「国見。これからする話はファンタジー小説の話じゃない。真面目に聞いてくれるか」
「ああ?」
「真面目に聞いていると頭がおかしくなるかもしれないぞ」
 カチカチとマウスを操作する甲斐は、特に感慨もなく続ける。
「まず、自衛隊の報告で、連中の外皮が非常に硬いとの話があったが……、それは間違いだ。正確に言うなら、連中は、体表を不可視の力場で覆っている。この力場が非常に厄介で、内側と外側を完全に遮断するんだ。だから当然、銃弾も爆弾も通用しない」
「不可視の……、力場?」
「質問は後にしてくれ」
 ぴしゃりと言い、甲斐は操作を続ける。
メモリーの中に入っていたのは、動画映像だった。大型の犬――獣が暴れている。どこかの軍隊が戦車での砲撃を試みるが、獣はビクともしなかった。
「連中……、私はケモノと呼んでいるが、ケモノの特徴は大きく二つある。ひとつは、この、銃弾も爆風も防ぐ不可視の力場。次に、まっとうな生物を自分たちに近い存在に作り替える、遺伝子操作能力」
 画面が切り替わる。今度は2枚の写真が並べられていた。
 片方は、先刻の動画にもあった、大きな犬。もう片方は、それよりははるかに小さい、牛のような生き物だった。
「左側は、自衛隊の呼称で言うところの大型種。右側は小型種だ。この二種類は、生物学的にはまったく異なる存在だ」
「異なる?」
「そうだ。小型種の方は、微量の力場しか持たない。しかし凶暴で、草食動物でも牙や爪が発達し、肉食に変化する。また、繁殖力が旺盛で、出産ペースが異様に早い。ネズミ算式に個体数が増えている」
 実際、写真の右側に移っている牛のような生き物も、ヒヅメは大きな刃のように変化し、口からは牙が覗いていた。
「一方で大型種の方は、そもそも地球上の生物と遺伝子構造からして違う。見た目は既存の生き物に限りなく近いが、本質的に別の生物だ。繁殖する力がない代わりに、強い力場を持ち、通常兵器による攻撃を受け付けない。また、他の生物が持つ遺伝情報を書き換える能力がある」
「遺伝情報を……、書き換える?」
「わかりにくければ、がん細胞のようなものをイメージするといい。がん細胞は、普通の細胞を侵食し、自分たちの仲間を増やすだろう。それに近しいことを、遺伝子レベルで行うんだ。しかも、ありえないスピードで」
 甲斐は首を鳴らし、
「まったくもって、生物学の常識では考えられない存在だよ。それまで普通の生き物だったはずなのに、連中と接触するだけで、ものの一週間もしないうちに変種へと作り替えられる。そうやって増えたケモノたちで、地上は支配されたというわけだ」
 画面が消える。概略を説明した甲斐は、国見を見やった。
「さて、質問は?」
「何か、弱点のようなものは?」
「当然の質問だな」
 甲斐は再びパソコンを操作しだしだ。今度は、なにかのグラフらしきものが画面に映し出される。
「小型種の方は、はっきり言えば問題にならない。凶暴だし力も強いが、銃器でダメージを与えられる。簡単な話、血迷った野生動物と変わらん。猟銃でもあれば十分だ。だが、大型種はそうもいかない」
「通常兵器でダメージが与えられないことは理解したよ。それで、ダメージを与える方法はないのか、と聞いているんだが」
「今までの武器では無理だ。というのも、全て連中が持つ力場に防がれるからな」
「……その力場というのは、つまるところ何なのかね」
 手を止めた甲斐は、国見をにらむ。
「魔力。超能力。霊力。どれがいい?」
「は?」
「つまりはそういうところのもの、ということだ。不可視の力場という言葉でわかりにくければ、魔力と考えれば理解できるか?」
「……真剣な話なんだろうね」
 国見の問いかけに、鼻を鳴らしたのは茅野だ。
「だから言っただろう。まっとうな神経で聞ける話じゃないのさ」
「それはそうかもしれないが……、だが、言うに事欠いて魔法とは」
「そうとしか表現できない程度のものということだ」
 甲斐は画面を見やり、
「さっきも言ったが、大型種の持つ力場は、内と外を遮断する。当然、こちらの攻撃は相手まで届かない。銃弾だろうが爆風だろうが全て同じだ。この、鎧のような力場を突破できない限り、人類は大型種に対して手も足も出ないということになる」
「やはり、いまいち見えてこないな……。その力場というのは、観測できない素粒子とか、そういうものなのかね」
「まあ、そんなようなものだな。はっきり言って、今までの概念とあまりに違いすぎて、なんともたとえようがない。だが、強いてたとえるなら……、そうだな」
 甲斐はパソコンの画面をコツコツと叩きながら、
「今、この画面の中に人がいたとしよう。その人間は、私に攻撃できない。なぜなら、画面の中の存在と、我々とでは、住んでいる次元が違うからだ。二次元でどれだけ爆発が起きようとも、三次元にいる我々には損害がない。しょせんは、画面の向こうで起きた出来事だ」
「文字通り次元が違う、と?」
「その通り。よって、現行の兵器で対抗できないのは当然だ。なら、どうするか? 答えは簡単だ。連中と同じ次元に立てばいい」
 国見首相は眉をひそめ、甲斐を見やる。
「同じ次元に立つとは? 具体的に」
「……その体現が、私の隣にいる悠介だ」
 甲斐は隣を見やる。頷き、悠介は立ちあがった。
「僕の家系、八雲家は、昔から不思議な力を使うことができました。たとえば、こんな風です」
 悠介は自分が座っていたパイプ椅子を持ち上げると、
「『タヂカラ』」
 小さく呟きながら、思い切り握り締めた。
 途端、椅子の足はひねり潰された。ねじ切れた背板がガチャンと床に落ちる。
「……っ」
 その一部始終を見ていた国見は、声も出ない様子だった。
