次に私たちが打った手は、当時のことを知る人に聞くことだった。
 学校側の協力で、当時、神田さんと友人だったというOGに連絡が取れた。週末、所長と一緒に、私たちはその人に会うことになった。
 学校近くの喫茶店で会った女のひとは、長い髪を後ろで縛り、少しだけ疲れた顔をしていた。
 大磯おおいそ咲江さきえさん。神田朱里さんのクラスメイトで、当時、一番仲が良かった人……、らしい。
「すみません。お忙しいところ、お時間をいただいて」
「いえ、いいんです。朱里のことってなると、ほっとけませんし」
 テーブル席で向かい合った私たち。揃ってコーヒーを頼む。
 あったかいコーヒーが運ばれてきたところで、所長は口火を切った。
「では、さっそく。大磯さんは、神田さんと仲が良かったとか」
「ええ。高校に入ってからの友達で、よく一緒に遊んだりもしました」
「神田さんのご病気については、ご存知でしたか」
「はい。クラスメイトたちも、みんな知っていました。だから、あの事故が起きた時、みんな怒ったし……、何人かは自分が悪かったって、ショックを受けたりもしました」
「あなたも?」
「……ええ。ちょうどその日、私は風邪で学校を休んでいて。もし学校にいたら、絶対に一人じゃ行かせなかったって、今もそう思っています」
「なるほど。では、学校側の措置は、みんなが不満に思っていたんですね」
「当たり前です。だって、朱里は病気だったんですよ? それを、一人で倉庫に行かせるなんて……。ひどすぎます。朱里は、学校に殺されたんです」
「お気持ち、お察しします。では、神田さんが亡くなった後のことは、どの程度までご存じですか」
「たぶん、だいたいは。すすり泣きが聞こえるようになったのも知っていますし、学校がやるっていう除霊も、無理を言って参加しました」
「なるほど。それでも、霊は払えなかった」
「はい。……正直、朱里がそんなになるなんて、思っていませんでした。確かに朱里は病気を持っていたけど、でも、すごく明るくて、優しい子だったんです。それが、なんであんな風になっちゃったんだろう、って」
「神田さんが倉庫で発作を起こした原因は判明しましたか」
「いいえ。ただ、蜘蛛でも見て、びっくりした拍子に発作が起きたんだろう、って。朱里、蜘蛛が大嫌いでしたから」
「ふむ……」
 少しだけ考え込んだ所長のかわり、私が大磯さんに問いかける。
「あの。神田さんが亡くなった時は、やっぱり騒ぎになりましたか」
「それはもちろん。学校内で人が死ぬなんてありえないことだし。それに、そのちょっと前に、事故死した子もいたから、余計にね……」
「事故死?」
「ええ。そっちは交通事故。他にも、あの年は色々と縁起の悪い年だったわ。教頭は不倫の末に刃傷沙汰を起こすし、バスケ部……、うちのバスケ部は強かったんだけど、エースが負傷して、その年はボロ負けだったし。それに、交通事故と朱里の件が立て続けに起きたり。まるで、何かに呪われているみたいだった、って」
「呪われてる……」
「別に、本当に誰かが呪っていたなんて思わないけど、でも、まるでそんな風に、悪いことが悪いことを呼んでいるような気がして。だから、ずっと学校の中は雰囲気が暗かったわ」
「ああ、なるほど……」
 呪い、か。
 実際に呪いがあったかどうかはともかく、それが、神田さんが除霊できない理由と関係しているんだろうか。
 所長いわく、除霊は、本人の目の前で、あなたのためにって気持ちをこめなきゃいけないという。その点において、今回は、霊が目の前にいる環境だった。だから、除霊が通じないはずはない。
 なのに、神田さんは、成仏しなかった。何か原因があるんだろう、けど――。
 それが、他の事件と関係している、なんてことはないだろうか。あるいは、本当に学校には呪いが蔓延していて、それで除霊ができない、とか。
 ……なんとなく、変な気がする。
「他に、何か悪いことってありませんでしたか」
「特に、思い出せる限りではないわね。だいたい、悪いことってあの年に集中していて。私が入学する前も、卒業した後も、たいしたことは起きていないみたいだけど」
「まあ、それが普通ですよね。学校ですし」
 そう、それが普通だ。何も起きないのが普通。逆に言うと、その年は、なぜか学校で悪いことが集中して起きた。
 ――何か、共通する原因でも、ある?
