夕食の時間は、みんなで食卓につくことになった。
 仙田さんがお料理を並べてくれる。パスタにサラダ、スープ。それほど豪華というわけではないけど、まるでレストランで出てくるような感じだ。
 そろそろ食事だ、という頃になって、ふと気づいた。
「あれ? そういえば一人、いませんね」
 改めて見る。給仕の仙田さん、岡部夫妻と平井さん、それに参加者が私たち含め7人。参加者は8人いたはずだから、一人足りない。
「ああ、横川さんがいないな」
 私も気づいた。お互いに自己紹介をしていないから名前はわからないけど、岡部さんに詰め寄っていたお姉さんの姿がない。
「平井、ちょっと様子を見てきてくれ」
「はい」
 平井さんが席を立ち、出て行く。岡部さんはにこりと笑い、
「待っていても仕方ありませんし、先に食べていましょう」
 そう言って、率先してスプーンに手を伸ばす。
 私も所長を見やり、
「気にしても仕方ないだろ。お互い、ここにゃ親交を深めに来ているわけじゃない」
「それはまあ、そうですけど」
 他の参加者も、あまり気にせず食べ始めている。けど、私は横川さんの様子が気になった。
 ――ホーンデッドハウス。
 嫌な予感をひしひしと感じていると、

「きゃああああああああああああああああああああああああああ!?」

 甲高い悲鳴が響いた。思わず背筋が震える。
「な、なんだ?」
 場がざわつく中、まっさきに席を立ったのは、所長だった。
「源。一緒に来い」
「はい!」
 私もフォークを置いて席を立つ。駆けるようにして2階へ行くと、廊下で平井さんが震えていた。
「平井さん! どうしましたか!」
「あ、ああ……」
 平井さんの前には一枚の扉があった。それが全開になっている。
 私と所長が部屋を覗き込むと、
「ッ!!」
 そこに、人が倒れていた。
 床の上。さして広いわけではない部屋を埋めるように、髪が広がっている。あおむけに倒れた横川さんは、一目で生気がないとわかった。
「……やられたか」
 所長がポツリとつぶやく。私も、同じ気持ちだった。
 何かが起きる予感はしていた。それが、ただ起きただけ。
 怖い、という気持ちよりも、悲しさが先立っていた。
「どうしましたか!」
 私たちに少し遅れて、岡部さんたちの姿が見えた。その後ろには、他の参加者も来ている。
 所長は黙って部屋の中を指した。岡部さんたちも部屋の中を見ると、
「なっ!?」
「うわっ!!」
 みんな驚いている。そんな面々を見ながら、所長は言う。
「明らかな不審死です。警察を呼ぶべきでしょう」
「け、警察?」
 当然の判断だ。私も頷く。と、参加者の一人、禿げ頭のおじさんが大きな声を出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 警察が来たらゲームはどうなる!!」
 はっ、とみんなの表情が変わった。
「こういう事態です。もはやゲーム云々などと言っている場合ではないでしょう」
「そういうわけにはいかん! そ、それに、これが不審な死だとは限らないだろう!」
「あなた、本気で言っているんですか?」
「もちろんだ!」
 部屋に押し入ったおじさんは、横川さんの鞄をあさる。すると、中から薬の小瓶が出てきた。
「見ろ、これを! 睡眠薬だ! きっとこれを飲み過ぎたんだ!」
「バカを言わないでください。自殺だとでも?」
「いや、事故死かもしれんがな。とにかく殺人じゃない!」
「本気で言っているんですか?」
「もちろんだ!」
 にらみあう所長とおじさん。と、所長は視線を変え、岡部さんを見る。
「岡部さん。事故死にしろ殺人にしろ、死体はこのままにしておけません。やはり、外部に連絡をするべきでしょう」
「だから! ゲーム中にたまたま事故があったからといって、ゲーム進行の妨げにはならないだろうと言ってるんだ!」
「岡部さん!」
 所長に強く名前を呼ばれ、岡部さんは、肩を震わせる。
「そ、そうですね。警察は……、呼ぶべきでしょう」
 当然の判断だ。けど、と岡部さんは続ける。
「ここは電話が通じません。誰かがふもとまで降りないと。けど、この時間、あの山道を車で通るのは無茶です」
「……なるほど」
 そういえば、と思い返す。
 ここに来るまでの山道は結構厳しく、途中には崖とかもあった。あんなところでハンドル操作をミスしたら、それこそ大事故につながる。
「明日の朝、私が車でふもとまで降ります。そして、警察を呼んできます。それまではお待ちください」
「……わかりました」
 所長は、しぶしぶ頷いた。

