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井出による事前調査の結果、甲斐を伴って討伐に向かう先は、拠点から南に直線で10キロメートルほどの住宅街と決まった。 拠点となっているホテルから遠くなく、他の土地よりも樹林による浸食が控えめということが大きな理由だ。 討伐目標はCランクの大型種。住宅街の中にある、元市民体育館を巣にしているらしい。 作戦目標となる地点から東に1キロ。ほとんど間近まで至ったところで、恵美は自衛隊車両から降りた。 「このあたりなんだね」 同じように車両から降りた悠介は、荷台を見上げる。 「葛原君、匂うかい?」 「……いや、まだ遠い」 風に乗る匂いを探していた葛原は、諦めたように鼻を鳴らした。 そうか、と答えた悠介は、恵美を見やる。 「恵美。今日のアタッカーはお前とアメリアしかいない。相手はCランク程度だけど、油断しないように」 「分かっているさ。それに、うかうかしていたら、他のケモノを呼びかねないからね。手早く済ませよう」 「そうだな、それがいい」 今日も今日とて白衣姿の甲斐は、面々を見渡す。 「何度も言っているようだが、今回の目的は討伐そのものにはない。変種の死体だ。可能ならば死体を運搬し、不可能ならば、私がその場で検分する。理解しているな?」 「何度も聞いたよ」 耳にタコができる、とばかりに嫌そうな顔をした恵美。そんな恵美に、アメリアはくすりと笑う。 「あんたがすぐ忘れてバラバラにしちゃうから、何度も言っているんでしょう」 「う、うるさいな。だって目の前に敵がいるんだ、斬らないでどうするのさ」 「あたしが血液まで凍らせてあげるわよ」 「その方がベターだな」 頷く甲斐に、恵美は唸り声をあげるしかない。 「あの、皆さん。とりあえず移動しませんか」 あきれた様子の井出を筆頭に、全員で徒歩の移動を開始した。 先頭は葛原。その後に恵美が続き、井出や甲斐は陣形の中心へ。後背は悠介とアメリアが守る。 そのまま、市民体育館を目指して、樹林の中を進む。渋谷ほど悪辣な道ではなく、樹林を乗り越える必要もない。枝葉のトンネルをくぐり抜け、ひび割れたコンクリートを踏み砕きながら進んでいく。 「……来やがったぜ」 最初に気がついたのは、先頭を進んでいた葛原だった。鼻をひくつかせると、後ろに引き下がる。代わりに、恵美とアメリアが前に出た。 左右には樹林が並んでいるが、林道のようになった道は、四車線ほどの幅がある。恵美は刀を鞘から引き抜くと、道の先に目をこらした。少し先でカーブになっており、その先は大樹に阻まれて見えない。 緊張の一瞬。それは、すぐさま引き裂かれる。 「ッ!!」 カーブのところに生えていた大樹を打ち砕き、巨大なケモノが姿を現した。弾丸のように突き進むそれを、恵美は呪力でけん制する。 「甘いよ、『ミカヅチ』!!」 刀身から飛んだ呪力はケモノに激突し、破裂した。思わぬ衝撃に、ケモノがひるんで足を止める。その時になって、ようよう恵美もケモノの姿を視認できた。 元は犬だったのだろう。鋭い爪と、下あごよりもなお長い牙。血走った瞳には殺意が宿り、体の両脇には刃物のように鋭い塊が見える。 「【エッジドッグ型】です! 体の両脇にある骨は大型種の毛皮さえ引き裂くほど硬質ですよ! ただし小型の相手を狙うのは苦手です、うまくかわして下さい!」 「骨なのか、あれ」 井出の供出する情報を耳にしながら、恵美は走り出す。 刀を低く、身も低く。 「グルァアア!!」 巨犬は前足を払って恵美を狙うが、そんな攻撃に当たるほど遅くもない。 ひらりと前腕をかわし、さらに前へ。迫りくる骨刃は、 「ふッ!」 刀を思い切り合わせる。 火花が飛び散り、全身の筋肉が軋むが、それで動きは止まった。 「その、程度か!!」 恵美は自分の内側に集中した。流れる呪力をせき止め、下腹部に集め――それらを一息に、刃に込める! 「はッ!!」 恵美の全力により、骨刃に亀裂が走った。砕けてしまえば所詮は骨、そのままバラバラになって転がる。 「グルッ……!?」 骨が砕かれて痛みを感じたわけでもないだろうが、巨犬は確かにひるんだ。その隙を見逃すほど、甘い神威ではない。 「恵美、退いて!」 叫びながら、アメリアは冷気を放つ。氷は犬の足元を覆い、光が舞う。 「凍てつけ!!」 アメリアが気合を入れた直後、氷塊が巨犬を地面に縫いつけた。 「恵美、心臓に刀を突き刺せ!!」 「がってん!!」 博士の指示に従い、恵美は氷を足場に、巨犬の胴に迫る。そして、 「せえい!!」 全力で刀を突き刺した。 「ガッ……!!」 根本まで突き刺さった刀は犬の内腑を傷つけ、その心臓を斬砕する。 