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警察の車で病院まで送ってもらった私たちは、黙って院長室に向かう。 人のいない院長室に入り、応接セットに座らせてもらったところで、ようやく一息つけた。 「……一歩間違えれば死ぬところだったわけだ」 開口一番。宮原さんは、そう言った。 「こういうことがないように、調査を頼んだはずだが」 「調査はまだ始まったばかりです。原因がわからなければ対処もできません」 「原因など明らかだろう! 幽霊の仕業だ!」 バン、と宮原さんは机を叩く。 「まだなんとも言えません」 「あんな鉄管がピンポイントに降ってきたのに、偶然なんて言えるか!?」 所長の言い分はもっともだけど、宮原さんの気持ちもわかった。 鉄管は複数の作業員が、きちんと締結し、確認までされていた。なのに、鉄管を留めていた鎖は、半ばから千切れていた。 降ってきた鉄管は10本以上。それらが人に当たらなかったのは単に運が良かっただけで、運が悪ければ、私たちまで死んでいた。 「とにかく、さっさと原因を突き止めて、なんとかしてくれ! このままじゃいつ死んでもおかしくない!!」 「お気持ち、お察しします。善処します」 私に目配せした所長は、 「ちょっと、調査を継続します」 「早くしろよ!」 わめく依頼人を放置し、一緒に部屋を出る。 そして、扉の前で嘆息した。 「豚の言い分はともかく、確かにおかしいな。源、何か見えたか」 「……はい」 私は、工事現場で見かけたもやを思い返す。 「黒いもやが見えました。工事現場の中です」 「黒いもや、か。……黒い?」 「はい」 私は強く頷く。 普通の霊は、私の場合、白いもやに見える。それらが活性化すると、白い縁取りをした人間の形になる。 そう、色味は白いのが普通だ。なのに、あのもやは、黒く見えた。 「それだけ強い怨念を持っているか……」 「あるいは、呪い」 所長の言葉を引き継ぎながら、私は言う。 黒いもや。その存在を、私は見たことがある。 悪鬼。人間が負の感情を注ぎ込んだ霊。呪いに使われている悪霊だ。 「まあ、あいつが呪われるってのは、わからんでもない。恨みなんか腐るほどありそうだしなぁ」 「症状も理解できます。呪詛なら、特定の人物を狙うというのも」 呪詛は、幽霊の恨みを利用した、人を害する呪法だ。 たとえば、殺人の被害者は、幽霊になる。その根源は、自分を殺した相手に対する怒りであり、恐怖。そんな、マイナスの感情を利用するのが呪詛だ。 『殺人犯』への恨みを、『呪いたい相手』への恨みへと挿げ替える。そうすると、幽霊は特定の人間を恨むようになる。 たいていの霊は特定の場所から動かない。それは、そこに霊としての恨みが染みついているからだ。 けど、特定の相手を恨んでいる霊なら、話は違う。今までは、宮原さんが霊に恨まれる理由がわからなかった。でも、これなら、話ははっきりする。 宮原さんを恨んでいる霊は存在する。そして、その幽霊は――人間に使われているんだ。 「まずは、宮原を恨んでいる人間を調査しよう。ただ恨みを持っているだけじゃない、呪詛に対する知識がある人間だ」 「はい、了解です!」 私は、強く頷いた。 調査を開始して三日。その間、依頼人は、小さなトラブルはあったにせよ(階段から落ちたり、グラスが割れたり)とりあえず生きていた。 なるたけ急いで調査をしただけに荒いところはあるけど、時間がないから仕方ない。私と所長は、事務所で資料を見なおす。 「……恨まれているとは思っちゃいたけど、本当にいくらでも証言が出てくるな」 さしあたって調べたのは、宮原さんが経営している病院を辞めた人。これが出るわ出るわ。 何人か電話でお話を聞いた限り、まあいくらでも出てくる。 女性の看護師からは『セクハラを受けたので辞めた』という訴え。男性の医師からは『給料をごまかされた』との訴え。あるいは『医療ミスを隠しているのが我慢できなかった』という人もいた。 いずれも問題になっていないのは、そのたびに宮原さんがお金を撒いているから。 病院そのものの規模は大きいし、収入も並ではない様子。噂によると、病院のお金を使って、そういう問題をもみ消しているとの話もあるし、裏では暴力団と繋がりもあるとかなんとか……。 「はっきり言っちゃ、クソみたいな男だ。恨んでいる奴なんてごまんといる。その中から、呪詛を知ってそうな奴っていったって、調べるのにゃとんでもない時間がかかるぞ」 「その間に、依頼人が呪い殺されちゃいそうですね」 「まったくだ。なんとかしてやりたいが、なんともならん」 所長の言い分はもっともだ。 あの依頼人はあんまり好かれる人じゃないし、というか実際に悪いこともしているっぽいけど、だからって死んでいいわけじゃない。 だけど……、犯人がつかめないと、どうやって呪っているのかもわからない。 「……あの、所長。呪いって簡単に言っていますけど、実際、犯人はどうやっているんでしょう」 「どうってのは?」 「たとえばですけど、交通事故で亡くなった方の霊がいるとしますよね。その人は、強い意志を持っていません。