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まずは、今朝発生したという、マンションの植木鉢落下事件について調べることになった。 場所は都内のマンション。12階建てのマンションで、植木鉢を落とした住人は6階に住んでいた。 この高さから落ちた植木鉢が人間に激突したら、重症では済まないかもしれない。 植木鉢を落とした住人は、早川翔馬という男性だった。事情を説明し、お部屋を確認させてもらう。 早川さんは30歳くらい。細身の人で、神経質そうだった。 「植木鉢は、そこに置いてありました」 早川さんが指したのは、窓際にある、棚との隙間だった。今も空の植木鉢が三つばかり、積み重なって置いてある。 「宮原さんに言われて、数を調べたら、確かにひとつなくなっていたんです。でも、俺はここから動かしていません。きちんとしていないのは気持ち悪いから、植木鉢はちゃんと重ねてありました。それがベランダから落ちるなんて、ありえません」 「なるほど」 ベランダには、植木鉢が並んでいる。私はお花に詳しくないので種類はわからないけど、見たことのない花が多いようだった。 ベランダに出てみる。ベランダの外向きには人間の胸くらいまで高さがある壁があり、落とそうと思わなければ落ちないように見えた。特別にネットが張ってあるわけでもないけど、壁より高さのある花はあんまりない。 高さのある花が咲いている鉢が、風で倒れたというのなら、まだわかる。でも、それでも落下はしないし、ましてやそれがピンポイントで宮原さんの前に落ちてくるなんて、どう偶然を重ねてもありえない――ように思える。 ただ、現実的に解釈することもできる。 たとえば、早川さんが何かの拍子に――たとえば新しい鉢を作ろうとして――壁の上に、一時的に空の鉢を置いていたとする。そうすると、それが落下する、ということは十分にありえる話。 「あの。早川さんは、宮原さんのところに鉢が降ってきた時、お宅にいらしたんですか?」 「いたというか、寝ていましたよ。だから、いきなり叩き起こされて、えらい迷惑を受けました。ただ、うちの鉢が落ちたのは事実みたいだし……、なんとも言えなくて」 「失礼ですが、お仕事は何を?」 「バーテンです。店は夕方からだから、朝は寝ていることが多いんです」 「宮原さんが怒鳴り込んできたのは何時ころか、覚えています?」 「たぶん……、8時くらいだったかな」 「バーテンダーということは、昨日もお仕事を?」 「ええ。昨日も、というか、今日というか。仕事で、午前3時で店を閉めて、帰ってきたのが3時半くらいで。眠ったのは5時過ぎくらいでした」 「朝方に帰ってらした時、部屋に違和感はありましたか」 「それは特に。ただ、植木鉢の数を数えたわけじゃないんで、ベランダに出ていたかどうかは覚えていません」 「なるほどー」 夜中に帰ってくるような人なら、朝、植木鉢の世話をしているってこともなさそう。 夜中に帰ってきた時点で違和感には気づかなかったというけど、部屋にはカーテンもある。カーテンを閉じていればベランダは見えなかっただろうから、気づかなくても無理はない。 つまり、いつの段階で植木鉢が出ていたかは不明、と。 でも……、故意で、たとえば宮原さんが憎くて植木鉢を落としたってのは、ちょっと考えにくそうな。 思いついて、ベランダからのぞき込んでみた。 「……」 当然だけど、玄関は見えなかった。 それもそのはず、6階の高さから見下ろしているんだもん。建物の玄関なんて、見えるかどうかって位置。真下に植木鉢を落としても、そうそうピンポイントで当たるはずはないし、外れたところで、あのおじさんなら絶対に文句を言ってくると想像できる。なら、そんなことは、誰もしないだろう。 他の植木鉢なんかを調べていた所長は、立ち上がり、目配せしてきた。 やはり、普通ではない。 「ありがとうございます。また何かありましたらお伺いするかもしれませんが」 「はあ、構いませんが。俺も、原因がわからなくて、気持ち悪いですし」 そう言ってくれた早川さんは、たぶん、良い人だ。 夕方。依頼人である宮原さんが勤めているという病院に行ってみた。 都内にある総合病院。なんとまあ、宮原さんは、ここの院長先生だという。 「道理で図々しくて、金回りが良いわけだ」 「所長よりはお金ありそうですよね」 「うるせえ」 ぶつぶつ言う所長と一緒に、院長室へ。 部屋では、革張りの椅子に座った、件の太ったおじさんが出迎えてくれた。 「何かわかったか」 「確かに、普通に考えれば、ありえない事象でしょうね」 それが、所長の回答だった。 「早川氏の言い分を全て鵜呑みにするわけではありませんが、あの部屋から植木鉢を落下させるためには、ベランダの塀を乗り越える必要があります。