引き抜いた傷からは、ボタボタと血が流れた。氷に縫いつけられた犬は倒れることもできぬまま、全身から力を失う。 「ふう」 刀の血のりを振り払った恵美は、犬から距離を置いた。彼女の役目はここまでだ。 「お疲れ様、恵美。良い調子ね」 「ああ、そうだね」 アメリアからタオルを受け取った恵美は、今さらながら浮かび上がった汗を拭う。 返り血は服にさえついていない。呪力による壁で全て弾いてしまったのだろう。 戦いが終わり、後ろで控えていたメンバーも寄ってくる。 井出は巨犬の死体を見上げた。体の脇では、砕けた骨刃が無残な姿をさらしている。 「よくあの骨を砕けましたね」 「アトラク・ナクアの時に使った業の応用だよ。たぶんこれが『ツクヨミ』なんだろうね」 「なんですか、『ツクヨミ』って?」 「八雲家に伝わる極意……、なのかな? 兄さん?」 問いかけられた悠介は、肩をすくめてみせた。 「祖父さんから何も聞いていない僕に聞いても、分かるわけないだろう?」 「それもそっか。じゃあ、まあ、なんかそんな感じの」 「いい加減ですね……」 「ほら、そんなことはどうでもいい。今は変種の検体だ」 甲斐はいそいそと死体に取りつくと、その体を検分し始める。 「寄生虫がいるとすれば……、脳みそか、腸か。血中なら採取で判明しているはずだな。恵美、首を落とせ」 「いいのかい?」 「早くしろ」 「……はいはい、女王様」 恵美はあきれ半分、跳びあがり、犬の首を斬り飛ばす。 力を失った巨犬はあっさりと首を落とした。恵美は言われるまま、刀で犬の頭を切り開く。 「……」 さすがの恵美も、動物の解剖は初めての経験だ。殺すために斬ったことはあっても、なぶるために斬ったことなどない。 犬の頭骨を外すと、久しぶりに気分が悪くなった。 「ふうむ」 甲斐は血臭の中でも全く変わらぬ様子で、ゴミ拾い用のトングを取り出すと、大きな脳みそをいじくりまわす。その姿に、恵美は背筋が寒くなった。 自分が死んだら、甲斐はどうするだろうか。 「……絶対に死なないようにしないと」 「当たり前でしょう、そんなこと?」 「いや、アメリア、そうじゃないんだ」 不思議そうに首をかしげる異国の少女に、さすがの恵美も自分の本音を伝えることはできなかった。 しばし脳をほじくり返していた甲斐は、手を休めると、振り返った。 「やはり、いじくっても分からんな。持ち帰って検分しよう」 「持ち帰るって……」 「無論、脳みそを、だ。保冷バッグに詰めるだけ切り取ってくれ」 「うげっ」 「吐いてもいいが、やることはやれ」 「……ボクは一生、研究者にはならない」 「安心しろ。お前の頭では一生なれん」 「オニ」 恵美は涙目になりながら、ケモノの脳みそを斬り飛ばす。戦いのさなかで傷つけることと、やっている行動としては変わらないが、どうして心理的にはここまで違うのか。とかく、死体をいじくるというのは、気分が悪い。 恵美は甲斐が指示するままに犬の頭を解剖していく。すると、 「うん?」 恵美の手が止まった。目の前に、甲斐の手が伸びたせいだ。 「どうしたのさ、博士」 「待て」 質問には答えず、甲斐はトングを犬の脳に突っ込んだ。そのままほじくり返し、やがて、何かをつかみ出した。 引きずり出されたのは、なんとも言えない、黒いゲル状の物質だった。 「な、なんだい、それ」 「分からん」 それは、脳みその一部とは明らかに違っていた。ぷるぷるとしているのに、トングで挟めるほど形がある。 「粘菌の一種か……? 井出、これをデータベースに照らし合わせるんだ」 「あ、はい」 井出はカメラで撮影した映像を、甲斐が作ったデータと照らし合わせる。 「……残存呪力量はわずかですが、感じられます。おそらくは呪力を保有していたんでしょうね。博士の変種データベースには、同様の生物はありません」 「それはそうだろうな」 「ちなみに、画像検索で照らし合わせると……、衝撃吸収材なんかが近いそうです」 「それは生物とは言わんな」 確かに、そうとしか見えない。だが、甲斐の言う通り、そんなものが、変種の脳みそから出てくることもおかしい。 「どうも、これが当たりかもしれんな。葛原、悠介、念のため死体を運べ。腸の部分と、脳みそだ」 「はあ!? おい、オレたちが運ぶのかよ!」 戦闘中も検分中もおとなしくしていた葛原が、ここにきてようよう気炎を上げた。 「冗談じゃねえ、オレに犬っころの死体を運べってのかよ!」 「その通りだが? 男だろう、死体くらいでガタガタぬかすな」 「男とか関係ねえだろ!?」 「……無駄だよ、葛原君。博士が言ったら、もはや決定事項だ」 この中で最も甲斐という人間を知る悠介は、諦めたようにため息をついた。 |