦闘を避ける形でした。自ら接敵しに行くのとはわけが違います」 「そうだな」 「理解していて、何故……」 「言っただろう。必要なんだ」 甲斐は三人と並ぶように座り、続ける。 「今までの研究で、変種の生殖に関しては判明していないことがある。小型種は生殖能力があるし、既存の動物が大型種から呪力を注がれて変質するということも判明している。一方で、大型種は生殖器を持っていないのに、何故だか増加している」 「小型種が成長しているのでは?」 「それだと同じような大型種が発見される理由が説明できん。突然変異的な変化ならば、同じことが何度も発生したりはしない」 「成長するような遺伝子が組み込まれているとしたら?」 「その可能性も低い。というのも、小型種は摂食による呪力強化ができないからだ」 「……つまり、大型種のように、食べるだけで呪力が増したりはしない?」 「正解だ。お前たち呪力保持者も同じだな。というか、食べるだけで呪力が増す大型種の方が異質だ、と言うべきか。さて、そうなると、大型種はどうやって個体を増やしている?」 「そんなの、僕らに分かるはずないでしょう」 「だろうな。私も、今まで考えてはいたが、思いつきはしなかった。悠介、お前と話すまでは、な」 「僕と、ですか?」 自分を指さしながらも思い当たる節のない悠介に対し、甲斐は力強く頷く。 「悠介、お前は小型種を食べることで強くなれないか、と聞いたな。答えは不可能、それが現状の常識だ。一方で、大型種はそれができる。私は、それが大型種と小型種の、最も大きな違いなんじゃないか? そう思った」 「まあ、確かに違いではありますけど……」 「大型種は強い呪力があり、固有の能力があり、繁殖能力がない。一方で小型種は弱い呪力しか持たず、能力も発現できず、繁殖は可能。これだけ聞くと全く違う生き物のように聞こえるが、遺伝子解析をしたところ、あのアジ・ダハーカやアトラク・ナクアでさえ、既存の生物が持つ遺伝情報のごちゃ混ぜと判明している。つまるところ、小型種と大型種の違いは、呪力量の多い少ない、それだけのはずなんだ」 「えっと……」 甲斐の長々とした説明に、さしもの悠介も少しだけ戸惑っているようだった。彼には、どうして彼女がそこまで興奮しているのか、その理由も分からない。 恵美など、すでにうたた寝を始めていた。アメリアも聞いてはいるようだが、興味がなさそうにあくびをしている。 仲間の様子に気がついていた悠介は、決然と甲斐に問いかける。 「あの、博士。つまり、なんだということですか?」 「これは仮説だ。あくまで仮説だが……、大型種などという生物はいないんじゃないか?」 その言葉は、妹より頭の回転が優れる兄でも、理解できなかった。 「いない、って。じゃあアジ・ダハーカとかはどうなるんですか?」 「ならば、こう言い換えよう。小型種に外的要因が加わると大型種になるのではないか?」 「外的要因?」 「たとえば、ハリガネムシという寄生虫がいる。こいつは水中で生まれ、カマキリなどに寄生する。そして、宿主の体内で成長し、生殖可能になると、その行動を操り、水に飛び込ませるんだ」 「それじゃ、カマキリは……」 「もちろん死ぬ。寄生されたカマキリは、明らかに他のカマキリとは異なる行動をとる。変種も、同じようなことなんじゃないか?」 「小型種に……、何かが寄生すると、生殖できなくなり、呪力が増す?」 「正確には、呪力を求めるようになるんじゃないか? 呪力を喰っているのは、今まで大型種自身だと思い込んできたが、そうではなく……、寄生虫のような生物が喰っているんじゃないか? その力を、宿主の身を守るために貸しているだけじゃないか?」 今まで、大型種に共通する弱点は見つかっていない。 それもそのはず、個体によって大きく特徴が異なる大型種を、まとめて討伐せしめる方法などありはしないのだ。 だが、大型種が共通の寄生虫によって作られているのだとしたら――寄生虫の弱点を見つければ、大型種に対する特効薬が見つかることになる。 その事実に頭が巡った悠介は、ごくりと喉を鳴らした。 「もしそうだとしたら、大発見です」 甲斐は頷く。大発見、という言葉に、アメリアと恵美も我に返ったようだった。 「えっと、要するに、ボクたちは博士を護衛して大型種を討伐するんだよね?」 「……ああ、お前にはそのくらいでいい」 今までの説明をまるっきり無視した少女に、さしもの甲斐も苦笑を浮かべるしかなかった。 |