ゲームの会場までは、所長が運転する車で連れて行ってもらうことになった。
 すっきりと晴れない、微妙な曇り空の下、山道を行く。貰った地図と住所、それに古くて心もとないカーナビを信じながらの運転。
 山道に入ると、空模様がますます怪しくなってきた。まるで、あの女が天気までも操っているかのようだった。
 途中、コンクリートで舗装された道路から、脇の私道に入る。細い砂利道を進むと、大きな谷が見えた。一本の橋がかけられており、その向こう側に、西洋風のお屋敷が見えている。
「あそこだ」
 橋は、車で通るのがやっとの幅だった。走り抜けると、屋敷の前には、すでに何台か駐車してあった。
「ここが……」
 横に長いお屋敷だった。
 赤茶けた煉瓦っぽい屋根。大きな煙突が三つ。3階建てだろうか、窓が縦に3つ並んでいる。西洋風の、縦に開け閉めするタイプの窓だ。
「無駄にでかいな。こんな山中なのに」
「確かに」
 車でも、ふもとの町からここまで来るのに2時間近く運転した。途中で迷ったりもしたから、実際にはもっと早く来られるんだろうけど、それにしたってかなり不便な場所だ。そんなところに、こんな豪奢なお屋敷を建設するなんて、ここを作った人はかなり変わっている。
「ん、ありゃなんだ?」
「あれもお家、ですかね」
 よくよく見ると、屋敷の裏手に、もう一軒、小さな家があった。屋敷の規模からすれば、家というより小屋だろうか。
 こっちは2階建てで、尖った屋根が特徴的だ。屋根の上には、十字架が掲げられている。礼拝堂か何かだろうか。もしかしたら、この屋敷を建てた人は、敬虔なクリスチャンだったのかもしれない。
「よし、じゃあ入るぞ」
「はい」
 着替えや除霊道具を詰めた鞄を手に、私たちは玄関ホールに入った。
 玄関ホールは、市松模様のタイルが敷き詰められた、開放的な空間だった。2階まで吹き抜けになっており、階段と、いくつかの扉が見える。
「いらっしゃいませ」
 玄関ホールには、白髪の男性が待ち構えていた。燕尾服を着た男性は、屋敷の雰囲気と相まって、タイムスリップしたような気にさせる。
「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
「本田という者ですが。こちらは助手の源」
「本田様、それに源様ですね。お待ちしておりました。私は主人の代わりにご案内させていただきます、仙田せんだと申します。では、こちらへどうぞ」
 仙田さんの案内で、私たちは食堂へと連れて行かれた。
 食堂には、8人がけのテーブルがあり、その周囲に6人が集まっていた。どうも、私たちが最後だったらしい。
「ッ!」
 そこに、あの女の姿を見つけ、私たちは息を飲む。
 呪殺師・千早は、今日も黒い長袖ワンピース姿だった。あの怪しげなフードをかぶっていないのは、目立つのを避けるためか。
「……」
 私と所長は、黙って座った。他の参加者は、きっと何も知らない。変に騒ぎ立てて、あの女が何かをしでかす方が怖い。
 私たちが席に座ると、仙田さんはぺこりとお辞儀をした。
「いらっしゃいませ、当館へようこそ。本日から5日間、ゲームの進行と皆様のお世話を担当させていただきます、仙田でございます。何か御用の際は、なんなりとお申し付けください」
 ……仙田さんは、あの女に雇われているんだろうか。でも、その割に、千早を見る気配がない。
 と、思っていると、食堂の扉が開き、3人が入って来た。パンツスーツを着た女性、ふんわりとしたワンピース姿の女性と、洋館の雰囲気にはそぐわない、アロハシャツを着た男。
 まっさきに口を開いたのは、男の人だった。
「どうも、私は今回のイベントを企画しました、十風社の岡部おかべです。こちらは部下の平井ひらい、そして屋敷の持ち主でもある、妻の宏美ひろみです。なお、ゲームのルールは、私の方から説明させていただきます」
 アロハの男が名乗り、一緒に入って来た二人の女性もぺこりと頭を下げる。持ち主ってことは、あの奥さんは、この屋敷の所有者ってことで――きっと、お金持ちなんだろうな。
「今回のゲームはズバリ、宝探し! です。この屋敷に隠された現金300万円を最初に発見した人には、そのまま進呈! もちろん参加者同士で協力し合うもよし、自分ひとりの力で発見して賞金を独り占めするもよし! どうぞご自由にお楽しみください!」
 300万、という言葉が出た時、周囲の参加者から、ぞわりとする気配が立ち上った。私は、千早の手紙を思い出していた。

