|
喫茶店で大磯さんと別れた私たちは、ゆっくりと学校に向かっていた。学校は土日も部活動の練習をするために生徒や先生が来ていて、私たちの調査もさせてもらえることになっている。 「……所長。なんで神田さんは、亡くなったんでしょう」 「さあな。それさえわかれば、除霊もできそうなもんだが。言ってしまえば、彼女の心残りがわからないんだ」 「心残り、ですか」 「ああ。死んだ人間は、ただ死んだだけじゃ、霊にはならない。それはさっきも言った通りだ。殺人の被害者が霊になるのは、恐怖という心残りがあるから。その点、彼女には、もちろんまだ生きたいという欲求はあったろうが、死ぬことを理解していないはずがないんだ」 確かに。発作が起きただけで死んでしまうような病気を持った神田さんが、死ぬことについて、ぜんぜん考えていないわけがない。 だとすれば、なんで……、神田さんは亡くなったのか。そして、なんで霊になったのか。 歩いていると、校門が見えてきた。ここからはグラウンドも見えるけど、件の倉庫は、建物のかげになって見えない。 二人で見るともなく倉庫の方を見ていると、ふと、所長はぽつりとこぼした。 「すすり泣き……」 「え? なんですか?」 「すすり泣きだ」 顔を上げる。所長の瞳は、何かの光が宿っていた。 「源。どうして、神田朱里はすすり泣くんだ」 「え? それは……、その、死んだのが悲しいから?」 「病気の発作が起きて、その時の衝撃で幽霊になったのなら、すすり泣くのはおかしくないか? 今際の言葉ならば、それは“うめき声”なり“助けを呼ぶ声”であるべきじゃないのか?」 「……ッ!!」 ぱっ、と頭の中で電撃が走った。 そう、それが違和感! 神田さんは病気で亡くなった。けど、すすり泣きは、どう聞いても恐怖に対する反応だ。もちろん病死、それは怖いことだけど、すすり泣きってのはどこか違う気がする。 だとすれば……、何かが違うんだ。 「大磯さんが言っていたな。神田さんが亡くなった年は、色々と悪いことが起きた、と」 「はい。えっと、教頭先生が不倫、バスケ部のエースが負傷、それに生徒が交通事故に遭った、とか。他にもあるかもしれませんけど」 「それらも、彼女が言っていたように、一意的な原因……、それこそ呪いのようなものがあったらどうだろう。呪いによって、神田朱里は意図的に殺されたとしたら?」 「犯人を知って泣いている、とか?」 「ありえない話じゃないな。……調べよう」 「了解です!」 ビシッ、とポーズを決めた私は、校舎に向かって駆け出した。 二宮先生にお願いし、資料を用意してもらった。 8年前。神田さんが病死した件の他に起きた出来事。 まず最も大きな件は、男子生徒が事故死したことだ。9月1日、始業式の日だった。朝、徒歩で登校中だった男子生徒は、スピード違反していたダンプカーにはねられた。生徒は即死、ダンプの運転手は、そこに至るまでの道路が混雑していて、遅れを取り戻そうとしての事故だったらしい。 バスケ部のエース負傷、というニュースもあった。5月15日、体力トレーニングとして、階段での走り込みをしていた男子生徒が、階段から滑り落ちる事故が発生。足を骨折した生徒は、後遺症が残り、バスケのような激しい運動はできなくなった。エースを欠いたバスケ部はその後、大会でも惨敗する結果となった。 教頭が痴話げんか、というニュースは、学校側では資料を残していなかったけど、図書館の新聞には小さく載っていた。教頭先生が不倫をし、その結果、不倫相手に刺され重傷。一ヶ月ほど入院することになり、その後、教頭は学校を去った。事件が起きたのは、4月の始め頃。 また、大磯さんは覚えていなかったようだけど、他にも確かに悪いことはあったらしい。 たとえば、その年、生徒の進学率は異様に悪かった。