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春日彩音さんに対する調査が行われた。 自宅に連絡したところ、春日さんは、半年前に亡くなっていた。自殺だった。 学校にも問い合わせたところ、彼女は周囲と打ち解けていなかったという。大学は聖華大ではない、ごく一般的な私立大学。大学で同じ学部の生徒にも聞き込みをしたところ、彼女は大学でも『自分は霊能者である』と吹聴していたらしい。 彼女が、本当に霊能力があったのかどうか、それはわからない。今となっては確かめる手段もない。ただ、周囲は彼女のそれを妄想癖の類と捉えた。 聖華という限定的な世界にいた彼女にとって、霊能力を口にすると引かれるって発想はなかったらしい。当然、周囲は彼女をアブナイ人として捉え、距離を置くようになった。後からその事実に気付いた時には、すでに遅かった。 春日さんは大学で孤立し、悩み――やがて、自殺に至った。 調査した結果を生徒会室で整理し、所長は嘆息した。 「原因がはっきりしたな。春日彩音だ。彼女が、霊を呼んでいる」 「さびしくて霊を呼んでいる、ということですか?」 会長が聞くと、所長は頷く。 「彼女は周囲から孤立している自分に対し、死ぬほど思いつめていた。友達が欲しい、周囲の人が欲しいと願い、けれど、人間は幽霊である彼女の声を聞くことができない。結果、霊を、誰彼構わず呼ぶようになった」 「……それもそうですけど、それだけじゃないと思います」 口を開いたのは、私だった。 「どういうことだ?」 「もちろん、孤立していたのはつらいと思います。さびしいと思います。でも、それだけで、自殺までしたでしょうか」 「それだけつらかったんだろう」 「だから、違うと思うんです。きっと、彼女は、不安になったんです」 「不安?」 私は頷く。 「一般大学では、彼女の能力について理解を示してくれる相手がいませんでした。聖華では、彼女は霊能者として扱われていたし、そういう環境だったから、春日さんは“自分にしか見えない存在”について折り合いがついていた。自分は特別だと思っていたからこそ吹聴したんでしょうし、そう信じられていた。でも……」 「大学に進学したことで、環境が変わり、自分は異常者として扱われるようになった」 私の言葉を引き継ぎ、会長は言う。 「特別だと思っていた自分の能力は、実はただの妄想だと言われてしまえば、そう信じてしまうかもしれない。実際、幽霊がそこにいることを確かめる手段はない。自分の目だけが頼りで、なのに、自分が見ているものが妄想だと断定されてしまえば、自分自身の頭がおかしいと考えても無理はない」 「春日さんが生まれながらの霊能者だったなら、きっと、自分の目にはずっと幽霊が見えていたはずです。なのに、それが否定されれば、自分自身のアイデンティティが崩れます」 「……だから、自殺した」 私は頷いた。 「さびしかったのもあると思います。だから呼ぶというのも。でも、それだけなら、生きている人を殺してしまっても構わないんです。むしろ、呼ぶ幽霊っていったら、そういう感じじゃないですか?」 「まあ、イメージとしちゃあな」 「そう、だけど、彼女が呼んだのは、あくまで幽霊だけ。きっと、春日さんは言いたかったんです。幽霊はいるんだ、と」 それが――死んでなお永らえる、彼女のメッセージ。 「除霊しましょう。彼女に、語りかけるんです」 私の言葉に、所長と会長、二人は頷いてくれた。 放課後、最終下校時刻の後。 美術準備室には、私と所長、それに特別な措置を取ってもらったという生徒会長の姿があった。 「会長、見えますか」 「いや、何も」 生徒会長に、霊能力はないらしかった。でも、それでも構わない。 気持ちを乗せてくれるなら、きっと、霊能力は関係がない。 春日彩音さんの霊体は、今日も変わらず、椅子に座ってぼーっと壁を見つめていた。 まるでそこに、霊の姿を幻視しているかのように。 