所長が促すと、女の子たちは互いに互いの顔を見合い、
「じゃあ、まずはあたしから」
 最初におずおずと手をあげたのは、会長の隣に座っていたショートヘアの女の子。
「えっとー、うちのガッコ、放課後の掃除とは別に、持ち回りで、特別教室の掃除もあるんですね。で、先週、うちのクラスが美術室の清掃担当になって。で、あたしと、他に5人で掃除してたんです。
 そしたら、いきなり窓ガラスが割れちゃって! あたしも他の子も、窓なんか拭いてなかったし、近くに誰がいたわけでもないのに、本当に突然!」
「……たとえば、野球部がボールを突っ込んだとかは?」
「外からは何も飛び込んできてないですし、もちろん、部屋の中からも何も投げてないです。あ、これ、その時の写真」
 見せてくれたのは、スマホで撮影した映像だった。映っているのは、木製の大机が並ぶ部屋。窓際には低めの棚が並んでおり、その上に並ぶ窓が、確かに1枚だけ割れている。割れた破片はそこらへんに散らばっていた。
「もう大騒ぎで。先生には怒られるし、何やらかしたんだって言われても、何もしてないし。気持ち悪くって」
「なるほど……」
 ふむ。まずは、『割れた窓ガラス』と。
 私は書記として、内容をメモしていく。もちろん、それぞれの話は録音しているけど、後でいちから聞き返すよりは、こうしてメモを取っておいたほうが楽だ。
「じゃあ、それ以外は?」
「あ、ボクが話すよ」
 びっ、と手をあげたのは、ボブカットの女の子。……スカートはいてるし、女の子なのは間違いないと思うんだけど、全体的にカッコよくて、男の子みたいだ。
「英語の授業で、視聴覚室でリスニングがあったんだけど、その時に変な声が聞こえたんだ」
「変な声とは?」
「うーんと、そもそもリスニングの授業って、ヘッドホンをつけるのね。で、英語の映画とか見て、なんて言ってるか聞き取るんだけど。その時は、ヘッドホンから……、なんていうか、お経みたいな声が聞こえたんだ」
「お経?」
「そう。なんみょーほーれんとか、そんなの。それが、映画の声に混じって、雑音みたいに響いて。最初はなんだろうって思っていただけなんだけど、よくよく聞いたらお経でさ。思わず悲鳴をあげてヘッドホンを外したら、先生が、何してんだって。怒られちゃった」
「その声を他に聞いた人は?」
「その時はいなかったけど、あとから聞いたら、他にも聞いたことのある子がいるって話で」
 『お経の聞こえるヘッドホン』と。
「視聴覚室で聞こえただけ? 他の場所では?」
「それはない。あと、それ以降も視聴覚室は使っているけど、ボクが聞こえたのは一度きり」
 うみゅみゅ。一度しか聞こえていないってことは、偶然、そう聞こえただけ? でも、他にも聞いた子がいるってなると、幻聴でもない?
 ……よくわからない。
「ふむ。君は?」
 残った、ツインテの女の子に目を向ける。女の子はひとつ頷き、
「あたしは、生徒会長のドッペルゲンガーを見ました」
「ドッペルゲンガー?」
「はい。知りませんか? もう一人の自分ドッペルゲンガー
「いや、意味はわかるけど」
「じゃあ簡単です。三週間くらい前なんですけど、放課後、校舎の裏にある花壇の世話をしていたんです。そしたら結構、遅くなっちゃって。校門を閉めるギリギリの時間になって、慌てて教室に戻って。で、鞄を持って校門に向かおうとしたら、花壇の方に生徒会長が行くのが見えたんです」
「それだけなら普通だね?」
「そうなんですけど、でも、その時はなんだか気になって。時間もヤバかったし、それに、なんだかいつもの生徒会長とは違う気がして。気になっちゃって、見に行ったんです。そしたら、確かに生徒会長の後姿が見えて。何してんですかー、って声をかけようと思ったら、あたしが後ろから肩を叩かれて……、振り向いたら、会長がいたんです」
「じゃあ、見間違いだった?」
「……わかりません。なんで後ろにいるの、って思って、もっかい前を見たら、会長の姿はなくて。でも、誰かいたのは間違いないですし、それに、生徒会長みたいにすらっとした人、あんまりいないから、他の人と間違うってこともない気がするし。なんとなく気持ち悪くて、それ以来、花壇の世話もサボりがちで」
