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恵美は迷わなかった。 折れた刀で、全力を叩き込む。斬撃は兄の腕を奪い、残った刀身は柄を残して砕け散った。 「な、にっ……!」 「るせえ!!」 蹴撃が悠介を吹き飛ばし、反対側の壁に激突させる。 渾身の一撃を繰り出した男――葛原は、その場に崩れ落ちた。 「クズハラ!」 空から声と共に、異国の少女が降りてきた。恵美は二人に駆け寄る。 「葛原君、アメリア! どうしてここに!?」 「あんたを追ってきたに決まっているでしょう!!」 涙交じりに叫び、アメリアは葛原を見下ろす。 「クズハラ、死んじゃダメよ!」 「オレだって、死にたかねえさ。だが、恵美を殺させるわけにゃ、いかねえだろ……」 返す葛原の声はあまりに弱々しい。 今さらながら、恵美は、葛原の体に突き刺さったままの刀身を見た。兄の腕だったそれは、葛原の肩から、深く食い込んでいる。 悠介が渾身の一撃を放つ刹那、葛原は恵美と悠介の間に割り込んだのだ。その身をもって、恵美がしようとしていたことを成した。結果、葛原は深手を負った。――助かる見込みは、恵美の目からでは、わからなかった。 「恵美、アメリア、やれ。お前たちでなきゃ、あいつは、どうにもならねえ」 頼むぜ、と残し、葛原は地面に体を横たえた。 「邪魔を、しやがって!」 怒りの叫びに顔を上げれば、悠介は失った右腕を掲げていた。 すると、そこからずるりと刃が生まれる。恵美が放った会心の一撃も、超速再生によって無効化された。 つくづく、化物だ。 「……アメリア、どいて。ボクがやる」 「エミ、ユースケを殺すの?」 「ああ」 ごまかしたりなどしなかった。 もはや兄は、許されぬところまで足を踏み入れたのだ。日本という国の、いや、人間という社会のルールに照らし合わせれば、罪は免れない。 だが、この崩壊した世界で、それを成す正義は存在しない。それに、彼はもはや、そんな正義さえも超越した力を手にしている。 ならば、彼を正すことができるのは、自分だけなのだ。そして、自分は彼を斬ることしかできない。たとえ、その手法が間違っているのだとしても。 自分には、剣しかない。 アメリアは恵美を見やり、続けて悠介を見た。 Aランクの変種、あるいはそれ以上の力を持つ悠介。アメリアの力では、どうにもならない“敵”。 アメリアは歯噛みし、恵美の手をそっと握った。 「……エミ。あたしは、あなたを止められない。あたしは、ユースケも止められない。あたしの力じゃ、どうにもできない。だから、せめて、あたしの力を使って」 「アメリア?」 「ふっ……、んっ!!」 アメリアは全身の呪力を練り上げると、それを恵美の手に注いだ。冷気は柄を中心に集まり、形成し――氷の刃を形作る。 蘇った刀に、恵美はひとつ、頷いた。 「任せて、アメリア」 「うん。あたしにできるのは、このくらいだから……、お願い、生きて、エミ」 「もちろんだ」 氷刀を振りかざし、恵美は兄と対峙する。 「そんな刀で、僕を斬れると思っているのか」 再生した腕の具合を確かめていた悠介は、恵美の刀を見て、嘲笑を浮かべた。 「たかが氷だ。鉄の塊でさえ僕を殺せなかったのに、そんなもので僕を殺せるものか」 「ただの氷じゃないよ、兄さん。これは、アメリアと葛原君の命がこもった、特別な一刀だ」 恵美は氷刀を体の横で構え、姿勢を低くする。 体から流れる血が止まったわけではない。もはや、自分の体には幾ばくも血が残っていないだろう。おそらく、振るえるのは一度限り。 恵美は自分の中を流れる呪力に意識を這わせた。流れをせき止め、自分の体に呪力を溜めこむ。 奥義『ツクヨミ』の応用にして本懐。それは、呪力保持者が扱える最高最大の威力を持つ斬撃。 八雲として生まれ、受け継いできた血脈が、恵美の中で鼓動を刻む。 恵美の目には、悠介が黒く暗く見えていた。どす黒い、瘴気のようなものが兄にまとわりついている。 その元凶は――胸の奥。 「ケモノ殺し八雲家が長女、八雲恵美。正しきをもって、あなたを斬ります」 「できるものならやってみろ」 兄もまた、恵美と同じように姿勢を低くし、構える。 静寂は一瞬。 そして、 「ふっ!」 「はああああああ!!」 浅く息を吐いて飛び込んだ恵美と、裂ぱくの気合を乗せて飛び出した悠介。 両者は、まるでひとつの芸術作品でも作るように、まっすぐ互いの刀をぶつけ合う。 斬線と斬線が重なり、衝撃が互いの体を駆け抜ける。 留まる暇はなかった。 斬撃が刃をすり抜け、全身をまっぷたつに叩き斬る。 恵美の体から力が抜け、そのまま人工芝の上に倒れ伏した。 「ッ、かな……!!」 小さな悲鳴と共に、どさりと体が落ちる。 腕を、下半身を失い――八雲悠介は、それでもまだ死んでいなかった。敗北した自分の刀を見やり、歯を食いしばる。 「なんで、だ! どうして恵美に勝てない! 僕は、僕は最強になったんじゃないのか!!」 「そんなはずないわ」 涼やかな声。悠介の視線が泳ぎ、アメリアを見据え、止まる。 「あなたがどれほど強くなったのか、あたしにはもうわからない。単体では、あなたが最強なのかもしれない。でも、あなたを助ける人は、もういない。あなたが殺したから」 アメリアの瞳に揺れる色は、確かに憐れみを含んでいた。 「ケモノとて群れて強くなる。人も同じ。力を合わせることで、もっと高みに手が届く。あなたは、自分でそのチャンスを捨てたんだわ」 「……そんなことで手に入れた力じゃ、意味がない。僕は僕が最強でなければいけなかった。誰かと共に届いた高みなんて、いくらも価値がない」 「ならば、あなたはそこまでだったのよ」 「ここまで……、か」 万感と共に、悠介の腕から力が抜けた。 「負けた。僕の負けだ」 悠介の口から血が垂れる。体の半分を失っては、さすがの悠介も、再生が追いつかない。体が戻るより早く、命が流出し、力が抜けていく。 そう、それが死ぬということだ。 「……アメリア。恵美に、伝えてくれないか」 白濁した瞳を彼方に向け、悠介は言う。 「イザナミは群体だ。分かたれたイザナミは……、繋がっている。イザナミとなった僕には、わかる」 「ユースケ……?」 疑念の声に答えることもできぬまま、悠介は口元を緩めた。 「頼む、ぞ。アメリア。恵美。世界を救え」 それが、悠介の放った最後の言葉だった。 脱力しきった体はもはやぴくりとも動かず、その生を終える。 たった一人、残ったアメリアの頬を、しずくが落ちた。 |