例年なら大学進学率は9割近いこの学校で、その年に限っては7割強。浪人生となった者が多かった。 また、生徒2人がうつ病を発症。不登校となった。それぞれ学年は違うけど、結局、そのまま学校を退学した。時期はそれぞれ、10月と12月。病気になる寸前、当該生徒たちは、友達とも会話をしなかったという。 それと、自殺をしようとした生徒が一人。結局未遂で終わっている。エースを失ったバスケ部の元部員で、これは受験ノイローゼとされた。12月と1月に、計2回。この子は卒業こそしたものの、その後、フリーターになったらしい。 たくさんの資料を読み込んだ私は、ふう、とため息をついた。 「……悲惨」 なんだろう、なんでこんなにも悪いことばかりが。 本当に、この学校は呪われているんだろうか。嫌なこと、悲しいことが続くと、気分が滅入るのはわかる。でも、これだけの数が。 それとも何か、そこに理由はあるんだろうか。 「……?」 ふと気づくと、所長が資料に視線を落としたまま、何かを考えていた。手元を覗き込むと、交通事故の経緯が書かれた報告書だった。 「所長、何かありました?」 「――起きた事件を時系列順に並べ替えてみろ」 「え? 順番、ですか? えーと、一番早いのは……」 起きた事件をメモに書き、並べ替えてみる。 一番早かったのは、教頭の不倫事件だ。これが4月。 次に、バスケ部エースの負傷。これが5月。 それから、男子生徒の事故死。9月、始業式の日。 そして、神田さんの死亡。9月7日。 それから、うつ病になった3年生の生徒。10月。 自殺未遂の元バスケ部員。12月。 二人目のうつ病患者。12月。 生徒が片っ端から受験に落ちる。2月から3月頃。 「こんな感じですかね?」 メモを見せると、所長は頷いた。 「そうだ。神田朱里の死亡は9月7日。問題は、この直前に事故死した生徒がいることだ」 メモを見る。亡くなった生徒は、中野仁。亡くなった当時は二年生だった。 「神田朱里が死んだのは始まりじゃない。むしろ、その年に起きた事件としては中盤の部類だ。始まりは教頭の不倫だが、これは本人の問題だろう。バスケ部エースの負傷も、事件性はない。だが、男子生徒の死亡。これは、ポイントになるんじゃないか?」 「事故死した生徒が……、幽霊化した、とか? 神田さんは、幽霊を見た!」 所長は小さく頷いた。 「いくら蜘蛛が嫌いだからといって、蜘蛛を見たくらいで心臓発作を起こして死ぬほどとは、なかなか考えにくい。だが、幽霊を見たとしたらどうだ? もっと言えば……、幽霊の“すすり泣き”を聞いたら?」 「そうか……!! すすり泣いているのは、神田さんじゃない!! 別の幽霊!!」 「そういうことだ。だから、神田朱里に対して経文を唱えても通じなかった。彼女はすすり泣く幽霊――中野仁に縛られているんだ」 「それならわかります。でも、じゃあ、なんで中野君の霊はすすり泣いているんでしょう? いえ、それよりも、車ではねられたはずの中野君が、なんで学校で幽霊に? 普通は、はねられた道路のところで、実害のない幽霊になるはずじゃ?」 「……中野仁が幽霊になり、体育倉庫に現れるということは、そこに対して強い念があるってことだろうな。おそらくは、そこで、死んでもぬぐえないほどの悲しい目に遭った。だから、そこに縛られる。すすり泣く」 「倉庫で、悲しい目……」 なんだろう。何があったんだろう。 普通、倉庫に悲しい思い出なんて作りようがない。そもそも、あの倉庫は校舎から離れてるし、他に何があるわけでもない。あんなところに、わざわざ行く用事なんて……。 ……わざわざ。人の気配がない。 「もしかして、いじめ?」 中野君は、倉庫で、いじめを受けていた? 「調べてみる価値はあるんじゃないか」 所長の言葉に、私は頷いた。 |