私は学校があるせいで手伝えないけど、所長は珍しく動き、調べてくれた。探偵のまねごとも、所長は上手だ。
 そして、その結果として、一人の人物が浮かんできた。
 占い師“千早ちはや”。辻占として、たまに繁華街で出没しているらしい。
 その人は、ちょうど、三鷹さんが働いていた飲食店の近くで目撃されていた。占いに興味があったわけでもない三鷹さんが、わざわざ店舗を構えている占いのところまで行くとは考えにくい。となれば、街中の占い師のところ。
 可能性は十分にあるわけで、私と所長は、千早という占い師がよく出没しているらしい、繁華街に行くことにした。
 三鷹さんが働いていたのは、繁華街とは言っても、新宿のような感じじゃない、良くも悪くも田舎っぽい場所だった。
 所長と連れ立って、繁華街を探す。さすがに制服だとヤバいので、私服、それもなるたけ大人っぽく見えるように、ブラウスとロングスカートで、髪をおろす。それでも警察に職質されたら、言い訳できない。なるたけ足早に、通りを歩いては、それらしき人を探した。
 そして、見つけた。前情報のおかげか、割と早かった。
 駅の近く。パチンコ屋さんや飲み屋さんが居並ぶ中、薄暗い奥まった場所に、小さな明かりをともした机が置いてあった。その前に、一人の人物が座っている。
 フードをまぶかにかぶり、顔は見えない。机の上にはそれっぽい水晶玉。横には、“うらない”とだけ書いてある。
「千早さんですか」
 声をかけると、フードの人物は、少しだけ揺れた。
「なんでしょう」
 聞こえてきたのは、意外と甲高い声。女性だ。
「三鷹連さんという方をご存知ですか」
「さあ。どなたでしょう」
「あなたのところに、客として来ませんでしたか」
「お客様のお名前は、聞いておりませんので」
「こういう人物です」
 所長は、ポケットから写真を取り出す。赤羽さんからお借りしたものだ。
 それを差し出すと、千早さんは、小さく揺れた。
「さあ、存じ上げませんわ」
「彼はあなたに会った後、失踪しました。心当たりは?」
「存じ上げませんと申しているでしょう?」
 軽く笑っているような声。
 ふと、視線を感じたような気がして、私は顔を上げた。
 そして、息をのむ。
「申し訳ありませんが、お客様は一日一人というわけではございません。お会いした方々、その逐一を覚えているわけでもございません。連日連夜とお会いしていれば違うでしょうけれど。そういうものではありません?」
「なるほど」
 所長は小さく頷く。そして、ちらり、と私を見た。
 そのまま、首を横に振る。決め手がない、ということだろうか。
「そうですか、失礼しました。では、我々はこれで……」
「あの。ひとつだけいいですか」
 所長の言葉を遮り、私は口を開く。
「はい、なんでしょうか、素敵なお嬢さん」
「たいしたことではありませんけど。あなた、どうして幽霊を連れているんですか?」
 ぴくり、と千早さんが揺れる。
 そう、私は、見て、驚いたんだ。
 千早さんの後ろ。まるで彼女を守るようにして控えている、一人の男性霊。
 今まで見てきた白いもやなどと違い、暗闇の中でもはっきりとわかる、黒い影。
 闇よりさらに深い闇。
「それ、崖で見た、三鷹さんの霊と一緒です。深い怨念を持った霊。そんな霊を連れて、不都合はないんですか?」
「……霊とは、何のことでしょうか」
「わかっているはずですよ。だって、あなた、霊が見えているでしょ」
 はったり、ではあった。でも、確信もしていた。
 この人は、三鷹さんの死因を知っている。この人は、関わっている、と。
 私の中にある何かが、そうささやいている。
「なるほど。あなたも、霊視能力があるのですね」
 くすり、と笑った千早さんは、フードを下ろした。
 現れたのは、闇のように黒いストレートヘアを揺らした、妙齢の女性。
「おっしゃる通り。私の本業は、呪殺です」
「呪殺……?」
「呪いです」
 のろ、い?
「強い幽霊は人間を害することができます。それを利用し、霊に人間を害するよう命じる。当然、霊を見ることができる人間は限られますので、理由もわからぬまま、対象は苦しめられる。それが呪いですわ」
