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人払いが済んだ生徒会室は静かだった。 私は学校帰り、聖華高校に寄り、生徒会室を使わせてもらった。彼女と密会するためだった。 アポイントを取り、場所取りまでしてくれた生徒会長には感謝の念しかない。理由も聞かず、そうしてくれた会長は、本当に優しい。 生徒会室で待っていると、ガラリと扉が開いた。 私は、ゆっくりと振り返る。部屋に入って来た彼女は、怪訝そうにしていた。 「用事って何?」 首をかしげる彼女に、私は言う。 「あなたの嘘が気になったの」 「嘘?」 眉を寄せる彼女に、私は続ける。 「調査に来て、最初に話を聞いた時のこと。何もしていないなんて、嘘だったんでしょ?」 「……何のこと?」 まだ隠そうとしている。そんな彼女に、私は言う。 「聖華高校は中学からエスカレーターで上がる子がほとんどだけど、高校も毎年募集していて、人数は少ないけど進学も可能だよね。私も受験したから知ってるよ。落ちちゃったけど。で、あなたもそんな、受験組だった」 「たしかに、受験で聖華に入ったけど、だから何」 「いざ合格したはいいけど、聖華中学から上がってきた子ばっかりで、つまりはこの学校、入学した時からすでにコミュニティができあがっていた。話せる人ならそれでも混ざれるだろうけど、あなたは人づきあいが苦手だった。そして、孤立した」 「……」 だんだんと、口数が減り、私のことをにらむ視線が強くなる。それでも構わず、私は続ける。 「なんとかコミュニティに混ざりたい。そんなことを思っていたあなたは、怪談話を耳にした。そうでなくても、この学校は昔から霊能力を信じる傾向にあって、霊能力者を自称する生徒がいるくらいだった。そこで、あなたは考えた。自分も、怪談話の登場人物になれば、話すきっかけになるんじゃないか。 そう思ったきっかけは、たぶん、ドッペルゲンガーの噂が聞こえてきたからじゃない?」 『生徒会長のドッペルゲンガー』。2学期になってすぐ、1年生の生徒が、生徒会長のドッペルゲンガーを目撃した。 目撃した生徒も友達はおらず、いつも一人で花壇の世話をしていた。けれど、怪談話の登場人物となったことで、彼女のところに怪談話をせがむ生徒が集まるようになった。 そんな姿を目にした彼女は閃いた。自分も、怪談話の登場人物になれば、人と話すきっかけになる。友達を作れる、と。 「けど、誰かがすでに目撃した怪談を話したところで二番煎じ。あなたは、新しい怪談がどうしても欲しかった。そこであなたは、霊を使ったんじゃない?」 「……霊を使う?」 「呪詛、って技法があるの。人を害することを、幽霊に頼む技法。同じように、あなたは霊に、自分を害するよう願ったんじゃない? そして、それに応じた霊が、あなたを襲った。窓ガラスを割る、って方法で」 私は、まっすぐにショートヘアの生徒――渡井理沙さんを見つめる。 「新怪談は全部調べた。どこも、確かに霊の姿があった。そして、霊が起こす現象と、その場にいる霊の経緯は、ある程度、関連性が認められるものだった。 たとえば、『トイレの見えざる手』は、お父さんに虐待されていた娘の起こしていたものだったし、『空き教室の動く椅子』は、推測だけど溺れた生徒が近くのものをつかんでいたんじゃないかな?」 でも、ひとつだけ、関連性が全くわからないものがあったの。それが、『割れた窓ガラス』。これだけは、どう解釈しても、あそこにいた霊が引き起こす現象じゃなかった。あそこにいた春日さんの霊は、“人恋しい”し“霊現象を信じて欲しい”のであって、誰かを恨んだり、何かを壊そうとしていたわけじゃないもの」 だから、新怪談の中で、人的被害はなかった。『割れた窓ガラス』を除いて。 あれだけが異質な理由。その場に霊の姿がなく、あれだけが物理的証拠を残しており、被害者がいた。 何もかも異質なのは、つまるところ、あれだけが全く異なる理由で発生したものだからだ。 「じゃ、じゃあ、『生徒会長のドッペルゲンガー』は? 生徒会長の霊でもいたっていうわけ?」 「ううん。花壇には幽霊なんていなかった。