「昔はコンクリートジャングルなんてよく言ったけど」
 運転席に座る50がらみの男――茅野明彦は、隣に座る甲斐玲奈に話しかける。
「現実にコンクリートの町がジャングル化するとは思っていなかったな」
「そんなことを考えていたやつはいない。妄想以外ではな」
 甲斐はつまらなさそうに言い、窓の外に目を向けた。
 車窓の外に広がるのは、巨大な樹木が立ち並ぶ森だった。
 幹の太さは大人が抱えられないほど――中には3メートル近いものもある。もちろん根も相応に太く、こうして四輪駆動車でなければ、道を走ることもできない。
 ガタガタと揺れる車の乗り心地は最悪だ。だが、そんなことも言っていられないのが現状でもある。
 そして、そんな巨木の森は、どこまで続くかもわからないほどだった。
 見渡す限りの樹木。時折、獣らしき声が聞こえてくる。
「それにしても、いまだに信じられないね」
「何が?」
「ここが首都圏だったことが、さ」
 茅野の言葉に、甲斐は鼻を鳴らした。
 そう、ここは決して、アマゾンのど真ん中などではない。
 ほんの一年前、ここは東京と呼ばれた場所だった。日本の中枢機能が集中した、まさに日本そのものを象徴する場所だった。
 居並ぶ巨木たちも、一年前は道路の左右に並ぶだけの低木だった。
 それが、あの日、世界が変わってから、急成長を遂げたのだ。
 大災害と呼ばれることになった、あの日。世界中に突如として現れたケモノたちは世界を瞬く間に席巻してしまった。驚くべきは、そんなケモノたちに追随するように成長した植物たちだ。
 建物はケモノの巣と植物の鉢植えにされてしまい、人間が居住できるスペースはごくわずかとなってしまった。たった一年で、人間は、生きる場所さえ失ったのだ。
「実際、人間などちっぽけなものだ。都市機能を集中させた場所でさえ、自然が相手ではどうにもならないんだから」
「そんなことを言ってどうなる。過去など詮無いことだ」
「そうは言うが、そうは思えないのが人間というものだ」
「……悠介。ケモノたちはいないか」
 茅野に飽きた甲斐は、窓から顔を乗り出し、車上に声をかける。
「勘がいいですね。近くにいますよ」
 声は上から降って来た。
 今、車の上には、一人の青年が座っている。甲斐が連れてきた護衛だ。
 彼のような存在がいなければ、こうして移動することも難しい。それが、現状だ。
「茅野さん、少しだけスピードを落としてもらえますか」
「あいよ」
 茅野はアクセルを緩めた。車のスピードが少しだけ落ちる。そして、
「はッ!」
 車上で、悠介は刀を振るった。
 瞬間、目には見えない力が、近くの高木を斬り倒す。力はなおも止まらず、その陰に隠れていたケモノを弾き飛ばした。
「そのままどうぞ」
「おう」
 茅野は再びアクセルを踏んだ。
「もうすぐだぞ、たぶん」
 衛星回線でつながっている地図画面は、まもなく目的地の近くに到着することを告げていた。
 ほどなくして、金網に囲まれた施設が見えてきた。
 その周囲だけは樹木が切り払われ、入り口に立っている野戦服姿の男性がよく見えた。
 入り口まで車を進めた茅野は、警戒に立っていた自衛官に声をかける。
「カヤノ・ミリタリー・サービスだ」
「PMCの方ですね、聞いております。中へどうぞ」
 入口の金網が開かれ、茅野は中に車を進めた。
 自衛隊の駐屯地だった場所は、いまや避難所でしかなかった。
 自衛官と、それよりも明らかに数が多い一般人の姿。そこらに座り込む老若男女は、しかし一様に暗い顔をしている。
 もっとも、それも当然だ。現状を考えれば、自殺をしないだけ心が強いと言わなければならない。
 そんな彼らを尻目に、茅野は駐車スペースまで車を進めた。
 茅野が車をとめると、甲斐はすぐさま下車する。長時間の乗車で強張った体をほぐし、周囲を見渡した。
 居並ぶ自衛隊車両。少し離れたところでは、陸上自衛官が警戒にあたり、戦車の砲身がにぶい光を放っている。
「やはり、どこもこんなものですね」
 車上から飛び降りてきた悠介と、運転席から降りてきた茅野も合流し、三人で建物の方に向かっていく。と、途中でスーツ姿の女性が駆け寄ってくるのが見えた。
「いらっしゃいませ、茅野社長」
 頭を下げる女性に、茅野は破顔する。
「鳴海さんか。国見は?」
「会議室でみなさんをお待ちです。どうぞ」
 スーツ姿の女性が先導する形で、三人は進む。
 建物に入ってすぐ、A会議室の銘板が掲げられた扉の前まで来ると、鳴海は軽くノックをしてから三人を招き入れた。
 会議室は薄暗かった。
 もっとも、今はどこの建物でも同じだ。遠方からの送電網が沈黙しているため、使えるエネルギーは極端に少ない。照明ひとつでも減らさなければ、とても賄えない状況なのだ。