 八雲悠介は、大柄というわけではない。体つきは引き締まっているが、だからといって、握力だけでパイプ椅子を握りつぶせるようにも見えない。
 なのに、彼は現実にそれを実行してみせた。
「僕は、その気になれば、この建物を刀一本で斬り崩すこともできます。やりませんけどね」
「まあ、これほど極端ではないが、これに近い力を人類が手にすれば……、その時になって初めて、反撃の可能性が生まれる」
 国見はいまだに何も言えない。理解できない現象に、頭が追いついていないのだ。
 構わず、甲斐は白衣のポケットから小さなケースを取り出した。
 ジュラルミンのケースを開くと、中には緑色の液体が詰まった試験管のような器が収められていた。
「これはBアンプル。大型種の持つ、生物の遺伝情報を書き換える能力と、悠介の力を解析して作り上げた薬品だ。これを投与すれば、普通の人間が、悠介のようなスーパーマンになる可能性がある」
「どうだ、国見。この薬、試してみないか」
 茅野の問いかけに、ようよう時間を取り戻した国見は、頭を振った。
「投薬、薬だと? まあ待て。とにかく、八雲君の能力も、そういった能力があれば変種に対抗できることもわかった。だが、投薬となれば話は別だ」
「別とは?」
「わかりきっているだろう。そんな薬を人間に投与するということは、人体実験をすることと同義だ。そんなもの、簡単に認められるはずがないだろう」
「だが、国見。これしか方法はない」
 茅野の真剣な様子に、国見も押し黙る。
「いいか、国見。通常兵器でケモノたちを攻撃しても無駄だ。連中を倒すには、連中と同じ土俵にあがる必要がある。この薬は、その第一歩になるんだぞ」
「……ちなみに、その薬の副作用は? ないわけじゃないんだろう」
 どのような薬にも、大なり小なり副作用がある。
 ましてや、人間の遺伝情報さえ書き換えるという変種たちの能力をまねた薬だ。何の反動もないわけがない。
 甲斐は試験管を振り、
「さすがは総理だ。良いところに気がつく。まだマウスでしか実験していないが、この薬を投与されただけで、7割がたはショック死する。さらに、その中で、実戦で使い物になりそうな強い力を発揮できるのは、およそ1割程度だ。……わかりやすく言うなら、投薬した内の3%がスーパーマンになる」
「たったそれだけかね……。いや、それ以前に、70%がショック死するだと?」
「ああ。やはり遺伝子を改造するというのは、かなり無理があるんだろうな。一応、これでも割合は下げたほうだぞ? できる限り薬を薄めて、その数字だ。原液を打ったマウスは98%が死ぬ」
「そんなもの、毒薬を打つと言っているようなものじゃないか」
 国見は首を振り、
「ダメだ。そんな薬、認められない」
「じゃあ、このまま緩慢に殺されても構わないって言うのか!」
「そうは言っていない。だが、人間の命をなんだと思っているんだ!」
「尊いと思うからこそ、立ち止まれないんだろう! 理解しているのか!? いまや人間は表を歩くことさえ困難だ! いつどこで変種に襲われるかわからない! 建物の中にいたって、無事とは限らないんだぞ!」
「そんなことは理解している! だが、それとこれは話が違う!」
「違わないだろう! 10人を犠牲にして100人を救うって話だ! それとも、自衛隊に突撃させるのはそうじゃないとでも言うつもりか!!」
 茅野の言葉に、国見も二の句を継げなかった。
「国見。確かにこの薬は、倫理的に認められるようなものじゃない。そんなことは十分に理解しているさ。だが、これが唯一の方法なんだ。たとえ3%でも、世界を救える戦士が生まれてくれるんだ。頼む、国見。協力してくれ」
「僕からもお願いします、首相」
 茅野の言葉を引き継いだ悠介に、国見は目を細めた。
「僕の能力があれば、ケモノ……、いえ、変種程度には負けません。ですが、それは一対一での話です。変種たちは数が多く、その数は加速度的に増えていく。僕一人の力では、とてもみんなを守り切れません。ましてや、世界を救うなんて……」
「一騎当千の悠介がいたところで、戦力はたかが知れる。連中に対抗したければ、軍隊は必要だ。多かれ少なかれな」
 三人の顔を見比べていた国見は、長いこと口を開かなかった。
 コツコツと机を叩く。その音だけが、静かになった室を満たす。
「……」
 どれくらい経っただろうか。
 やがて、国見は深く息を吐いた。
「私に、何をしろと言うんだ」
「被験者を募って欲しい」
 茅野の答えに、国見はますます顔をゆがめた。
「そんなこと、可能だと思うのかね」
「皆まで言わなくてもいい。特攻隊、とでも言えばいいと思う。このご時世だ、そんな部隊も、あながち冗談ではないだろう」
「……それは、できない。日本人は特攻という言葉に敏感だ。まあ、わかった。方法はこちらで考えよう。数は」
「今のところ、精製できたBアンプルは300人ぶんだ」
「300人か。条件は?」
「体力があるほうがいい。老人はダメだ、アンプルの衝撃に耐えられない恐れがある。男女はどちらでもいい」
「若い男女か。本当に特攻だな」
 苦い笑みを浮かべた国見は、深く頷いた。
「わかった。なんとしても集めよう。用意ができたら、また連絡する」
「ああ、早めに頼むよ」
「わかっているさ。いつまでも、動物に日本を渡しているわけにはいかないからな」
 そう言って、国見は立ち上がった。
「終わりの始まりだ。連中に取られた日本、必ず取り返すぞ」
 首相の言葉に、茅野は強く頷いた。



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