所長と校内を歩く。
 廊下の窓からは、聖華の生徒たちが見える。こうして見ると、やはり女子の数が多い。男子もいないわけじゃないけど、少数派って感じがする。まあ、伝統的な女子高だし、当然っちゃ当然か。
「……源。お前は今回の事件、どう思う」
「確かに、変な現象もありますよね。でも、それが霊現象かって言われると微妙って感じです」
「それもある。だが、そもそも、この数はなんだ?」
 所長は生徒会長からもらった資料を揺らしながら、
「七不思議を調査して欲しいという依頼はたまにある。だが、実際、それらの依頼は眉唾だ。いずれも気のせいとか、誰かのいたずら。その程度であることが多い」
「そんなものなんですね」
「当然だ。霊が起こす現象だとすれば、学校という場所は、そうそうない。そもそも、学校で死ぬ人間なんてほとんどいないからな」
 そりゃそうだ。
 工事現場とか車の通る路上とかならともかく、普通の学校で普通に学生生活をしていれば、亡くなることはまずない。
 以前、病弱な女子生徒が亡くなったことに由来する事件もあったけど――それは特例だ。普通なら、そういうことはまずない。
「気のせいとかの尾ひれというものは、たいがい、核となる話がある。それをもとに、ある者は実際に感じたような気になったりするし、ある者はホラ話をしていたりする。そういう意味で、物語の一部は共通していてしかるべきなんだ」
「だけど、今回の事件は、今のところバラバラですよね」
 少なくても、窓ガラスが割れる件と、ドッペルゲンガーを見たって件は、どう見ても共通点がありそうにない。
「そうだ。となると、それぞれ個別の案件となるわけだが……、これらすべてが勘違いとも思えん」
「確かに、勘違いにしては数が多いですよね。それに、内容が具体的ですし」
 普通、勘違いなら、もっとあいまいな部分がある。そこがポイントにもなるわけだけど……、今回は、そんなことはない。どの話も具体的で、信憑性がありそうな感じ。
「いずれも理由があるはずだ。そして、その理由がひとつなら、話は早くなる」
「でも、ひとつの理由で、これだけたくさんの現象を起こすなんてありえます?」
「ありえんから調査するんだ」
 ですよねー。
 頷いた私は、足を止めた。
 ふと視界を横切った、何か。それはともすれば勘違いで――けれど、違う、という直感があった。
 窓の外を見る。明るい陽光が差し込んでいるだけ、そこに、何かがあるわけじゃない。だけど。
「どうした、源」
「……いえ、なんでもありません」
 いた、気がする。
 この世ならざる者。
 その直感は、直後、確証に変わる。

◇ ◇ ◇


 やって来たのは美術室。窓ガラスが勝手に割れたという現場だ。
 窓ガラスはいまだ復旧されておらず、板みたいなものを張り付けてあった。
「このガラスが割れた、か」
 軽く叩いてみる。ごく普通の窓ガラスだ。思い切り蹴飛ばせば割れるだろうけど、でも、掃除していた生徒たちはそんなことなんてしていないという。
 私はスマホを取り出し、掃除していた生徒に送ってもらった写真を見直した。
 ガラスの破片はあたりに散らばっており、何かがぶつかった衝撃で割れたようにも見える。けど、少なくても写真の中には、飛び込んできた何かは写っていない。
「ふむ」
 所長は隣の窓を開くと、下を見た。私も真似して下を見てみる。こちらは教室とは反対側なのか、窓の向こうには花壇だけがあった。
「あの花壇、ドッペルゲンガーが出たっていう花壇ですかね」
「そうだろうな」
 花壇は校舎の裏側にある。当然、この窓も校舎の裏側に向いている。
 間にあるのは花壇、その向こうは塀で、さらに向こうは敷地外だ。敷地外から何かが飛んでくるって可能性もなくはないけど、学校そのものが丘の上にあるせいか、同じ高さには何も見えない。むしろ景色が良すぎるくらい。
 それこそ鳩とかトンボなんかが飛んできてもおかしくなさそうだけど……、そんなものが飛んできたくらいじゃ、窓ガラスが割れるはずもない。
「やっぱり、よく見えてこないな」
「そーですね」
 部屋の中を見てみる。
 美術室というだけあって、キャンバスやヘラみたいな道具もある。だけど、そんなものを窓にぶつける理由もない。
「あ、たとえば、掃除をさぼってキャッチボールしていたとか。で、窓が割れたのをごまかすために、何もしてなかったって言い張ってる!」
「だったらガラスは内側にゃない」
「はい?」
 私が首をかしげると、所長は嘆息した。
「写真を見ただろう。ガラスが部屋の中に散らばったってことは、少なくてもガラスは内側からの衝撃で割れたわけじゃない。内側から殴れば、ガラスの破片は大半が外側に落ちる」
「あー……、そうなります?」
「なるわ」
 なるほど。ということは、掃除をしていた生徒は関係ない、と。
「問題なのはむしろ、外からこの窓をどうやってひっぱたくかって問題だ。ここ、3階だろう。対面に部屋でもあれば可能だが、それもない。となると、外からここを叩くためには、空でも飛ぶしかない」
「幽霊なら、それができる、と」
「そうなる。だからお前の霊視が頼りになるんだが」
「そう言われましても、幽霊なんてどこにも……」
 私はきょろきょろと部屋を見渡し、ふと気づいた。
「所長。あの扉は?」
「うん?」
 上に、美術準備室、と書いてある。美術室の隣に併設された部屋かな。
「見てみるか」
 扉を開ける。中は、狭い部屋だった。机がひとつと、書類棚。その机に、一人の女性が向かっていた。
「……ッ!!」
 そしてその人は、この世の人ではなかった。
 白い輪郭を持っているけど、はっきりと見える。うつろな眼差し、乱れた髪。破けた服からは白すぎる肌が覗いている。
 ――幽霊、だ。本当に、いたんだ。
「どうした、源」
 所長に声をかけられて、初めてここが現実だと思い出した。
「あの。霊が、います」
「どんなやつだ」
「女の人です。20代、かな? 髪が長くて、それがぼさぼさで……。あと、服も破れています」
「何か言っているか」
「いえ。ぼーっと、壁を見つめ続けているだけです」
「写真を見れば、それが誰かわかりそうか」
「はい。そのくらいは、はっきり見えます」
「わかった。じゃあ、こいつが誰か、はっきりさせよう。そのうえで、経文で送る」
「りょ、了解です」
 答えた私の声は、少しだけ上ずった。