それはもはや、意図的以外の何物でもない。ですが、早川氏がそんなことをする動機がありません」 「わしを妬んでおった、とか」 「ありえない話ではないと思いますが、植木鉢を育てているのは、確かにあのマンションでは早川さんおひとりだけのようでした。鉢が落下すれば真っ先に疑われるのは早川さんですし、仮に宮原さんに当たれば、それは刑事事件です。そんな愚行、普通の人は冒さないでしょう」 「……ふん。まあ、わしも意見は同じだ。だからお前さんを雇ったとも言えるが」 そう、ありえない話ではない。強いていうのなら、不自然な話。 「他の件も、いずれもそうだ。物理的に不可能ではないし、説明をつけようとすれば、個別に説明はつく。不自然な点は残るだろうがな。問題なのは、それが重なることと、それぞれに細かな不自然さがあることだ。お前さんには、それを調べてもらう」 「承知しました。そこで、ひとつご提案なのですが」 「なんだ」 「あなたの行動に、一日、同行させてもらえませんか」 「……何?」 首をかしげる依頼人に、所長は続ける。 「聞く限り、不自然な現象というのは、常に宮原さんご本人の周囲で起きているように思われます。ご自宅で植木鉢に襲われることもあれば、職場の近くで車に襲われることもある。そういうことですね?」 「ああ。その通りだが」 「これは一般的にですが、幽霊が起こす現象というのは、常に特定の場所がついてまわります。いわゆる心霊スポットですね。特別なことがない限り、霊というのは、死んだ場所なり思い入れのある場所に染みつきます。ですので、自宅と職場、両方で霊現象に見舞われるということは稀です」 「なるほどな。だが、わしの場合は、行く先々で事象が発生している」 「はい。つまるところ、宮原さんご自身に霊が憑いているような、そんなイメージではないかと」 「そこで、わしの行動を逐一チェックし、霊の姿を探すというわけか」 「はい。助手の源は霊視の能力があります。そうでなくても、不自然な現象が起きた時、人の目が多ければ、不自然さの理由は見つけられるかもしれません」 「……いいだろう。では、明日の朝、わしのマンションまで迎えに来い」 「承知しました」 頷く所長。 果たしてこれで、原因が見つけられるんだろうか。 翌朝8時。 依頼人のマンションまで迎えに行く。依頼人は、部屋で朝の準備を終えるところだった。 「来たか。じゃあ行くぞ」 依頼人を先頭に、マンションから出て、隣の駐車場へ向かう。駐車場に停まっていたのは、お高そうな外車だった。 「後ろに乗れ」 「いつも、ご自分で運転を?」 「ああ。運転は趣味だ」 そう言いながら、運転席に座る。所長はちょっとだけ、ほっとした表情だった。まあ、こんな外車を運転しろって言われても、普段から運転しているわけじゃない所長じゃ緊張するだろーし、当然といえば当然かも。 宮原さんの運転で、スムーズに発車した。ここから病院までは、車で30分ほどだ。 今のところ、霊の影は見えない。とはいえ、私の能力じゃ、活性化していない霊は見えない。それは、今までの経験でもはっきりしている。こんな朝早くよりは、夕方以降がねらい目かな……。 車は都内を走る。改めて見ると、この時間、車の通りは多かった。朝の電車って満員で、あれだけの人が乗っているのに、車は車でこんなにたくさんいる。それだけ、働く人って多いんだなぁ。 そんなことを思いながら、のんびりしていると、車が信号で止まった。 横を見る。工事現場が見えた。グレーのシートで覆われた現場には、朝も早いのに、ヘルメットをかぶったおじさんたちが行き来している。 「……?」 それは、なんとなくだった。 特に、何の気なしに、上を見た。クレーンで吊り上げられた、鉄の管。 ゆらゆら揺れるそれが――。 「ッ!!」 拘束が千切れる。 降り注ぐ鉄管は、私が声も出せぬ間に、轟音と共に降り注いだ。 「いッ!?」 「うおッ!!」 私は思わず目を閉じた。 ガアンガンと轟音が響く。次いで、揺れる車。 音がやんでも、私はすぐに動けなかった。 震えながら、そろそろと目を開く。 フロントガラスの向こう側に、鉄管が突き刺さっていた。車の前部を潰している。幸いにも、座席の上には降ってこなかったらしい。 「……ッ、降りるぞ!! ガソリンが燃える!!」 慌てて車外に飛び出す所長。私も車から飛び降りた。 所長は、そのまま呆けている依頼人を車の外に引きずり出す。私もそれを手伝おうとして、ふと、視界の端をよぎった影を目が追いかけた。 「……あれ」 うっすらと見えた影。 それは、工事現場の中に戻り、消え去る。けれど、見間違いなんかじゃなかった。 黒いもや。きっと、幽霊だ。 |