瀬尾は千穂と共に、帰路を歩んでいた。
「だからさー、恵美はもっと女の子であることを意識させないと駄目だって」
「女の子か……。どうすりゃいいんだよ」
「こう、プレゼントしてみるとか」
「プレゼント? そっか、それもありだな……」
 ごにょごにょと言いながら、頬をかく少年。その隣で、緒方千穂は得意の笑顔を作る。
 二人は幼い頃からの友人だった。高校生になり、瀬尾は一人の少女に一目ぼれした。千穂は、そんな友人を応援すると心に決めた。
 ついでに楽しんでいるのは、まあ役得ということにしたい。
「……なあ、八雲ってどういうプレゼントなら喜ぶかな?」
「うーん、どうかなぁ。恵美ってば、興味のポイントがわかんないよね。勉強もからっきしだし。でも、女の子っぽいプレゼントだと、やっぱアクセとか?」
「重くねえ?」
「ちょっとくらいヘビーでもいいと思うなぁ。恵美には特に」
「そ、そうかな」
「そうよ。てか、瀬尾の気持ちがたぁっぷり入ってればいいんじゃない? 重いけど」
「重いんじゃねえか!」
 照れる少年と、そんな少年をからかいながらも離れない少女。
 並んで歩く二人を、ふっ、と影が覆う。
「うん?」
 どちらからともなく足を止め、空を振り仰いだ。
 西に沈む太陽。その光を遮る、巨大な体。
 巨体は二人の目の前に着陸した。ズシン、と地面が小さく揺れる。
「……え?」
 それは、二人の知らぬ生物だった。
 獅子のような顔。鱗に覆われた肌。大きな翼を折り畳み、四足でしっかと地面を踏みしめている。
 それは、既存のどんな生物とも合致しない、巨大な種族だった。
「な、に、これ」
 動くことができない。声がかすれ、満足に息が吸えない。
 巨大な化物は生臭い息を吐き出すと、
「ッ!!」
 一息に少年をかみ砕いた。
 血しぶきが飛び散り、残った足がぱたんと倒れる。上半身は、すでに獣の口内におさまっていた。
 千穂はそっと頬を拭った。手にべっとりと鮮血が付着する。
「ひっ……!!」
 大きく悲鳴をあげようとして、その前に、千穂もまた獣の食料となった。
 同じように残された下半身が、瀬尾の足と並んで転がる。
 どくどくと、夕焼け色の血が道路を汚していく。



「恵美!」
「わかってる!」
 恵美はすぐさま植木を蹴飛ばし、屋根の上へと躍り出た。
 周囲の家より少しだけ高い八雲家の屋根上からは、高台になっていることもあって、遠くがよく見える。恵美の視線は、隣町で天を仰ぐ、一体のケモノに吸い寄せられた。
 赤い空と、赤く染まる町。火事でも起こしたのか、燃えている家を踏みしめ、巨大なケモノが闊歩している。
 その顔が、赤々と照らされている。
「う、そ……、だろッ!?」
 ありえないことだ。
 ケモノは八雲家の裏山にしか出ない。だからこそ、ケモノを逃さぬための結界を裏山に敷いているのだ。
 なのに、あのケモノは結界の外――隣町にいる。しかも、大きさが尋常ではない。
 なにせ、これほど遠くから見ているにも関わらず、その存在がはっきりと視認できる。まるで怪獣映画のように、巨大なケモノが町を蹂躙しているさまが見て取れた。
 ケモノは障害など何もないかのごとく、町を歩いていく。その進む先にあるのは、どこまでも広がる海だ。
「……っ、そうだ、あそこには」
 帰り道、友人と交わした言葉がよみがえる。
 海沿いにできた新しいレストラン。友人は、そこに行くと言っていた。
「急がなきゃ!」
 屋根から飛び降りると同時、恵美は駆け出す。
「恵美!」
 後を追いかけるように祖父がついてくる。だが、恵美は構わず、全力で隣町を目指す。
 間に合ってくれと、心の中で祈りながら。



「……ッ」
 全力で駆け抜けた先。そこで恵美が見たものは、もはや人の町ではなかった。
 崩された家。ひび割れた道路。それらの真ん中に立つ巨獣は、圧倒的な存在感を放っている。
 鱗に覆われた獅子は、太い尾を立て、唸りをあげていた。
 そのケモノは、明らかに他のケモノとは違った。
 ただ大きいというだけではない。ある種の神々しさを感じさせるような、絶対的な“強さ”が形になった存在。こちらを向いているわけでもないのに、殺される、と頭の片隅が警告を発している。
 事実、あのケモノが少し尾を振るだけで、恵美の体などたやすく吹き飛ぶだろう。
「あれが、ケモノ……、なの?」
「……恵美。下がりなさい。刀を」
 尻を向けるケモノを前に、老爺が前に出た。恵美は、自分が刀を握っていたことすら忘れていた。
 おずおずと刀を差しだすと、祖父はしっかりと受け取った。いつものように刀を引き抜き、ケモノを見据える。
 あの巨体に対して、その武器は、あまりにも心細かった。
「おじいちゃん、こいつは……」
「と、止まれぇ!!」
 恵美の言葉を掻き消し、男性の野太い声が響く。
 ふと気づけば、ケモノの正面に人が立っていた。青い制服――警察官たちだ。
「いかん!」
 祖父が叫ぶのと、
「わああああああ!!」
 警官が拳銃を発砲したのは同時。
 しかし、見上げるほどのケモノを相手に、そんなものが通じるはずもなく。
「ッ!!」
 ケモノは前足を振り上げると、ただおろした。
 それだけで風圧が巻き荒れ、コンクリートが弾け飛ぶ。その上にいた人間など、お構いなしに。
「……なんということだ」
 ケモノは人を容易に殺せる。ましてやこの巨体。ただ歩くだけでも、人は死にかねない。
 見過ごすことはできない。
 祖父はちらりと恵美を見やり、そして、腰を低く落とした。
「恵美。これから私がすることを、決して真似してはならん」
「おじい、ちゃん?」
「強すぎる力は身を亡ぼす。お前には、まだ早い」
 間近に立つ恵美には、はっきりと感じられた。
 祖父の中で何かが輝いている。まるで小さな太陽が内に宿ったような――。
 その気配を感じ取ったのか、ケモノがこちらを向いた。目と目が交差し、
「参の太刀、『カグツチ』!!」
 気合一閃。
 全力をもって飛び出した祖父の姿は、恵美の目ですらとらえきれなかった。
 突然のことにケモノが反応する間も与えず、一閃された刀は、ケモノの顔に斬線を残す。
「グッ、ガアアアアアアアアアアアア!?」
 遅れて気づいたケモノは、痛みのあまり翼を広げ、むちゃくちゃに体を振り回した。
 余波で、小さな祖父の体が振り回される。
「おじいちゃん!!」
 まるで、自然の猛威に人間が立ち向かうがごとく。
 それでも祖父は止まらなかった。近隣にあった家の屋根を蹴り飛ばし、再び肉薄。今度は胴を斬ろうと迫り、
「なにッ……!?」
 しかし、歯が立たなかった。
 顔面と違い、鱗に覆われた体は、まさに鎧そのものだった。刃が通らず、引き下がった老爺。そこに、
「おじいちゃん右だ!!」
 ケモノの剛腕が迫る。
 タイミングのずれた老爺は、かわすこともできなかった。咄嗟に右腕を盾のように構え、
「ッおお!?」
 小さな老人の体は、小石のように軽く吹き飛んだ。



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