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正面から迫る兄。その流れを見据えながら、恵美は容赦なく刀を振るった。 奥義『ツクヨミ』。それは、莫大な呪力を手にした兄をもってしても防ぐことのできない、問答無用の一撃だ。 狙いたがわず、刃は呪力をすり抜けた。 そして、そこまでだった。 「……え?」 刃が兄から離れる。否、刀を握る自分が宙を舞っているのだ。 気づいた時には、恵美は地面に叩きつけられていた。 「ッ!!」 本能で、恵美はただ跳ねる。直後を、兄の足がよぎり、地面が陥没した。 地面を転がって逃げ、兄と距離を置く。悠介は、すぐには追ってこなかった。 「がふっ……」 遅れて、ようよう気づく。自分の腹腔に穴が開いていた。口から吐き出す血は止めようもない。 「こんなものか、恵美」 「兄、さん……」 それは、恵美が知る兄の斬撃よりも数段、早かった。 自分と兄の剣速はさして変わらなかったはずだ。それが、自分の剣が届くよりも早く、兄の剣が自分を斬っていた。 しかも、恵美自身、自分の体を呪力で覆っていた。言うなれば、呪力の鎧を着ていたのだ。なのに、兄の腕はそんなものなど存在しないとばかり、抵抗なく通り抜けている。 正真正銘、化物だ。 「わかるか、恵美。これが、僕がお前に感じていたものだ」 「兄さん、が?」 「そうさ。お前は生まれつき、僕よりもはるかに呪力量が多かった。僕よりも呪力に対するセンスがあった。本能のまま、呪力の扱いを覚え、もはや八雲の山に出るようなケモノでは、相手にもならないほどとなった。まだ高校生だというのに、だ」 兄は目を細める。その瞳には、何が見えているのだろうか。 「お前はまだまだ成長するだろう。実際、実家にいた時よりもさらに成長している。いずれ、お前は八雲の誰もが見たことのない業さえ見出すかもしれない。お前にはそれほどの才能があり、そして、僕にはそれがなかった」 きっさきが恵美を指す。普段なら欠片も揺れるはずのない刃が、今は微細に震えていた。 「力の差は歴然だった。それが、どれほど悔しいことか、お前にわかるか!? 必死に努力して、けれど報われない、そのなれの果てが!! 僕はお前を殺して、証明しなきゃいけない!! そうして初めて、僕は僕を名乗れるんだ!!」 悠介がきっさきを下ろす。次の瞬間、踏み込んできた。 「ッ!?」 神速の踏み込み。間合いから外れていたはずなのに、一足で縮められる。 恵美は兄の剣だけに集中した。目に捉えることさえ困難な斬撃を、数本の前髪を犠牲に紙一重でかわす。続けて振り下ろされた一撃は刀をぶつけて避け、流れる所作で繰り出された蹴りは踏み込んで力点を外す。 とてつもないスピードと、けた外れのパワー。正面からぶつかるのはおろか、合わせることさえ難しい。 それでも恵美は、よく耐えた。どれほどスピードが増そうとも、どれほどパワーが増そうとも、やはり兄は兄だった。斬撃も、蹴撃も、呪力の流れ方さえ、よく知っている八雲悠介という男だった。 そうでなければ、恵美はとっくの昔に殺されていた。なんとなく兄のやりたいことがわかるという、意識下レベルでの予測。それが恵美の動きを一手進め、最速の回避を可能とする。 どれほどの威力を秘めた攻撃であろうとも、直撃さえ避ければ、即死はしない。生を繋げば、次のチャンスは必ず巡る。 信じる気持ちだけを糧に、恵美はひたすら兄の刃をかわし、自分の刀を叩きつけていく。ただ攻撃をそらすだけならば、刃筋を通す必要もない。それならば、雑でも、早い動きができる。それもまた、恵美にとって利することだった。 だが、それまでだ。 決して攻撃に転じることなどできない。がむしゃらに、ひたすらに、ただ攻撃を堪え続けるのみ。 当然、腕に、足に、わずかな傷が増えていく。そうでなくとも、腹腔の血が止まったわけではない。 