「ひどい……」
 駐屯地を駆け巡るアメリアが見たのは、地獄絵図だった。
 大人も子供も関係がない。天から降り注いだ襲撃に、皆、等しくやられた。
 絶命した死体を掘り起こそうとする者。怪我人の手当てに奔走する者。だが、圧倒的に多いのは、痛みと恐怖に嘆く者だ。
 その声が聞こえるたび、耳を塞ぎたくなる。
 歯を食いしばってそれに耐え、アメリアは見知った顔を探す。
 すると、駐屯地のはずれで、ぽつんと座っている女を見つけた。
 首相の秘書。鳴海だ。
「ナルミ!」
 アメリアは鳴海に駆け寄り、その肩を揺さぶる。
「ナルミ、何があったの!?」
 鳴海は、ただ茫然とホテルのあった場所を見上げているだけだ。その口から、ぼそぼそとうわごとのような言葉が漏れている。
「違う、違うの……、こんなつもりじゃなかったの。私は、ただ、国見の地盤を引き継げればって……。だって、女が政治をやろうとしたら、それくらい大変だって……」
「ナルミ、しっかりしなさい! 何があったの!」
「違うの……」
「ちっ」
 舌打ちし、アメリアは鳴海を放した。放心した彼女では話にならない。
 他に誰かいないかと探したアメリアは、
「あ、アメリア!」
「その声……、ナナ?」
 振り返れば、恵美の友人が手を振っていた。
 駆け寄って来た菜々は、ひどく薄汚れていたが、五体に問題はなさそうだった。
「ナナ、何があったの?」
「あたしにも詳しいこと、わからないの。ただ、いきなりホテルの中で悲鳴が聞こえて……。次の瞬間には、ホテルが爆発していたの。中、ひどいことになってる」
「そう……」
 あれだけの爆発だ。犠牲者は多いだろう。
「ねえ、アメリア。恵美は?」
「ホテルの様子を見に行ってる。じきに戻ってくると思うわ」
「そっか……。無事なんだね、よかった」
 ほっと胸をなでおろす菜々。不謹慎と言えなくもない言葉だったが、彼女を責めることは、アメリアにはできなかった。
「他に生き残りは?」
「わからない。神威の人は、まだ誰も会っていないの」
「それじゃあ……」
 どうするか、と考えたアメリアは、ホテルの方を見る。と、そちらから、何かが飛び出した。
 思わず身構えたアメリアだが、空から降ってくるその存在に絶句した。
「バ、バカじゃないの!? ナナどいて!」
「え? わ、きゃっ!?」
 菜々を突き飛ばし、アメリアは横っ飛びに転がる。その後ろを、暴風が駆け抜けた。
「クズハラ! 危ないでしょう!」
「るっせえな、あんなところにいる方が危ねえだろうが!!」
 地面を転がった葛原は、頭を振り、なんとか意識を取り戻す。その周囲には、茅野が目を回して転がっていた。
「く、葛原さん、いくらなんでも無茶ですよ!」
 と、甲斐を背負った井出もホテルから飛び出してきた。近くまで来た井出は甲斐をおろすと、荒い息を吐く。
「すまない、井出。助かった」
「カイ、カヤノも。無事だったの?」
「ああ、アメリアか……。お前も生きていて何よりだ。まあ、四肢が繋がっているだけマシだろうな。足は少し痛めたが」
 見ると、甲斐の足首が腫れていた。もっとも、あれだけ死者が並ぶ中で、ねんざひとつで生を拾えたなら、それは僥倖ぎょうこうと言うべきだろう。
「クズハラたちは何が起きたかわかる? あたし、ホテルにいなかったから、事情がわからない」
「襲撃だよ。いや、とち狂ったって言った方がいいかもしれねえな」
「狂った? 何が? ……誰が?」
 その問いかけに、葛原は言葉に詰まり、井出は顔を伏せた。彼らの代わりに、甲斐が口を開く。
「悠介だ。八雲悠介。それが、この爆破を起こした犯人だ」
「ユースケ、が……? 嘘でしょう?」
「嘘や冗談でそんなことを言えるものか」
 甲斐の言うことはもっともだった。だが、そう言われても、アメリアは信じることができなかった。
 悠介は、妹と違い知的で、温和な男だった。こんなだいそれたことを引き起こすようには見えなかった。
「その、見ていたの?」
「私が直接、見たわけじゃない。見たのは茅野だ」
「悠介の犯行を見て、生き残ったのはこいつだけだろうよ。他の連中は皆殺しだ」
 葛原が吐き捨てるように言う。当の茅野が目を覚ます気配はない。
「でも、なんで、ユースケが?」
 その疑問は、当然のものだった。今まで仲間として、幾度も死線をくぐり抜けてきた。その彼がこんな形で敵にまわるなど、アメリアは想像だにしていなかった。
 謎に答えを出せる人間は、いなかった。
「……それより、恵美はどうした。知らないか」
「ホテルを見に行ったけど……」
「そうか。じゃあ、じきに戻るな。あっちには生き残りなんていない」
 それがどれほどの事態か。アメリアの想像を超えることが多すぎた。
「おい、アメリア。恵美は一人でホテルに行ったのか」
「うん、そうだけど」
「……マジか」
「何よ、どういうこと?」
「まずいぜ、そりゃあ。あの現場を見れば、恵美は誰がやったか気づく。悠介の野郎が犯人だって恵美が気づいたら……」
「気づいたらなんだと言うのよ」
「追いかけるんじゃねえか、あいつ。悠介を」
 はっ、と全員が顔をあげた。悠介の言うことはもっともだ。
「けど、悠介がどちらに向かったかなど、恵美にはわからないだろう。我々にもわからないんだぞ」
「そりゃそうかもしれねえが……」
「ううん。エミなら、たぶんユースケを見つける」
 甲斐はアメリアを見やる。その視線は鋭い。
「根拠は?」
「ないわ。けど、なんとなくそう思う。エミは、ユースケを見つけられる」
「……非論理的だが、否定ができんな。今まで奇跡を起こし続けてきたあいつだ。そのくらい、造作もないのかもしれん」
 甲斐は一瞬だけ沈黙し、
「葛原、アメリア。恵美を回収しろ。今の悠介と恵美をぶつけるのは危ない」
「ああ、わかった」
「うん。行く」
「二人とも気をつけろよ。恵美に会おうが悠介に会おうが、争いになる可能性が高い。春日は駐屯地をまわって救助を。戦いになったら、お前たちでは荷が重いだろう」
「はい、わかりました!」
 首肯する面々を見渡し、甲斐はひとつ、頷いた。
「いいか、最善を尽くせ。ただし、無理はするな。巻き込まれて、これ以上の犠牲を出してもつまらん」
「任せて」
 代表するように言ったアメリアは、葛原と共に、ホテルへ向かって跳んだ。
 その姿を見送った甲斐は、隣の井出を見た。
「井出。頼みがある。私をホテルまで連れてけ」
「ホテル、ですか? ですが、あそこには……」
「アメリアたちは向かわせたが、おそらく間に合わない。そうなれば、起きるのは戦いだ。わかっているのなら、その後も考えておかなければ」
「後、って……」
「説明は後にしろ。とにかく時間が惜しい」
「は、はい」
 井出を伴い、甲斐もまた動き出す。
 皆が、最善を願って、動き出している。



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