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辻堂さんが通っている高校は、都内のとある私立高校だった。 最寄り駅で落ち合った私たちは、揃って高校へ向かった。 見えてきたのは、どこにでもありそうな、普通の高校だった。三階建てくらいの校舎とグラウンド。グラウンドではサッカー部らしい男の子たちが練習をしている。 事前に電話したおかげか、校門のところには、一人の男性が私たちを待っていた。若く、腕まくりをしている姿は、なんとなく活発な印象を与える。 「はじめまして。二宮和久です。今回、調査にご協力いたします」 「ホンダリサーチの本田です。こちらは助手の源」 「ええ、聞いております。まずは応接室へどうぞ」 先生の案内で、校内へ。連れて行かれた先は、これまた特徴のない、応接セットが並ぶだけの部屋だった。机の上には、何かの資料が積まれている。 先生と私たちは向かい合って座る。口火を切ったのは、二宮先生。 「学校としましても、すすり泣きの件はなんとかしたいと思っていたところです。調査していただけるなら、こんなに心強いことはない」 「それは、仕事ですので。先生は、実際に体験を?」 所長が問いかけると、二宮先生は深く頷いた。 「この学校の教師で体験したことのない者はいません。みんな、一度はあの泣き声を耳にします」 「それは、倉庫に行くと必ず?」 「ええ。大きな音ではないんです。むしろ、耳をすませないと分からない……、けど、はっきりと聞こえるんです」 「タイミングなどは」 「関係ありません。常時聞こえます。後でご案内しましょう」 「お願いします。では、それ以外の経緯を。まず、すすり泣きが最初に聞こえたのは、いつごろでしょうか」 「8年ほど前のことです」 「場所は、体育倉庫だけでしょうか」 「はい。倉庫の外に出れば聞こえることはありません。……辻堂以外は」 「なるほど。辻堂綾さんのことは、先生もご存じなんでしょうか」 「ええ。私が担任ですから」 なんと。三年生の担任だったんだ。若い先生だし、なんとなく一年生の担任的に考えてた。 「辻堂さんが、すすり泣きがついて来るという症状に見舞われるようになったことは、ご存じでしたか」 「ええ。彼女に相談されました。それで、校長にも相談して、精神科の先生を紹介することにしたんです」 「先生は、辻堂さんの症状は精神的なものだと?」 「おそらくは。すすり泣きは事実としてありますが、それがついて来たという話は、少なくても私がこの高校に来てから5年、一度もありませんでした」 「なるほど。では、次に、実際のすすり泣きについてですが。学校として、何か原因のようなものは認識されていますか?」 所長の質問に、二宮先生は一瞬だけ口ごもった。 「……こういう非科学的なことを教師が言うのはおかしいかもしれませんが。おそらくは、死んだ生徒の怨念、だと思います」 「死んだ生徒とは」 「8年前のことですが、生徒が一人、体育倉庫で亡くなったんです。私が着任する前のことなので、伝聞ですが、当時の資料などはここにまとめてあります」 机の上に置いてあった資料を差し出す先生。所長はそれをめくった。私も横からのぞき込む。 一番最初に入っていたのは、報告書だった。時系列などが書いてある。 それによると――8年前、9月7日。一人の女生徒が体育倉庫で亡くなった。 死因は心不全。もともと、心臓が弱い生徒で、体育の後、一人で片づけをしている時に発作が起き、そのまま亡くなったものと推定された。 その後、学校は管理体制を問われたりもしたけど、それは今回の事象とは関係がないので読み飛ばす。 問題はその後。ちょうど9月の終わり頃から、校内で噂が出るようになった。いわく、死んだ女子生徒の霊が倉庫に出るのだ、と。どうやらすすり泣きは、その頃からずっとあるらしい。 とはいえ、霊現象などという非科学的な事象に対し、学校は消極的だった。病弱な生徒を一人にしていた、という問題が片付いていなかったこともあり、対応は伸び伸びに。結局、学校が重い腰をあげたのは、一年ほども経過した後のことだった。 一周忌という名目で、体育倉庫で除霊を行った。近所のお寺からお坊さんを呼んで、お経をあげてもらう。 けれど……、症状は、一向に改善していないまま、今に至る。 「すすり泣きを確認してからというもの、学校としては、倉庫の使用を禁止とし、閉鎖しています。