少しずつ、息が上がってくる。そんな自分を叱咤激励し、恵美は秒間に数合、数十合と打ち合い続ける。 「ふッ!」 痺れを切らしたのか、悠介が放つ唐竹割り。それを恵美は身をひねってかわし、独楽のように回る勢いで刃を叩きつける。 その先には、すでに兄の腕があった。刀が弾かれ、衝撃に腕が跳ねる。 恵美は弾かれた勢いを殺さぬまま、自分も転がった。直後、兄の逆袈裟斬りが恵美のいた空間を薙ぐ。 血の染みを転々とまきちらしながら地面を転がった恵美は、立ち上がった刹那、よろめいた。 意識しての行動ではない。足りない血に、貧血を起こしたのだ。 「貰った!!」 その隙を、悠介は見逃さない。突っ込み、力任せに剣を振るう。避ける余地のなかった恵美は、合わせるように刀を振るった。 直撃。金属同士がぶつかり――。 「っぅ!!」 予感に、恵美は顔を伏せていた。頭の上を風圧がよぎる。 正面を腕でガードすると、そのまま蹴り抜かれた。頭の芯まで響くような衝撃と共に、恵美は弾かれ、壁に激突した。 「ぐふっ……!」 堪え切れぬダメージに、思わず声が漏れる。 かすむ視界に、自分の刀が見えた。刀身は、半ばから折られていた。 「これが限界さ、恵美。お前がどれほど強くなろうとも、刀は所詮、人間の手で作られたものだ。どれほどの業物でも、強い力には耐えきれない。結果、砕ける。今のお前が握っているガラクタのように」 悠介は、自分の腕を見せびらかすように掲げた。 「見ろ、この腕を。刃を。これが生物の究極、行き着く先だ。イザナミは、自分の体をこそ武器にすることが最強であると知っているんだ。だから、僕にこの腕を与えた。お前の握るガラクタとは違う、本物の命ある刀さ」 「……刀に頼るべからず。八雲の教えだ」 「それはそうだろう。刀はいずれ人を見捨てる。自分は自分を見捨てない。その違いさ」 「違う、よ。兄さん。刀って、力ってことだ。力に頼っちゃいけない、常に心を強く持たなきゃいけない。それが、八雲に生きる者に、もっとも必要なことなんだ」 「心で戦いに勝つことはできない。今のお前のように。それだけじゃ、駄目なんだ」 「……っ」 否定をしたかった。だが、その言葉は、恵美の口からは出なかった。 確かに兄の言う通りだ。勝たねば、力を示さねば、心だけがあっても意味がない。強き者が弱者を蹂躙することができてしまう。踏み潰された後には、何も残らない。 恵美は、ふらつく体を意志だけで押しとどめ、体を起こした。その様に、兄は苦笑した。 「もうやめろ、恵美。お前では僕に勝てない。僕が強くなったからだ」 「やめない、よ。兄さん。ボクは、兄さんには、力で負けるかもしれない。でも、ボクは、心じゃ……、負けられない。ここで負けを認めたら、ボクは、心まで負けることになる。そんなの、絶対にいやだ」 「聞き分けのない子だ。まあ、それは昔からか」 兄の顔から余裕も笑みも、すべて消えた。刀を構え、殺気だけが全身を包み込む。 悠介は、本当に自分を殺すだろう。 それでも構わない、と恵美は思った。しかし、ただ負けるわけにはいかない。兄の目を覚ましてやらねば、死んでも死にきれない。 かくなる上は、最期の一刀。兄の刀とて、なんでもかんでも、万能に斬り捨てることはできまい。ならば、自分の骨をもって攻撃を受け止め、返しの一太刀を見舞う。 それが、おそらくは自分にできる最期だ。 恵美は折れた刀を手に、全身をただ防御のためだけに呪力で覆った。どんな攻撃が来ようとも、絶対に我慢する覚悟をして。 恵美の視線と兄の視線がかち合う。 「行くぞ!」 悠介は駆け出した。間合いは一足で踏み散らされ、振りかぶった刀が全霊をもって振り下ろされる。 斬線は肉を断ち、骨を軋ませ、血肉が恵美へと降り注ぎ――。 「っせねえええええええええええええ!!」 咆哮が悠介を叩き、その腕をつかむ。 「恵美!! やれ!!」 |