その人に『あなたは宮原さんのせいで死んだんですよ』って教える、とか?」 「まあ、そういう方法もあるかもしれんがな。一般的な呪詛は、おおきく分ければ二つある。動物を使う技法と、モノを使う技法だ。 動物を使う技法は、動物を虐げて殺し、人間に対する強い恨みの念を持たせ、それを呪いたい相手の近くに置くって手段を取る。 一方で、モノを使う技法というのは、丑の刻参りみたいなやつのことだ。呪いの藁人形なんて言うだろう? あれは、藁人形に釘を刺したからどうこうじゃなく、それをもって霊に語りかけているわけだ。まあ、俺の真言の代わり、ってところだな」 真言は、仏様の言葉で、幽霊が理解できる言葉……、だったかな? つまり、人間ならなんでも襲う霊を標的の近くに行かせるか、霊の言葉で誰それを呪いたいと語りかけるか、ってことかな。 「今回の症状だと、どっちかわからないですね」 「まあな。霊が宮原を中心に、近くにいる人間を喰おうとしているのか……、あるいは、単に宮原を狙った呪いが、周囲を巻き込んだだけか。なんとも言えん」 「方法がわからないと、どうにもならないですか?」 「ああ。呪詛への対策は呪詛返しと言うが、これは、技法がわからないと返せない。たとえば、呪いの藁人形を使った呪いは、藁人形を焼き捨てないと、何度でも霊を集めちまって、症状が収まらん。一方で、蠱毒……、毒虫なんかを使った技法は、霊を祓えば済む」 「応急処置で、霊を祓うってことは?」 「できなくはないが、呪いの原因が判明していないと、除霊に失敗する可能性はある。半端に傷つけると、症状が悪化しかねん」 ……八方ふさがり、か。いや。 「そうだ、呪詛といえば、千早! あの女は?」 私の脳裏に、嫌らしい女の顔が浮かぶ。呪殺師・千早。呪殺を生業とする女。あの女なら、呪殺は技術的に可能だ。 けど、私の発想に、所長は難色を示した。 「誰かが千早に呪殺を依頼した、か。それもありえなくはないが……、あの女がいたら、こっちにもっと被害があってよさそうなもんだが」 「被害?」 所長は頷き、 「あの女は、俺たちが霊能力者であると知っている。当然、自分の仕事を邪魔できる存在だと理解しているはずだ。仕事で請け負ってるのなら、あの女だって失敗はしたくないだろう。当然、俺たちは邪魔になるんじゃないか?」 「ああ、なるほど。邪魔な存在なら、普通は妨害するなりなんなり、しそうですね」 「そうだ。倫理観なんて欠片も持っていない女なんだ。何もしてこない方が不自然とは思わないか」 「それは……、その通りですね」 となると、千早は関係ない、か。 うーん。なんにせよ、特定するには情報が足りない。けど、情報を集めるにはもう少し時間がかかる。その間に依頼人が殺されたら……、と、堂々巡り。 「なんだかなぁ……、変な感じ」 どれだけ恨んでいる人がいたとしても、その中で、呪詛を使う人ってなると、絶対に限られると思う。なのに、特定できない。 「……」 そう、呪詛というのは、恨みを晴らす手段としては、絶対に特殊だ。 こういう調査事務所に所属していて言うことじゃないかもしれないけど、普通、頭のどこかでは、呪いなんてありえないって思うはず。 なのに、今回の呪詛は、成功している。 ――なんかちぐはぐだ。『呪いをかけられるほど強い恨みを持った人物』と、『実際に呪詛を使う人物』の人物像が一致しない。 普通、それほど強い恨みを持っているのなら、もっと現実的な手法を使うんじゃないだろうか。裁判に訴えるでもいいし、実際に殺そうとするでもいい。ただ殺したいだけなら、呪詛なんて使う必要はない。 それとも、犯人は殺すつもりなんてないんだろうか。成功すればいい、程度の気持ちで呪詛を使い、結果的に成功している? 「……?」 なんだろう。なんとなく、違和感はぬぐえない。 「とにかく、このままじゃあの豚が死ぬ。そうすると依頼料もとりっぱぐれるし、何より寝覚めが悪い。なんとかしなきゃならないな」 「何かできることはあるんですか?」 「まあ、やりたい方法じゃないけどな。少なくても呪われているのなら、あいつの身近に張りついていれば、霊の存在は見えるはずだ。そのうえで、どんな呪いなのか、はっきりさせる必要がある」 「霊を見て判断する、ってことですか?」 「そうだ。お前が頼りになってしまうがな。よほど特殊な霊でない限り、動物を使った呪いなら動物霊、モノを使った呪術なら人間霊だ。まずは、宮原を狙っている霊がどちらなのか断定する。動物霊なら、俺が祓う。人間霊なら、宮原の周囲に、必ず呪いの媒介となるモノがあるから、それを見つければいい」 「わかりました。やってみます」 頷く私に、所長は少しだけ表情を変えた。 「……頑張るのはいいが、はっきり言って、危険な依頼だ。無理はしなくていいんだぞ?」 「無理なんかしていません。それに私、呪いなんて……、やめさせたいんです」 私の言葉に、所長は少しだけ苦笑を浮かべた。 「お前、いじっぱりだな。死ぬかもしれんのだぞ」 「それは所長も一緒です」 「俺は仕事だ」 「私だって仕事です」 くすっ、と笑った所長は、力を抜いた。 「強情っぱりめ」 「お互い様です」 「はは、そうだな。じゃあ……、源。頼む」 「了解しましたっ」 |