『いずれも金銭的に困窮した者ばかり』

 たぶんだけど、この参加者たちは、互いに協力なんてしない。300万という大金が、喉から手が出るほど欲しい人たちだ。
 ――怖い。
 ここがホーンデッドハウスであるということすら忘れ、私は、参加者たちが怖くてたまらなかった。男の人も、女の人もいる。若い人もいれば、それなりに年齢がいってそうな人もいる。
 でも、みんな同じ。お金に飢えた、獣だ。
「皆さんの席には、それぞれ、現金のありかを示すヒントが置いてあります。ああ、全部一緒ですから、隠さなくても大丈夫ですよ」
 テーブルの上には鍵と、紙が伏せられていた。私はテーブルに伏せられた紙を持ち上げてみる。屋敷の図面がひとつと、それ以外に、メモみたいな紙が一枚。メモには漢字が縦に4つ並んでいる。

 工
 識
 占
 速

 なんだろう、これ。まあ、謎解きゲームというくらいだし、解けばヒントにはなるのかもしれない。
 もっとも、私たちが欲しいのは、お金なんかじゃない。ここに住まう悪霊、そして、それを祓うための情報だ。
 実は、ここに来るまでの間、すでに情報収集はしてあった。けど、結果は芳しくなかった。
 このお屋敷、持ち主は都内に住む女性。建てられたのはおよそ50年前。もともとあったお屋敷を改築する形で建てられたらしい。
 けど、とにかく情報がない。近所と呼べる近所には家がなく、ふもとで聞いても、山中の屋敷なんて近寄ったこともないって人ばかり。
 基本的にこの屋敷に住んでいる人はおらず、もともとあった屋敷を、今回のイベントを行うために掃除した、って体らしい。
 もちろん、この屋敷に幽霊がいるなんて噂もない。ただ、地元の子供たちの間では、『山中に得体のしれない屋敷がある』って程度の怪談話にはなっているそうだ。
 ただそれも、誰も住んでいない大きな屋敷が山中にあるって程度の噂であって、そこで人が死ぬとか、幽霊が出るとか、そういう噂がたっているわけじゃない。
 もっとも、これほどの山中だ。持ち主以外が近づくところでもないし、人が来なければ、それだけ怪異が発生する確率も低い。噂にならないのは、当然といえば当然かもしれなかった。
「2階には各自のお部屋もご用意してあります。お部屋には謎解きのヒントもありますので、活用してください。また、これは余談ですが……、この屋敷には、恐ろしい怪異が住んでいるとの話もあります」
 怪異。その言葉に、私はぴくりと反応した。
「噂では、屋敷の中にいる者を喰らう悪魔だとか。悪魔に喰われぬよう、お部屋には厳重に鍵をかけることをお勧めします。それでは! スリルとサスペンスに満ちた5日間を、どうぞお楽しみください! ゲームスタートです!!」
 アロハの男が一礼すると同時、私たちと千早を除く参加者は、荷物を手にばらばらと席を立った。たぶん、部屋に戻って、謎解きのヒントとやらを探すんだろう。
 主催者組も部屋を出て行き、残ったのは、私と所長、そして千早。
「どういうつもりだ、千早」
 口を開いたのは所長が先。対する千早は、
「お手紙に書いた通りですわ」
「源を狗神にだと? させるものか」
「その意気や結構。ですが、しょせんは気持ちだけ。幽霊は気持ちだけで祓えるものではありません」
「んなことは分かっている!」
 バン、と机を叩く所長。そんな所長に、千早はころころと笑う。
「そんなに怒らないでくださいな。楽しいゲームではありませんか」
「どこが楽しいゲームだ!」
「とても楽しいですわよ。彼ら彼女らは、きっとこれから、あさましく互いを出し抜こうとすることでしょう。荷物は離さないほうがいいですわよ? 何をされるか、わかったものではありませんから」
「盗まれるってのか」
「そのくらいのことは平気でしかねない人間が集まっている、というのです。ふふっ、殺せば、立派な狗神になりそうな人間ばかりですわね」
「お前ッ……!!」
「そうはやらないで。これは人間の業。人が人であるがゆえの欲であり悪意。人間の汚い側面なのです」
「あなたに、人間を語る資格なんてない」
 私の言葉に、所長はちらりと視線を向けてきた。
 千早もまた、まっすぐに私を見つめる。
「どういうことかしら?」
「あなたは、人間を……、人間などと見ていないでしょう。道具です」
「あら。ふふ、うふふ。そうですね、そうですわね。道具のことを語るのと人間のことを語ることを同列にするのは、いささかおかしいですわね。ふふっ、あなたは私をよく理解していますわ」
 そう言った千早は、ぎらりと私を見つめる。
「その我の強さ。なおさら欲しくなりました。ねえ、死んでくださらない?」
「お断りします」
「では致し方ありません。悪霊を使役し、あなたを殺すこととしましょう」
 かたり、と席を立つ千早。
「千早。あなたは、この屋敷に住む霊について、何を知っているの?」
「それを私が話すのはルール違反というものですわ」
 言い残し、鞄を手に千早も食堂から去った。残った私と所長は、互いに顔を見合わせる。
「やっぱり、食えない女だな。何を考えてんのか、さっぱりわからねえ」
「きっと、言った通りでしょう」
 私を殺すつもりだ。あの女は。
 上等だ。なら、殺される前に、祓ってみせる。それが、私の仕事――ううん。霊能者としての“義務”だ。