◇ ◇ ◇


 めいめい解散した後。
 私と所長は、私の部屋に集まっていた。所長はすでに数珠を取り出し、いつでも使えるようにしている。
 手持無沙汰な夜長。寝る気持ちなんて起きやしない。
 そうしていると、ふと、所長がこぼした。
「……もう一度、横川の遺体を調べるか」
「でも、所長、そういうのは警察がやるんじゃ……?」
「そうだろうな。けど、死因が幽霊に起因するものだったなら、警察が捜査することで、かえって手がかりがなくなる可能性もある」
「それは……、そっか。警察は幽霊が原因なんて認めないでしょうし、かといって、遺体を調べた結果なんて、家族でもない限り教えてもらえませんよね」
 横川さんに家族がいるかは知らないけど、少なくても、私たちとは面識がない。仮に警察の情報が家族の耳に入ったとしても、私たちがそれを知る機会はないだろう。
「そうと決まりゃ、行ってみるか」
「あ、はい」
 立ち上がった所長の後について行こうとして、
「お前はここで待っていていいぞ」
「え? 一緒に行きますよ」
「死体を調べるんだぞ」
 その言葉に、どきりとした。さっき見たばかりの、横川さんの無残な死に顔が思い浮かぶ。
 私はごくりと喉を鳴らし、
「それでも、行きます」
「そうか」
 所長はそれ以上、引き留めず、部屋を出た。私も、黙って後についていく。
 横川さんの部屋は、鍵がかかっていなかった。扉を開けると、すでに中には先客がいた。
「……千早」
 黒いワンピース姿の女。千早だった。横川さんの遺体の横に屈みこみ、何かを調べている。
「何をしてんだ、お前。今度は死体を使った呪いか?」
「人をネクロフィリアみたいに言わないで欲しいですわね」
 くすりと笑った千早は、遺体の脇から退く。
「ちょっと調べていただけですわ。何が死因なのか」
「わかるのか」
「少しは。これでも医療の知識は持っておりますので。そうしないと、綺麗な狗神は作れないのです」
「ご託はいい」
「聞いていて、失礼な殿方」
 くすくすと笑った千早は、遺体を見やる。
「死因は窒息ですわね。チアノーゼも見られます」
「お前がやったのか」
「失敬な。こんな無粋な殺し方をしたところで、霊は使い物になりません。私は快楽殺人者ではありませんのよ」
「たいして変わらねえだろうが」
「まったく違いますわ。至高の道具を作ることと、家畜を処分することの違いもお分かりにならない?」
「テメエ!!」
 激昂する所長を、私は引き留めた。
「所長、相手にしても無駄です」
「……ちっ」
 舌打ちし、所長は横川さんの遺体を見る。
「他にわかることはねえのか」
「そうですわね。窒息していることは間違いないでしょうけれど、なぜ窒息したのか、と問われると、難しいところではありますわ。喉に何かを詰まらせたわけではありませんもの。まあ、薬を飲んで窒息死したのなら、なんとも言えないかもしれませんが」
「薬?」
「あら、霊が殺したと、本気でそう思い込んでいらしたの?」
 千早は遺体の顔に手を沿える。開ききっていた目が、そっと閉じられた。
「人を最も多く殺しているのは人。この屋敷にいる参加者が殺していないなどと、どうして言い切れるのかしら?」
「なん、だと?」
「この屋敷には欲望が渦巻いています。些少な現金のため、人を殺してでも奪い取ろうとする者がいても、まったくおかしくないほどには」
「ッ!!」
 そ、っか。
 人が人を殺した可能性だって――ないわけじゃないんだ。
「誰が彼女を殺したか。ふふふ、それはわかりませんが、私たちのゲームは続行です。私はこの屋敷に住まう霊を探しますわ」
 ふらりと立ち上がった千早は、そのまま部屋を出て行った。
 残された私たちは、
「所長。どう思います?」
「何がだ」
「本当に……、本当に、人が横川さんを殺したんだと思いますか」
「……あいつはああ言っていたが、可能性は低いと思う。横川がゲーム攻略間近だったのならともかく、ゲームは始まったばかりだ。あのヒントだって、あれさえ解ければゴールってわけでもねえだろう」
「そうですね。たぶん、あの問題を解くと、他のヒントが手に入る、みたいな」
「だとすると、横川を殺すことに意味はない。ここで殺したところでゲーム進行の妨げになるだけで、自分にプラスにゃならない。先走る奴は、終盤には出てきたかもしれねえが……、今の段階じゃ、早すぎる」
 所長の、理路整然とした話し方に、私は少しだけ安心した。
「そうです、よね」
 人間が、最も多く人間を殺している。
 それは事実かもしれないけど……、この屋敷に、そんな人がいるなんて、信じたくなかったから。
 そっと胸をなでおろしていると、
「ん?」
 所長が顔を上げた。つられて、私もそちらを見る。
 そこには、窓があった。カーテンは開かれているけど、向こう側には夜の闇が見える――はずだった。
 なのに、窓に、真っ赤な何がか揺らめている。
「ッ!!」
 慌てて窓に近づき、押し上げると、外が見えた。屋敷の正面、一本の橋。それが、赤々と燃えていた。
「なッ!?」
 よくよく見れば、橋の前にはおじさんの姿がある。さっき、所長と押し問答をしていたおじさんだ。
「あの野郎ッ! 正気か!?」
 慌てて部屋を飛び出し、屋敷の外に出る。その頃には、橋はすでに燃え落ちていた。
 橋の前には、おじさんが立ちすくんでいる。
「テメエ!! なんてことしやがる!!」
 所長が声を荒げると、おじさんはゆっくりと振り向いた。
「これで、警察は呼べん」
「お前……、正気か!?」
「ああ、もちろん。俺は正気だ」
 平然と言うおじさん。自分のしたことがおかしなことだと、まったく考えていない。
 それこそ、正気の沙汰じゃない。
「これでゲームは続行だ。続行だ!!」
 叫ぶおじさん。その様子に、所長すら、二の句を継げないでいた。