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屋敷の図面を頼りに、自分たちの部屋に行く。鍵を開けると、客間だった。 ベッドがひとつ、鏡台がひとつ。入口のすぐ脇にも扉があり、開けると、バスルームだった。ビジネスホテルよりは少し広いって感じだろうか。 ベッドの脇にショルダーバッグを置き、私は所長を見る。 「これからどうします?」 「まだ霊の姿はないな?」 「はい。でも、隠れているだけかもしれません」 図面を広げる。この屋敷は、外からのイメージ以上に広いようだった。 1階には食堂、台所、広間に応接室。サンルームっていうのは、日光浴でもするための場所なんだろうか。 2階には参加者各自の部屋。部屋割りは書いておらず、番号だけが振ってある。私が持っている鍵に書いてある部屋番号は208。所長は隣の207だ。 3階にも部屋があり、そこには名前が書いてある。仙田さんや主催者である岡部夫妻の名前もあった。 「こうして見ても、バカみたいに広いな」 「2階だけで8室、建物全体では20くらい部屋がありますからね」 そのいずれかに悪霊が住んでいてもおかしくない。ただ、他の参加者の部屋を見せてくれと頼んだところで、見せてくれる可能性は低い。 なにせ、部屋には謎解きのヒントがあるんだ。それを見せれば、参加者としては不利になる。いくら私たちが賞金には興味がないと言っても、信じてくれるはずもない。 「まずは、この屋敷にいるっていう悪霊の正体だな。それがわからんと、除霊のしようもない」 「症状も、今のところはわからないままですね。幽霊がいるっていう話だけで、実際に霊障を受けた人はいません」 「それは、まあこの屋敷に住んでいるやつがいないせいだろう。こんな不便なところじゃ、別荘にしたって使いづらい」 「それはまあ。……それにしても、どうしてこんな山奥に幽霊がいるんでしょうね」 「うん?」 首をかしげる所長に、私は続ける。 「だって、住むにはつらいくらい不便な場所ですよね? 当然、人なんかそうそういません。そんなところに住んでいる幽霊って、どんな霊なんでしょう?」 「この屋敷を使っていた人間か。となると、この建物の持ち主である岡部って女が知っている可能性が高いな」 「じゃあ、まずは岡部さんに聞いてみましょうか」 「そうするか」 所長はひとつ、頷いた。 岡部夫妻の部屋に行くと、夫の方の岡部さんと、参加者らしいお姉さんが問答していた。 「だから、10万払うから……!」 「ノンノン、それではゲームになりません」 「だって!」 ふと、お姉さんがこっちを向いた。私たちの姿に気付くと、足早に立ち去る。 「不正を働こうとしたか」 「まあ、考えそうな手ですね」 こそこそと語る私たち。と、岡部さんがこちらを向く。 「あなたたちも、取引のご相談ですか? 申し訳ありませんが、ゲームの内容については、一切お答えはできませんよ」 「ああ、それは結構です。それに、我々がお聞きしたいのは、あなたの奥さんに、ですよ」 「妻に? ……まあ、妻にならいいでしょう。ですが、妻は今回のゲームとは一切関係していませんから、何のヒントにもならないと思いますよ?」 「それでも構いません」 「そうですか。では、どうぞ」 夫婦の部屋に入れてもらう。大きなダブルベッドと鏡台があるのは、私たちの部屋と同じだ。私たちの部屋と違う点は、ローテーブルがあり、脇のソファに奥さん――宏美さんが座っていたことだ。 宏美さんは、ボブカットの、線の細い女性だった。色白で、どこか不安げな表情もあいまって、すごく儚げに見える。 「宏美。君に用事だそうだ」 「はい?」 首をかしげる宏美さん。そんな彼女に、所長は頭をさげる。 「参加者の本田です。宏美さんには、この屋敷について教えていただきたくて」 「どのようなことでしょうか」 「単刀直入に聞きます。この屋敷には幽霊が住んでいるとのことですが、何かご存知ですか」 「……何も存じ上げておりません」 「では、この屋敷で以前、何か不思議なことはありませんでしたか」 問われると、宏美さんは夫を見た。