「……あんた、呪殺師と言ったな。つまり、呪いで人を殺しているってことか」
「そういうことになりますわね。もっとも、大半の霊は、呪殺を命じたところで、それを成すだけの力は持っていません。徐々に相手を弱らせるだけ。けれど、原因不明の症状に悩まされ続ければ、たいていの人は心を病みます。そうして、少しずつ少しずつ苦しめていく。それを、生業としているのです」
「そんなことが、許されると思っているのか」
「誰も証明などできません。証明できないのであれば、罪ではありません」
「でも、三鷹さんを殺したのは殺人ですよ」
 私の冷えた声に、千早……、は、薄く微笑む。
「殺人だなんてそんな野蛮な。私は、そこにある霊を、利用させていただいているだけのことですわ」
「三鷹さんは失踪し、衰弱し、亡くなりました。そして、亡くなったその現場に染みつき、今も人を襲い続けている。そこにある霊を利用しているだけなら、あなたは何故、車もめったに通らない山道に行ったんですか?」
「……なるほど。慧眼です」
 くすりと笑った千早は、口を開いた。
「霊で人を呪うのは、簡単なことではありませんのよ。大半の霊は、死した場から大きく動けません。その場所に意味があるのですわ。ですから、霊に負の感情を注いでも、特定の相手を襲わせることは難しい。相手をその現場まで連れて行かなければいけませんもの」
「でも、あなたの後ろには霊がいるじゃないですか」
「その通り。こういう霊を作りたくて、努力をしているのです」
 作る。努力。
「あなた……、人を殺しているんですね。呪いの道具にするために」
 私の言葉に、千早は艶然と微笑んだ。
「ちょうどよい場所に霊がいないのであれば、ちょうどよい場所に移動できる霊を作ればいい。私はこれを、狗神と呼んでおります」
「人間です」
蠱術こじゅつという技術ですわ。飢えた狗を殺し、祀り上げ、使役する。飢えとは苦しいものです。その恨みを私に向けさせ、そして――呪いたい相手を“私”に見立てる。そうすると、犬は“私”を殺そうと躍起になります。けれど、犬の霊では、人間を殺すには力不足を感じておりました。そこで、人間を使って人間を殺すことにしたのですわ」
 犬を使った呪い。それを、人間で成す。
 ――人間の発想じゃない。
「人を最も多く殺しているのは人ですわ。人ほど、人を殺す技術を持った存在はいない。実際、人間の狗神を作ってからというもの、呪殺の成功率も期間も、ぐっと上がりましたのよ」
「あなたは……、何を言っているの?」
「技術を発展させた経緯についてご説明しているんですのよ。実際、その彼も、山奥の屋敷に監禁し、飢えさせました。そのうえで、殺そうとしたのですが……、逃げられてしまいましたの。仕方なし、呪殺しましたわ」
 衰弱死じゃ、なかったんだ。
 衰弱はしていた。だから警察もお医者さんも誤認した。
 死因は、別にあった。
「あなたに、人間の心はないの?」
「ありますわよ。無償では心苦しいですわ。ですので、彼も買いましたもの」
 買っ、た?
「彼は借金をお持ちでした。それを肩代わりしてさしあげましたわ。ほんの800万円ほどでした」
 お金で、人の命を買ったというの?
「あなたは……、人間じゃない」
「人ですわ。ですから、人を殺せますの」
「まあ、そういう問答は、こっちとしちゃどうでもいいんだが」
 所長が、私の前に立つ。
 その目が言っている。危ない、と。
「あなたは警察に突き出す」
「警察では証明できませんわ。不可能犯です」
「誘拐は成立しねえかもしれないが、監禁は成立する。その山奥の屋敷ってとこも、調べりゃ答えは出る」
「あら、それは怖いですわね。怖いですから」
「ッ!!」
 ぎらり、と千早の目が輝く。同時、私は所長を引っ張りながら倒れこんだ。
 直後、黒いもやが、私たちが立っていた場所をよぎる。
 その隙を使い、駆け出す千早。
「待てッ!!」
「所長、霊です!!」
 幽霊は、私たちの前に立ちふさがっている。まるで、千早を守るように。それが、じりじりと迫って来る。
「くそっ……、逃げるっきゃねえ、か」
「逃げましょう!」
 駆け出す私たち。その耳に、どこからか、声が聞こえてくる。