 そんな室の真ん中に、一人の男性が立っていた。
 これといった特徴のない壮年の男性。だが、日本人ならば、彼を知らない者はいない。
「お久しぶりです、国見首相」
「久しぶりだな、茅野」
 言って、国見内閣総理大臣は口元を緩めた。
「それと、敬語なんてよしてくれ。俺とお前の仲だろう」
「秘書の前で、そんな砕けた態度でいいのか」
 言いながらも、茅野は国見と手を握り合った。
 茅野と国見は、大学時代から続く、友人関係だった。国見は若くして政治家となり、国民の人気から総理大臣にまでなったが、今も茅野との交流は続いていた。
 世界がこんな情勢になっても、だ。
「疲れただろう、少し休むか?」
「いや、話を先にしよう。ゆっくりしている情勢でもないし、な」
 茅野は肩をすくめ、
「まずは紹介しよう。こちらの女性が甲斐博士。例の研究をしている」
「甲斐玲奈だ」
 甲斐は、年上の政治家に対しても、まったく態度を変えなかった。怜悧な視線を向けたまま、名前だけを言う。
「……。そして、その隣が、八雲悠介君。我々の護衛だ」
「八雲です。よろしくお願いします、総理」
「八雲君に甲斐さんか。よろしく。私は紹介するまでもないかもしれないが……、国見大吾だ。政治家をしている」
 一国の総理大臣ともあろう者としては、あまりに気さくすぎる紹介ではあったが、それを気にする者はいなかった。
「こちらは秘書の鳴海君だ。まだ若いが、とても優秀でね。それに、給料も満足に払えないようなご時世になったにも関わらず、変わらず私の補佐をしてくれている」
「確かにお給料は貰っていませんが、生活の保障はされていますので」
「……だ、そうだ」
 苦笑する国見に、茅野も同じような笑みを浮かべた。
「お互い、扱いの難しいパートナーだな」
「まあ、仕事などそんなものだ。さて、そろそろ本題に入ろうか」
 国見の合図で、五人はそれぞれ席に座った。続いて、鳴海は眼鏡のつるを持ち上げると、ノートパソコンのキーを叩く。
 すぐにプロジェクターが動き、壁面に画面が映し出された。
 最初に現れたのは、なにかのグラフだ。
「これは現時点における各国の情勢です。御覧の通り、アメリカの47%、欧州連合の65%、日本を除くアジアの58%、アフリカの80%程度が変種――異常発達した動植物たちによって制圧されており、人間の居住は難しい状況です」
 画面が移行し、今度は日本地図が現れた。
「続いて日本の現状ですが、全土の50%程度が変種の支配を受けている状態です。特に被害が酷いのは九州方面で、鹿児島、長崎、熊本などはほとんど居住できません。北日本は比較的影響が弱いですが、これは変種の侵攻が南側から進んでいるためと考えられます」
「対抗策は」
「ありません。現状、各国軍が自国の兵器を用いて交戦していますが、小型の変種はともかく、大型種にいたってはほとんど討伐できていません。詳細を説明しますと」
 画面が切り替わり、獣が映し出された。
 どこかの森で撮影したのだろうか。木々を踏み台に飛び跳ねる姿は、巨大なゴリラのようにも見える。あまりにもサイズが大きすぎて、そうと認識しがたくはあるが。
「これは陸自が撮影した映像です。戦車連隊および特科連隊の攻撃は、そもそも命中させることが非常に難しい状態です。海自は陸上の獣に対して有用な兵器がありませんし、空自の戦闘機では木々に邪魔をされて補足できません。また、あまりにも木々が成長しすぎたせいで、焼き払った際の二次被害が予想できず、そういった強硬手段もとれないとのことです」
「なんだ。自衛隊も役に立たないな」
 茅野の素直な感想に、国見も眉をひそめる。
「仕方ないだろう。自衛隊の装備は本来、他国からの攻撃に対して防衛するための装備だ。猟友会ではない」
「猟銃なんかで連中を倒せるなら苦労はしないだろうさ」
「はい、そういった報告もあります。彼らの外皮は非常に堅固で、小火器の類ではダメージにならないんだとか」
「そうだろうな」
 茅野は頷く。
「あれは、もはや今まで地球上にいた生物とは違う生物だ。従来の獣みたいに殺せるとは思わない方がいい」
「なるほどな」
 スライドが終わったところで、国見は頷き、画面から人へと視線を移した。
「……こちらから示せる概要は以上だ。茅野、君たちの調査結果を」
「調査結果というよりは研究結果だがね。甲斐博士、頼む」
「ああ」
 甲斐は鳴海と席を交換すると、ノートパソコンにUSBメモリーを繋いだ。



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