岡部さんは、小さく頷く。 「その。こんなことを話すのは、単に不安をあおるだけのような気がしてしまうのですが。この屋敷で、以前、亡くなった方がいます」 ――いるんだ。 私は、頭の片隅でそんなことを思った。緊張感が高まる。 「どのような方ですか」 「近郊の若者です。ここを、観光スポットのような感覚で訪れていたようです。ご覧になった通り、このあたりは娯楽など何もありませんし、この屋敷は都会でも珍しい大規模な西洋建築ですから、単なる暇つぶしだったのでしょう」 「なるほど」 「普段、屋敷には鍵をかけておりましたが、若者たちは窓のひとつを割って侵入したようです。数人で屋敷に侵入し、最初は固まって屋敷の中を探索していたようですが、ふと気づくと、仲間の一人がいない。そのことに気づき、探したところ、キッチンで倒れている青年を発見しました。その時には、すでに事切れていたそうです」 「死因などは」 「窒息死、と聞いております」 「窒息というと、何かを食べたとか?」 「そういうわけではないようです。実際に、喉に何かを詰まらせていた気配はないのに、窒息していたと」 それは――変な話だ。 何かの理由で窒息することは、まあ、ありうるかもしれない。何かを食べて喉に詰まらせた、とか。若い人がそうなる理由はよくわからないけど、でも、現実としてありえない話じゃない。 現実的じゃないのは、その人が、何の脈絡もないままに窒息していることだ。何の原因もなく窒息するなんてことは、普通ありえない。 「警察も調べたようですが、今も未解決のままです」 「ふむ。お心当たりになる事件というのは、そのくらいですか?」 「ええ。もともと、私も夫も、この屋敷を使うことはありません。普段から掃除もしておりませんし、訪れることすらありません。ですので、この屋敷で何か起きたと言われても……、正直、困るのです」 「では、なぜこの屋敷をお持ちに?」 「もともとこの土地は、曾祖父の持ち物でした。曾祖父は慈善事業に尽くし、戦後、親を亡くした孤児たちの世話などをしていたそうです。麓の集落、あの一角に、孤児院があったと聞いております。そして、曾祖父は、使用人と二人でここに住んでおりました。その屋敷を、祖父が改築したのが、今の屋敷です」 「そうなると、最後に住んだのはおじいさんですか?」 「いえ……、祖父も、私たちと一緒に、東京に住んでおりました。もっとも、祖父は一年に一度、ここを訪れていたようですが」 「つまり、ここをご利用になっていたのは、おじいさんだけなんですね」 「はい。ただ、祖父は常々、言っておりました。この屋敷に行ってはいけない、と」 「はい? ご自分は訪れていたのに、あなたには行ってはいけないと言い含めていたのですか?」 「そうです。理由は教えてくれませんでしたが、そもそも、この屋敷の周囲には何もありません。あえて訪れる理由もありませんでしたし、私も、ここに来たのは初めてです」 「では、なぜここにいらしたのですか?」 所長の問いかけに、宏美さんは押し黙った。 「あなたはこの屋敷の持ち主というだけで、今回のゲームには関与していない。なのに、あえてここを訪れている。ご自分で何もないと言い切るほどの場所を、です。それは何故ですか?」 所長の質問に――宏美さんは、少しだけ顔を伏せた。 「祖父は、私を特にかわいがってくれました。その祖父が、亡くなる直前、言っておりましたので」 「なんと?」 「あの屋敷には、悪魔が住んでいる。だから封じて、滅ぼすのだ、と」 ――悪魔が住んでいる。 「それは、どのような意味で?」 「わかりません。ただ、祖父の言っていたことが気になって。夫からこの屋敷を使いたいと頼まれた時、私も同行したいと言ったのです」 「この屋敷で、何かが起きるかもしれない、と?」 「……わかりません」 首を横に振る宏美さん。 けれど、その顔には、確かに不安が張りついていた。 |