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免許は持っているけど車はないという所長。 仕方なし、レンタカーを借りて、事故が起きるという崖に向かった。赤羽さん同様、途中で駐車し、徒歩で現地に向かう。 「そもそも、なんでこんな山奥で死んだんでしょうね」 「警察の捜査でも分からなかったそうだ」 二人でえっちらおっちら、山登りしながら、そんなことを話す。 見渡せば、本当に景色の良いというか、ぶっちゃけただの山だ。左側は森になっており、右側は切り立った崖になっている。高さは10メートルほどもあろうか。ガードレールは一応あるけど、恐怖心はぬぐいきれない。 ……はっきり言って、景色を楽しむ場所ではない。見えるのは緑のみ。山だか森だか。地質学の研究者とかだったら面白いのかもしれないけど、ごく一般人の目で見る限りは、本当に何もない山中だ。 けど、赤羽さんのお友達――三鷹連さんは、ここで亡くなった。 「三鷹氏は、この何もない路上で死んでいるところを、たまたま通りかかった車が発見した。この道そのものは見てのとおり、車の通りはそれほど多い場所じゃない。だから、いつからそこで倒れていたのかは不明だ。一目で死体と分かるほど腐乱していたそうだ」 「うげ……」 「死体が発見されたのは12月20日。クリスマスの直前で、寒い時期だ。死体が腐乱したということは、相応に時間が経過していた可能性が高い。明らかな不審死で、警察も捜査したが、そもそも三鷹氏がこの山中に来る理由も手段もわからなかった」 「死んじゃったということは、行方不明になっていたということですよね? いつ頃から?」 「最後に目撃されたのは10月31日。当時のアルバイト先――飲食店で勤務したのを最後に、誰も目撃していない。次のシフトは11月2日で、当然だがその時は出勤してきていない」 「そうなると、10月31日にバイトをあがってから、11月2日までの間に何かがあった、ってことですよね」 「そうなる。主眼となるのは11月1日の行動だ。だが、そこがいまいちはっきりしない。三鷹氏は一人暮らしで、安いアパート住まいだった。当然だが防犯カメラなんてないし、周囲のカメラにも映っていなかった。とはいえ、住宅街じゃそれほどカメラは多くないし、映像も荒いものしかない。探しきれなかったとしても無理はないな」 「けど、どうにかして、三鷹さんはこの山に来たんですよね」 「そうなる。来てわかったと思うが、公共交通機関で来る場所じゃない。最寄り駅はここから車で1時間以上もかかるような場所だ。歩いて来ることも不可能じゃないといえばその通りだが、そこまでしてここに来る理由がない」 「となると……、誰かに連れてこられた?」 「殺して山に埋めるというのならわかるが、死因は衰弱死だ。少なくても11月1日に死んだわけじゃない。偶発的に殺してしまって山に埋めようとした、というのなら理解もできるが、そういうわけじゃない」 確かに。遭難して生還した人の話とかもあるけど、人間、何も食べなくても2,3日は死なない。 三鷹さんの死因が衰弱なら、かなりの時間が必要だったはず。ただ殺したいだけなら、そんなに時間をかける必要はない……。 「仮に、三鷹氏が殺されたとしよう。そうすると、殺した奴は、最低でも一週間近く三鷹氏を監禁しなければいけない。まあ、このクソ田舎に放り込めば監禁はできるかもしれないが、今度は犯人側にそこまでする理由がない」 「それで、警察の捜査は行き詰ったんですね」 「そうだ。もともと、三鷹氏は、父親の借金を肩代わりした関係で、金銭的には苦労していた。学校に通うこともできず、フリーターとして糊口をしのいでいたらしい。人間関係では大きなトラブルもなく、殺したいほど恨まれる理由はない、というのが警察の見解だったそうだ」 「借金があったなら、たとえば、暴力団の人が殺した……、とか。監禁して払わせようとしたけど、つい衰弱死させてしまった、とか?」 「暴力団にとって、人間を監禁するメリットがない。そもそも監禁は犯罪だ。バレれば一発逮捕。暴力団が、そんな面倒なことをするものか。だいたい、連中が欲しいのは金であって、人間じゃない」 「うーん。難しいですね」 「警察がわからなかったような事件を、そうそう突き止められてたまるか。ほら、そのへんが現場だぞ」 スマホの地図を見比べながら、所長が指した先。そこは、本当に何もない、ただの山中に見えた。 唯一、他と違うのは、ガードレールが一部だけちぎれてなくなっていることだけ。道路にはタイヤ痕が残っているから、きっとここで事故が起きているんだろう。 「ここで交通事故が起きたのは何回でしたっけ」 「13回。2年前の2月を皮切りに、約2ヶ月に1回ペースだ」 「ずいぶん間が空くんですね?」 「それだけ車の通りが少ないだけかもしれないがな」 確かに、さっきから今まで、車は一台も通っていない。 ナビの地図を見る限りでも、この道は隣の県に抜ける道ではあるけど、下にもっと立派な国道がある。強いて言えば、スピードを出したい人が警察の心配もなく無茶をする道、って感じだろうか。 それも、通るなら昼間。夜間は街灯もないせいで暗く、危ない。普通は通らない。 だからこそ、事故が起きないのかもしれない。幽霊は、昼間だと動けない、とか。 「源。何か見えるか」 「いえ、何も」 本当に何も見えない。これじゃ、ただの事故現場――というか、事故があったんだろうな、と推察させるだけの道だ。 悩んでいると、遠く、甲高い音――車のエンジン音が聞こえてきた。 「源」 崖際のほうに寄ると、遠く、真っ赤なスポーツカーが見えてきた。見る間に大きくなっていく車。凄いスピード……、危ないなぁ。 車は一瞬にして私たちの前をよぎり、次の瞬間、 「ッ!!」 ギャリッ、とタイヤが鳴る。 車はいきなり全力でハンドルを切った。その先にあるのは崖――。 危ない、と叫ぶ間もなかった。本当に一瞬にして、車は崖下へと落下していった。 「くそッ!」 慌てて駆け出す所長。私も続こうとして、気づく。 道路の先。車が不自然にハンドルを切った位置。 そこに、黒いもやが浮かび上がっていた。 |