美術室、花壇、視聴覚室と見てまわった私たちは、資料を整理し、その日の調査は終了した。
 翌日は他の件も含め、事件に遭遇したという生徒や、学校のことならなんでも知っているという生徒会長に聞き取りをして終了。
 そして、今日。集めた情報をもとに、事務所で作戦会議をする。
 テーブルの上には、調査の結果としてわかったことが、メモ状にして乱雑に散らばっていた。それらをひとつずつ整理する。
 美術室の窓ガラスや視聴覚室のヘッドホンを含め、各怪談が噂になったのは、今年度に入ってから。最も早い人でも、5月に聞いたという人がいたくらいで、基本的には6月以降に知った人が多かった。
 言い換えれば、そのくらい最近になって、霊の話が出始めたんだ。名前をつけるなら、『新怪談』とでも呼ぶべきもの。
「こっちの古い七不思議のファイルは、はっきり言って役立ちそうにないな」
 旧怪談、要するに昔からあった七不思議は、はっきり言えばどこの学校にもあるようなものだった。段数の変わる階段とか、誰もいないはずなのに扉が閉まったトイレとか。
 もちろん、こんな怪談話の中にヒントが隠れていないとも限らないが、最近起きている事象と比べると、なんとなく具体的じゃない。
「音楽室のベートーベンの向きが変わるなんて、いつの時代の話だってレベルだな。逆に、こんな怪談話がいまだに残っていること自体がすごいが」
「それだけ、伝承を大事にしているんですね」
「それはそうなんだろうが……。だが、これらの話は、まさに七不思議ってやつだ。怪異に遭遇した誰それは具体的でなく、事象も人をおどかすような話ばかりで、ホラーと大差ない。霊が引き起こす現象としては、一貫性もない」
「全部、原因となる霊が違うとか」
「実際にいたか?」
「……いえ」
 階段や音楽室も行ってみたけど、視聴覚室や美術準備室のような、明確な霊の姿はなかった。
 一方で、新怪談の発生している場所は、どこも幽霊がいた。
「なんというか、異様に霊の姿が多いんだよな。たとえば、新七不思議の、この症状。『明滅する照明』」
 これも、実際に生徒が遭遇した件だ。その人がちょうどトイレで手を洗っていた時、いきなり明かりが消えた。昼間だったので窓から入る明かりだけで問題なかったけど、いきなり消えたのに驚いたという。
 この学校のトイレは、人感センサーとか入っていない、普通のスイッチで入り切りするタイプだ。そして、その生徒がトイレの照明スイッチを確認すると、OFFになっていた。
 つまりは、誰かがスイッチを操作したという事になるわけで。でも、トイレで手を洗っていた生徒は、他の生徒を目撃していない。見えざる手として、話題になったという。
 それを調査するために行ったら、本当に幽霊がいた。
 洗面台の前で、茫然とたたずむ女性。中学生くらいに見えるその子は、何をするでもなく、ただ鏡を見つめていた。もちろん、鏡の中に、彼女の姿はなかった。
「これも、その中学生っぽい幽霊がやったと考えるべきだろう。ポルターガイストの一種、というやつだ。だが、スイッチを切る幽霊なんて意味がわからない。節電意識の高い幽霊ってか?」
「そうですね」
「他の件もそうだ。視聴覚室の婆さんはまだなんとなく解釈できるが、美術準備室の若い女は、なぜ窓ガラスを割った? 他の件もそうだが、とにかく、そうする動機がない」
 そう、そうなのだ。
 霊が霊として残っているからには、何か、心残りがあるはず。
 死んでしまった。でも、そんな死を受け入れられない。受け入れられないほどの“理由”がある。だから、死にきれない。
 心残りは症状として現れる。それに対して、今回の症状は、どれも心残りと結びつけるには、あまりに不自然な症状だ。
「でもまあ、霊の正体がつかめれば、自然と現象に結びついた心残りもわかるかもしれませんし」
「それはそうだが……」
 次に出したファイルは、これも生徒会長が用意してくれたもの。
 これは、聖華で起きた不幸な出来事をまとめてくれたものだ。怪談話が話題になっていたことから、生徒会長が整理したのだという。
「死亡案件もいくつかあるな。だが、ピンポイントでこれ、ってのはない」
「そうですね」
「たとえば、美術準備室。あそこには、若い女が霊として存在していた。だが、美術準備室で死んだ人は過去を含めいない」
「それに、死亡者の写真リストにも、あの女性はいないですね。つまり、学校の感知しないところで亡くなった人が、美術準備室に巣食っているってことになっちゃう」
「まあ、卒業した人間をすべて追っかけているわけじゃないから、そういう霊がいること自体は不自然じゃない。美術部OGかなんかで死んだ奴が、思い入れのある場所に巣食っている、って言い訳もできる。問題なのは、なぜ彼女がガラスを割ったのかってことになるが」
「うーん?」
「普通に生きていて、ガラスを割りたくなることなんてあるか?」
「ムカついた時とか」
「ムカついたような場所に、わざわざよそで死んだ霊がやって来るのか?」
 ……そりゃそーだ。
 やっぱり、動機の問題、か。
「霊の数も面倒だが、こうしてひとつずつ動機を探ると、時間がかかって仕方ないな……」
「じゃあ、とりあえず除霊してみます? 効果がなかったら、また別の方法を考えるとか」
「その方が現実的かもしれんな。反発が怖いが……」
「除霊されまいとして、反撃してくるとか?」
「それだけならいいが、症状が悪化する可能性はなくもない。たとえば美術準備室の女を除霊しようとして、反発されると、他のガラスも割るようになったり、あるいは他のものを壊すようになるかもしれん」
「それは……、困りますね」
「だから、なるたけ霊の方向性は見極めておきたいんだが。他に影響が少なそうな場所ならアリか?」
「あ、じゃあこれはどうでしょう。『椅子が動く空き教室』」
 これは、2年生の生徒が目撃したという症状だ。
 放課後。今は使われていない空き教室の中から音がした。中を覗くと、鍵がかかっておらず、教室にはいくつかの机と椅子が並んでいるだけだった。
 誰かが隠れて、何かやましいことをしていたとしたら、それはそれで気まずい。何も見なかったことにして立ち去ろうと思ったら、いきなり、目の前にあった椅子が動き出した。
 もちろん、その生徒は椅子に触っていない。なのに、椅子はひとりでに動き、壁際まで行って止まったという。
 気になった生徒は教室の中を調べてみたけど、他にはネズミ一匹すらいなかったという。
 後で先生にも確認してみたけど、その教室は、普段は施錠しているとのことだった。ただ、他の教室と違って、あえて鍵を開けることもしない。だから、放課後の見回りもしていないし、いつから開いていたのかはわからないという。
 私たちが見にいくと、ここにも幽霊がいた。がっしりした体躯の男の子の霊で、教室の真ん中でぽつんと浮いていた。
「ここなら空き教室だから、症状が悪化しても、扉を封鎖しちゃえば生徒は巻き込まれませんし」
「……そうだな。そこでやってみるか」
 所長はひとつ頷いた。