ですが、いつの世の中も、高校生というのは無茶をしがちです。辻堂も友達と一緒に遊び半分で倉庫に入り、結果、症状に見舞われることになりました」 「自業自得、と?」 「そうは言いません。結局のところ、事象を収められない学校側にも問題があるんです。ですが……、触らぬ神、と言いますが、倉庫に入らなければ実害のない症状でもあります」 「倉庫の取り壊しなどは」 「検討しました。ですが、費用的な問題もありますし、何より、倉庫を壊した後、そこにいる霊がどうなるのか、我々には見当もつきません。今は倉庫の中で収まっているからいいですが、倉庫を壊した時、たとえば校内のどこにでも現れたりしたら……」 「それが恐ろしくて、今のところ取り壊しには至っていない、と」 「そういうことになります」 先生の説明を聞きながら資料をぱらぱらとめくると、学校は学校でそれなりに努力をしていたことがうかがえる。 生徒が死んだのは本当に事故だ。もちろん病弱な生徒一人に片づけをさせた先生は良くないけど、それだって、体育の授業に参加できるくらいには元気だった。だから、片づけを任せたのも、無理ないことだとは思う。 ところが、たまたまそのタイミングで発作が起きてしまった。不幸な事故により一人の生徒が亡くなった。そして、その怨念が今も残っている。 学校からすれば、なんとかしたいと思うのは当然だと思う。だからこそ、除霊のような真似事すらした。学校みたいな特殊な環境では、異例のことじゃないだろうか。 けど、それすらも効果を発揮していない――。 「ん?」 資料の後ろの方には、集合写真も入っていた。その中の一人に丸がつけてある。割と可愛い系の女の子だ。 「この子が、亡くなった生徒ですか?」 「はい。神田朱里。当時は二年生でした」 「なるほど」 ひとつ頷いた所長は、 「では、現地をご案内いただけますか?」 そう、先生に問いかけた。 二宮先生が案内してくれた体育倉庫は、グラウンドの端にあった。建物のかげにあるせいか、陰鬱な雰囲気が漂っている。周囲には他の設備がないせいか、あるいは幽霊の噂があるせいか、他に生徒はいなかった。 重たい鉄の扉を開くと、ひんやりとした独特の空気が漏れ出てくる。 部屋に入り、扉を閉めると、薄暗かった。外から微妙に入ってくる光くらいしか光源がない。明かりをつければいいんだけど、二宮先生は照明をつけず、しーっ、と口元に手を当てた。 私も黙って耳をすます。すると、 ――うぅ かすかに、何かが聞こえた。 静かな部屋で、目を閉じ、耳をすませる。 ――ぐすっ、ひっく ぞくり、と背筋が震えた。 おそるおそる、目を開く。声が聞こえる方に、目をこらす。 舞い立つ埃。外から入る光の筋。その動きが、微妙に揺らぐ。 「……ッ!」 そこに、ぼんやりと、何かが輝いていた。 白いもや。そう言われてしまえば、そうも見える。けど、それはぼんやりと丸みを帯びた線を描いている。 ……女の子だ。 「源。何か見えるか」 「は、い」 所長の問いかけに、私は小さく頷いた。と、私の手を、所長が握ってくれる。 「落ち着け。こいつはただ泣いているだけで、実害はない」 「はい、はい」 「息を吸え。ゆっくりとだ」 すぅ、と息を吸い、ゆっくりと吐く。 それで、だいぶ気持ちは落ち着いた。 改めて、よーく見つめ直す。 そこにいたのは、この世の住人ではなかった。うっすらと揺れる白い影。茫然と足元を見つめるだけの女の子。 はっきりと見えるわけじゃないけど……、たぶん、間違っていない。あの写真の女の子――神田朱里さんだ。 「源。何が見える」 「神田さん、だと思います」 「間違いないか」 「たぶん」 私が頷くと、所長は鞄から数珠を取り出した。 「なら、除霊してみるか」 両手を合わせ、所長はぶつぶつと唱えだす。 「オン マイタレイヤ ソワカ」 所長が呪文を唱えると、ゆらりともやが揺れた。 「オン マイタレイヤ ソワカ」 ゆらゆらと揺れるもや。けれど、女の子の表情に、変化はない。 「オン マイタレイヤ ソワカ」 やがて、もやは揺れることすらなくなり、静かに動きを止めてしまった。 しばらく様子を見ていた私は、 「所長、ダメみたいです」 「……そうか」 ふう、と嘆息した所長は、数珠を鞄に戻す。 「所長? どうしますか?」 「出直そう。まずは、調査からだな」 「了解です」 振り返る。 神田さんの霊は、ゆらゆらと揺れ続けていた。 |