たぶん『生徒会長のドッペルゲンガー』は、目撃した生徒の勘違いだね。放課後の夕闇、薄暗い中じゃ、正確に誰が誰だか見極めるなんて不可能だもの。ましてや目撃した生徒は、生徒会長とは学年も違うし、周囲から孤立もしていた。あるいは、意図的に嘘をついた可能性もあるけど……、それは確かめようがない」 「くッ……!」 私は、首を横に振る。 「別に、あなたを責めているわけじゃないの。友達が欲しいって思うのは当たり前のことだから。そして、そのきっかけが欲しかったのもわかる。でも、そのために霊を使うのは、やめて欲しいの」 「そん、なの。そんなの、あたしの勝手じゃない! 何がいけないのよ!」 「ううん、違う。霊を使うのは、違う」 呪詛に使われていた霊の姿が思い浮かぶ。呪詛に取りつかれていた女の子の姿が浮かぶ。 渡井さんが使った技法は、厳密には呪詛と違うと思う。それなら、怨念にとりつかれた霊の姿が、私の目にも見えたと思う。 きっと、彼女の願いに、霊が答えただけ。自分を傷つけて欲しいと願った彼女に。 でも、そうやって、霊の想いを捻じ曲げることは、違う。 「霊はね、望んでこの世界に残っているわけじゃないの。みんな苦しんでいる。そんな人たちを、自分のために利用するなんて、違うの。私たちの力は、そんなことのためにあるわけじゃない」 「死んだ奴を使って何がいけないわけ!? 誰も困らないじゃない!!」 「死んだって、人は人だったんだよ」 「じゃあ生きているあたしが苦しんでいてもいいわけ!?」 「生きていれば、自分で何かができる。でも、幽霊はそんなことすらできないの。自分では、成仏することすらできないの! 何もできない相手を、自分がいいように利用して! そんなことが正しいと、本当に思うの!?」 「だって仕方ないじゃない! そうしなきゃ、きっかけなんてなかったんだもの!!」 「そんなことないっ! たった一歩、たった一言、その勇気がなかっただけだよ!!」 「うるさいッ!」 出て行こうとする渡井さんの腕をつかみ、私は引き留めた。 「お願い。もう幽霊は使わないで。その力は――幽霊を救うために使って」 「――なんであんた、そんなに、死んだ奴に親身になれるの。なんで、生きている人間をないがしろにできるの」 「そんなことない。生きている人は大事だよ。でも、だからって、幽霊をないがしろにしていいわけじゃない。同じ人だよ。お願い、わかって」 「……」 徐々に、渡井さんの腕から力が抜ける。 「あんたの……、言いたいことは、理解できる。幽霊ならどう使っても構わないって、あたしも思っているわけじゃない。でも、どうにもならなかったの。さびしかったのよ」 「うん。うん、そうだよね」 「何よ。わかったような顔して」 「ひとりぼっちは寂しいの。それは、生きていても死んでいても、同じだよ」 「……そうだね」 ぽつりとこぼした、渡井さんの言葉。 それが、私の胸に強く響いた。 この依頼には、後日談がある。 『割れた窓ガラス』の写真を貰うため、ラインを交換した渡井さんから、別の写真が届いた。 そこには、楽しそうに笑う渡井さんや、聖華の生徒たちが写っていた。 その写真を眺めていた私は、ふと思った。 どうして、春日さんの霊は、美術準備室に現れたのか。 在学中、彼女が特別に、美術準備室に思い入れがあったという話はなかった。聖華時代を懐かしんでいたのは事実だろうし、自殺した彼女が聖華に住み着いたのも理解はできる。でも、なぜそれが美術準備室だったのか。 一方で、渡井さんは中学時代、美術部だった。聖華には美術部がなかったらしいけど、彼女は美術室によく出入りをしていたという。 あるいは、渡井さんのさびしいという想いと、聖華に戻った春日さんの想いがシンクロして、彼女はあそこに縛られたのかもしれない。あるいは、それが――始まりだったのかな。 「でも、きっと、もう大丈夫」 さびしいという気持ちは、誰かと触れ合うことで、簡単に溶けてなくなるようなもの。 あんな風に笑える渡井さんは、もう大丈夫。 天国で、春日さんも――そう思ってくれているといいな。 秋晴れの空の下。私は、そんなことを思っていた。 |