 所長は会長を見やる。と、生徒会長は首を横に振り、
「その時、私は最終下校時間間際に生徒が見えたので、声をかけたんです。他の生徒は見えませんでした」
 なるほど。『生徒会長のドッペルゲンガー』と。
「見えないというのは、気づかなかっただけ? それとも、本当にいなかった?」
「それはなんとも。彼女が他に人がいた、というので軽く探しましたが、見つけられませんでした。とはいえ、時間も時間で、あんまりじっくり探したわけではありません。校舎の中にでも逃げ込まれていたら、気づかなかったでしょう」
「ふむ」
 所長は軽く頷いた。
 今のところ出た話は、『割れた窓ガラス』『お経が聞こえるヘッドホン』『生徒会長のドッペルゲンガー』。
 どれもこれも、勘違いとか、何かの自然現象とか、ありえなくもない感じはする。けど、ストレートに考えればありえない。だから気持ち悪い。
「もともと、この学校はそれなりに歴史があり、以前から七不思議のような怪談話はありました。生徒たちもそれを口伝えに伝承していましたし、そのことについて、ある種の誇りを感じている部分もあります。伝承があるというのは、それだけ歴史があるということですから」
「なるほど」
「ですが、最近は異常に感じます。伝承はあくまで伝承です。友達の友達が、先輩の誰それが遭遇したという程度で、実際に自分が遭遇することはない。伝承とは、そういうものではないでしょうか」
 なのに、最近は、実際にみんなが怪異に遭遇している。
 確かに異常だ。
「今日、ご案内できたのは3件ぶんだけですが、怪異の連絡は他にも来ています。それぞれから聴取した内容をリストアップしたものがこちらです」
 ばさり、と置かれた紙の束。10枚以上はある。……どんだけー。
「いずれも取るに足らない、けれど、本人からすれば気持ち悪くて仕方ない事案ばかりです。実害があるかと言われれば、言うほどの実害はありません。ですが、確かにおかしい。そんな話ばかりです」
「お話は承知しました。それぞれ調査します。それと、以前から伝わっていたという、七不思議の伝承は誰が最も詳しいですか?」
「それならば、こちらにまとめてあります」
 ぽん、と置かれたファイル。背表紙には七不思議、とある。
「……もうまとめてあったんですか」
「聞かれると思いましたから、先にまとめておきました」
 なんと。この生徒会長、見た目通りというか、すっごい有能感が半端ない。
「ありがとうございます。では、もう少し詳細を。ご存知の限りで結構です、最も古い怪異はいつ頃、どのような内容でしたか?」
「時系列でいうと……、私が最初に新しい怪談話を聞いたのは、期末試験の少し前でしたが」
「ボクも同じかな? たぶん、6月の終わりくらい」
「あたしは夏休みに入る直前、かな」
 ふむふむ。総合して考えると、だいたい6月から7月にかけて、怪談が広まり出した? だとしたら、その頃に何かあったんだろうか。
「その頃に、何か変わったことは」
「学校では特に。行事もありませんし、何か不幸な出来事があったということもありません」
「それは、生徒会としてご存知の限り、ですね?」
「その通りですが、この学校で起きた出来事で、私が知らないということは、あまりないと思います」
 うお。すごい自信だ。
「きっかけは不明、となると、本人がそうと認識していない可能性もありますね」
「たとえば、知らず何かの禁忌を犯した、といったような?」
「そういう可能性も、なくはないかもしれませんが」
「うちはキリスト教系の学校ではありますが、皆が皆、敬虔な信徒というわけではありません。中には普通の高校生みたく、無茶をする者もいるでしょう。そういう者が、何か悪いことをしたとしても、我々にはわかりません」
「その点も含め、調査します」
「一応、先ほどの資料の他に、校舎の図面なども用意してあります。それ以外に必要な資料があれば、生徒会までご連絡ください。表向き、学校は今回の調査について、感知しないことにはなっていますが……、必要があれば、生徒会名義で掛け合います」
 これは、いつも以上に優秀なバックがついてくれている感じだ。
 とはいえ――これだけの案件数。二人で調査するだけでも、大変だ。
 私は心の中でため息をついていた。