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夏休みになると、事務所にいる時間が増えた。 仕事とか仕事じゃないとか、特に関係もなく、事務所に居座って、所長が過去に解決した事件の資料を読むようになった。 私の仕事は、ある調査事務所での補助員。私自身は調査に協力するけど、解決には協力できない。そこで、所長が解決するお手伝いをすること――それが私の業務内容。 とはいえ、この事務所に舞い込む調査依頼は、普通の調査じゃない。いわゆる探偵事務所がやるような浮気とか猫探しとか、そんなんじゃないのだ。ここの調査内容は――心霊調査。 かたやにポルタ―ガイストがあれば行って調査し、かたやに幽霊が出るとなれば行って祓う、拝み屋さんの強化版。 私の特技は霊を見る、いわゆる霊視……、らしいけど。今までバシッと霊が見えたわけじゃないし、見えてもそれで解決できたわけじゃない。 結局は所長の調査を補佐するばかりしかできなくて、それでは心苦しいと思っていた矢先。 先日、とある事件の調査で知った存在が、私を突き動かしていた。 呪詛と、呪殺師。 人を呪う技術、そして、それを売り物にしている霊能者。 どちらも、認められない。どちらも、許せない。 そう思った私は、過去の事件も見返して、とにかく呪詛をなくそうって気持ちになっていた。 もちろん、私一人が頑張ったところでどうこうなる問題でもないのかもしれないけど……、でも、何かをしたかった。 そんな私を、所長は止めなかった。 今日も今日とて事務所で資料をあさる私の横で、黙って週刊誌を読んでいる。正直、ほっといてくれているのは、ありがたかった。きっと、所長も先日の事件で、何かを思ったんだろうな。 そうして、静かな時間を過ごしていると、電話が鳴った。 「はい、ホンダリサーチです」 受話器を取ると、向こうから聞き知った声が聞こえてきた。 『あ、愛梨ちゃん? 白銀です』 「ああ、栄子さん」 白銀栄子さん。所長の幼馴染で、この事務所に協力してくれているお医者さんだ。 『たぶん今日あたり、そっちに私の知り合いが行きそうだから、電話しておこうと思って』 「白銀さんのお知り合いって、お医者様ですか?」 『医者といえば医者なんだけどね……。まあ、嫌な奴ではあるけど、困ってるのは本当みたいだし。色々と聞かれて、結局、あなたたちのところを紹介するしかなかったの。そうそう、所長はいる?』 「あ、はい。代わりますね」 受話器から耳を離し、所長に渡す。会話だけで、相手は誰だか分かっているみたいだった。 「おう、なんだ。依頼? ……ああ、ああ」 しばし通話した所長は、わかった、と言い、嘆息交じりに受話器を置いた。 「どうしたんですか、所長? そんなに大変そうな依頼なんですか?」 「依頼の内容もめんどくさそうだが、それ以上に、依頼人がめんどくさそうだ」 「依頼人が?」 私が首をかしげていると、唐突に扉が開いた。振り向くと、でっぷりと太ったおじさんが見えた。 おじさんは私を見ると、 「……ここがなんたらとかいう調査事務所か」 「あ、はい。ホンダリサーチの事務所です」 「ここで心霊調査をしているというのは本当か?」 「はい。心霊関係の調査を専門にしております」 「ふうん」 おじさんは私をじろじろと見つめ、続いて所長に視線を移した。 「あんたがここの所長か?」 「ええ。本田猛です」 「仕事だ」 そう言って、勧められたわけでもないのに、どっかりとソファに腰を下ろす。 ――なるほど。白銀さんが言っていた人って、この人のことなんだなぁ。 内心で思いつつ、私はコーヒーを淹れるためにキッチンスペースへ。所長が応接セットのところで対応する。 「まず、お名前をお聞きしても?」 「宮原だ。宮原和則」 「宮原さんですね。では、仕事とのことですが、どのようなご依頼でしょうか」 「最近、わしのまわりで、とかく変なことが多い。その調査をしてくれ」 「変なこと、とは」 「とにかく変なことだ」 ……なんだそれ。それじゃあ調査もままならない。 「では、直近で起きた“変なこと”はどのような症状でしたか?」 「直近か。たとえば今朝だが、わしがマンションの玄関から出たところで、目の前に植木鉢が落ちてきおった。中身の入っていないやつだ」 「植木鉢が、と。それは、何かの事故で?」 「上の階を見ても誰もおらんかった。園芸をしている奴を知っていたから怒鳴り込んでやったら、空の鉢は全部、家の中に置いてあるとぬかしおった。だが、他に、ベランダに植木鉢なんぞ置いている奴はおらん。問い詰めたら、家の中にあった植木鉢がひとつ、なくなっているとぬかしおった。どうせ、自分の管理が甘かったに決まっている」 「なるほど。それを聞く限りだと、純然たる事故のように思われますが。もちろん、過失はあるでしょうが」 「それだけではない。おとといは居眠り運転の車が突っ込んできおったし、先週は車のブレーキが利かなくなった。居眠りの奴は叱りつけてやったが、本人は、急に眠くなったとぬかしおった。車のブレーキは後で調べさせたが、異常はないとかぬかす」 「居眠り運転に、車のブレーキ……」 確かに、どれもこれも、現実に起きてもおかしくない事故ではある。 けど、なるほど、異常を感じるのも無理はないような気がする。普通の人は、一週間で、三度も“レアな事故”に遭遇することはない。 ちょうどコーヒーが入ったので、依頼人と所長にお出しし、私は所長の隣に座る。依頼人はちらりと私を見ただけで、何も言わなかった。 改めて依頼人を見ると、本当に、あんまり魅力を感じない人だった。 一応、スリーピースのスーツを着ているけど、お腹が出すぎているせいでボタンはギリギリ。全体的に脂っぽくて、しかも髪が薄い。態度も偉そうで、とにかく全身から嫌な奴って感じを出していた。 嫌なおじさんは口を開き、 「とにかく、どの件も、ありえん話ではない。だが、経緯を問い詰めても、はっきりした原因はわからん。それに、これだけ悪いことばかりが連続するというのも、何か理由があってしかるべきじゃないかと思うのだ。そこで、調査を頼む」 「……わかりました。依頼はお受けします。ですが、我々に可能なのは、心霊的な異常の有無のみです。異常が見つからなかった場合、本当にただの偶然、ということになるかもしれませんが、よろしいでしょうか」 「構わん」 「承知しました」 所長が目配せする。私は頷いた。 確かに、雰囲気は嫌な感じの人ではあるけど……、起きている事象そのものは、不思議といえば不思議。 こういうのは、拝み屋さんに頼んでも駄目だ。何かの霊のせい、とかいって、通り一遍の除霊はするかもしれないけど、霊が関係なければ祓えない。 かといって、ひとつひとつの事象は、警察が調べたところで、それ以上のものが出てくるものじゃない。仮に、本当に霊が関係していれば、警察の科学捜査だけでは原因を特定できないだろう。 霊の仕業か、違うのか。そういうところを仕分けること。 それは、ホンダリサーチの、得意分野だ。 |