 ――人間、綺麗なだけではない。恨みもすれば妬みもする、けれど力のない者には果たせない。なればこそ、弱者にも力は必要でしょう?

 女のいやらしい声は、耳にこびりついた。

◇ ◇ ◇


 土曜日。私と所長は、再び件の崖に戻って来た。
 今度の除霊は、成功する。その確信があった。
 黒いもやは、今日もそこにあった。あるいは、日に日に力を増しているのかもしれない。
「……あんた。恨むべき相手を、わかっていなかったんだな」
 数珠を構えた所長。その横に、私も立つ。
「あんたの無念は、俺たちが晴らす。必ずだ」
 千早の言った通りなら、三鷹さんの霊が恨んでいるのは千早だ。けど、それを誤認している。通りかかる人が、すべて千早に見えているのかもしれない。
 違うんだ、と教えてあげる。私たちは、千早じゃないんだ、と。
「オン アボギャ ベイロシャノウ マカホダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」
 所長の真言に、黒いもやが反応する。
「オン アボギャ ベイロシャノウ マカホダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン」
 私も一緒に、心を重ねる。
 悪いのは、あなたじゃない。私たちでもない。
 元凶は、ここにはいない。
「オン アボギャ ベイロシャノウ」
 少しずつ、もやが晴れてくる。見えてきたのは、人の形。
「マカホダラ マニ ハンドマ」
 男性の姿。
 ガリガリにやせ細った、男性。その顔が、こちらを向く。
「ジンバラ ハラバリタヤ ウン ハッタ」
 そして、少しだけ笑った三鷹さん。
 その姿は、日の光の中に、溶けて消えた。

◇ ◇ ◇


 数日後。赤羽さんが、うちの事務所に来た。
 経緯をまとめた報告書を渡す。内容を読み終えた赤羽さんは、
「呪い、ですか」
「ご理解いただけますか?」
「ええ、まあ。といっても、実感があるわけではありませんが」
 はは、と笑った赤羽さんは、ぺこりと頭を下げた。
「でも、ありがとうございます」
「お礼なんて、そんな。三鷹さんは、苦しんだのです」
「でも、そんな彼を救ってくれたのは、あなたたちです」
 報告書を鞄にしまいながら、赤羽さんは言う。
「正直、呪いとか幽霊とか、私にはよくわかりません。本当にそんなものが存在するのかどうかとか、議論もできません。ですが、現実にあの崖では事故があり、現実に三鷹は死んだ。なら、少なくても、呪いといものや幽霊というものを信じる奴はいたんです。三鷹は、その犠牲になった」
「……それは」
「本田さん。源さん。こんなことを、お願いするのは差し出がましいかもしれませんが」
 再び、赤羽さんは頭を下げた。
「あいつの無念。晴らしてやってください」
 私と所長は、顔を見合わせ、大きく頷く。
「もちろんです。必ず」
 千早。呪殺師。
 そんなもの。私も、所長も、絶対に認めない。

 こうして、『崖の幽霊事件』は、幕を閉じた。