「行くぞ」 数珠を手に取った所長は、真言を唱える。 「オン マカラギャ バゾロシュニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク」 所長の唱える真言に合わせ、気持ちを伝えようと祈る。 すると、春日さんの霊に変化が起きた。顔を起こし、こちらを向く。その視線が、徐々に定まってくる。 「オン マカラギャ バゾロシュニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク」 視線の向かう先は――私だ。 目と目が合う。その瞳に、笑顔を向ける。 「春日さん。私、源愛梨っていいます。霊能者です」 少しだけ、反応があった。霊という言葉に。 「私も幽霊が見えます。あなたと同じです。でも、それを証明すること、できません。信じてもらうしか、ありません」 この能力は、誰も、見てわかるものじゃない。 ただ、自分だけが知っているだけ。だから、自分を信じられなくなったら、それでおしまいの能力。 でも。 「私、あなたが霊能者って、信じています。だからあなたも、私を信じてください」 自分を信じてくれる人がいるなら。この能力は、“本物”になる。 春日さんの霊は、はっきりと私を見ていた。そして、かすかに微笑む。 小さく口が動く。言葉は聞こえない。でも、なんて言っているか、伝わってきた。 ――そう、わたし、すごいの。 ただ、そう言って欲しかっただけなんだ。 他愛のない気持ちで、ただ、すごいって。 「ええ。そうですね、あなたは、とってもすごいです」 私の言葉に、春日さんは、満足そうに頷いた。 そこに、所長の真言が重なる。 「オン マカラギャ バゾロシュニシャ バザラ サトバ ジャク ウン バン コク」 ――ありがとう 小さな、響きですらない想いを残し。 春日さんの姿は、露となって消え去った。 「これで不具合も解消されるね」 会長は上機嫌に言った。 春日さんの除霊が済んだ後。不具合があった場所を一通りまわってみたけど、霊の姿はどこにもなかった。どの霊も、春日さんに縛られていたのか。あるいは――彼女が、除霊に協力してくれたのか。真相は、わからない。 おかげで仕事が済んだ私たちは、生徒会長と共に、最寄り駅で電車を待っていた。会長には霊なんて見えなかっただろうけど、私の言葉を“信じて”くれたらしい。 不具合は解消される。会長の言葉に、所長も、おそらくは、とかなんとか返している。 だけど、私の中では、ひとつだけ釈然としないことがあった。 鞄の中から、今回の資料を取り出す。それは、発生した事象と目撃者をまとめたものだ。 『割れた窓ガラス』――1年2組 渡井理沙 『生徒会長のドッペルゲンガー』――1年1組 橋野美恵 『お経の聞こえるヘッドホン』――2年5組 秋山紗理奈 この3人は、最初に聞き取りをした生徒たち。その中に一人だけ、嘘をついている子がいる。 その理由に、私はなんとなく気づいていた。 このままほっておいても、もちろん問題はない。霊がいなくなった以上、現象はなくなるだろうし、きっと彼女も、何をすることもないと思う。 だけど、彼女にはそれができる。それが、私の心残り。 ふと、私の大嫌いな女の顔が浮かんだ。 どんな技術も、望まれなければ生まれない。彼女は、きっとそれを“望んで”いる。 その事実が、皮肉なことに、私の中で決心を固めさせた。 私は所長に聞こえないように、 「あの、会長。ひとつだけお願いがあるんですけど」 「うん? なんだい?」 くるりと振り向いた会長に、私は、ひとつだけお願いを伝えた。 すると会長は、 「そんなことか。構わないよ。いつがいい?」 「できれば、明日にでも」 「明日か。彼女の都合次第だけど、たぶん大丈夫だと思うよ。部活に入っているわけでもないし」 「ありがとうございます。お願いします」 私はぺこりと頭を下げた。そんな私を、所長は不思議そうに見ていた。 |