 でも、先生の痴話げんかとか、生徒が怪我したなんて話と、交通事故や例の発作事件が同じ理由だとは、とうてい思えないような。
 話が途切れたところで、大磯さんは軽く手をあげた。
「あの。逆に、こちらから質問してもいいですか」
「あ、はい。なんでしょうか」
「朱里みたいなことって、よくあるんでしょうか。要するに、死んで、霊になるような……」
 私はちらりと所長を見た。所長は口元から手を離し、
「普通は、滅多にありません。そもそも、死んだだけで誰もが霊になるくらいだったら、世の中は霊だらけです。これは、個人的な印象ですが……、やはり、老衰や病気で亡くなった人は、そうそう幽霊にならないような気がしています。あるいは、自分が死ぬということについて、どこかで理解があるからかもしれません」
「じゃあ、事故とかだと、むしろ幽霊になるんですか?」
「それは、確かにありえます。ですが、そういう霊も、実害はほとんどない場合が多い。というのも、事故死した人は、そもそも自分が死んだことに気づいていないようなんです。たとえばの話、いきなりダンプカーに、はねられて亡くなったとしましょう。その人は、一瞬にして意識を失った。言うなれば、普通に生活していた意識が、突然切断されたんです。何が起きたか理解できないのが普通ではないでしょうか」
「……なるほど」
「自分が死んだことを理解していない幽霊は、特に何をするわけでもなく、その場に存在し続けるだけです。そして、ある時、自分が死んでいることに気づく。そうして、成仏する。それが普通ではないかと」
「では、朱里はどうなんでしょう。朱里は、なんで幽霊なんかに?」
「それは、なんとも。あるいは、神田さんが成仏できない理由は、そこにポイントがあるのかもしれません」
「ポイント?」
「神田さんは持病をお持ちでした。普通ならば、そのままいつ亡くなってもおかしくない。ならば、たとえ発作が起きたのは偶発的な事象だったとしても、ご自分が亡くなられたことにたいしては、普通の人よりも理解が早いはずです。それが、8年もの間、経文によってすら成仏できない。異常事態です」
「つまり、ただの発作じゃなかった……?」
「可能性はありえます。これは、一例ですが……、殺人で亡くなった方は、やはり幽霊になる場合が多いようです。それも、実害が発生する霊に」
「殺、人」
 ごくり、と喉が鳴る。それは、神田さんの死に際が、ただの死ではなかったということ。
 誰かに、殺された可能性もあるということ。
「殺人で亡くなった霊は、死ぬ直前、死ぬほどの恐怖を味わっているわけです。その恐怖は現世に残る。そして、死後にも影響する。たとえば、死ぬ直前の悲鳴が残ったり、今際の言葉が残ったり。場合によっては、生者が自分を殺した者に見えて……、復讐しようとする者もいるようです」
「そんな、ことが」
「それが、よく言う悪霊の正体ではないか、と。ですが、結局のところ、もとは人間です。話せばわかります。それを成す手段、異界の住人に問いかける言葉が、経文です」
 なんとなく理解できるような、できないような。
 まあ、要するにこの話も、所長の理解なんだろう。所長自身が言っていたことだけど、霊に対する研究なんてものはない。結局のところ、幽霊なんて、証明はできていないんだ。
 所長の言い分は、言うなれば、『そういうふうに解釈すれば成立する』ってだけじゃないかな。
 ただ、気になる話もある。
 確かに、病気で亡くなっただけの神田さんが、今も幽霊として残っているのは、不自然といえば不自然だ。それが通るなら、病院はいつでも幽霊が発生し続けることになるし、幽霊の満員電車になっちゃう。
 そうはならない。そうなる人もいるけど、ほとんどの人はそうならない。
 つまり……、神田さんの死には、まだ他に隠された事実があるんだ。
「神田さんが発作を起こしたことについて、何か心当たりはありませんか」
「そうは、言っても……。要するに、朱里を殺した奴がいるかって話ですよね?」
「おそらくは、そこまで意図的なものではなかったと思います。おそらくは偶発的。亡くなってしまったのは結果論であり、そこまでするつもりじゃなかったんだと思うんですが」
「いたずら程度のつもり……、ってことでしょうか」
「そうです。その心当たりはありませんか」
「そうは、言っても。朱里は名前通り明るい子で、友達も多くいました。そんな、嫌がらせを受けるようなことなんて」
「友達同士で、いたずらのようなものを仕掛ける子は?」
「それこそありえません。みんな、朱里の体は知っていたんです。むしろみんな、いたわるような感じで。だから、朱里が一人で倉庫に行かされたって知って、みんな自分を責めました。自分が近くにいたら、そんなことはさせなかった、って」
「驚いた拍子に発作を起こすことは、ありえたと」
「はい。だから、みんな脅かすようなことは、絶対にしません」
 大磯さんはきっぱりと言い切った。
 でも、その通りだとすれば……、本当に、どうして神田さんは亡くなったんだろう。
 死に方がポイント。それは、確かにその通りな気がする。でも、ただ死んだだけじゃ霊にならない、なら、殺されたって思うのは不自然じゃない。
 でも、殺すような人、事故が起きるようなことをする人がいなかった。これは、どういうことなんだろうか。
 考えてみても……、答えは出なかった。