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その夜。私は、所長と同じ部屋に泊まった。 男女で同じ部屋に泊まるのはどうかと思ったけど、そうも言っていられない事態だった。もし、この屋敷に人を殺せる幽霊がいるなら、私には荷が重い。ましてや、人が人を殺していたら――もっと、私にはどうしようもない。 もちろん、こんな状況で、人を殺す人がいるなんて思っていない。でも、橋を燃やしたおじさんの顔を思い出すと、人間がたまらなく怖かった。あのひとなら、お金のために、本当に人を殺せてしまえそうな気がして。 そうやって震えていた私を慰めてくれたのが、所長だった。 結局、私は所長の部屋で、抱きしめてもらいながら、夜を明かした。所長に抱かれていると、なんだか、お父さんに抱きしめてもらってるようで、少しだけ安心できた。 いつの間にかまどろみ、ふと目が覚めると、所長はもう起き上っていた。 「よう」 「……おはようございます」 目をこすり、体を起こす私。所長もタオルで顔を拭きながら、 「顔洗って、着替えてきな。昼間なら、幽霊はそれほど活性化してねえだろう。ただし、部屋の鍵はかけろよ」 「はい」 言われるまま、一度部屋に戻り、顔を洗って着替える。髪をとかし終えたところで、隣の部屋に戻ると、所長は何やら図面とにらめっこをしていた。 「どうしたんですか、所長」 「霊はどこにいるのか、と思ってな」 図面とにらめっこしながら、所長は言う。 「誰かの部屋にいちゃ、お前には見えないかもしれん。だが、もし幽霊が犯人なら――少なくても、横川の部屋に出入りしたはずだ」 「それはそうでしょうけど。でも、幽霊なら、壁や扉なんて意味ないですよね」 「ああ。だが、お前にも霊の姿は見えなかったろう?」 「あ、はい」 確かに、横川さんの部屋には、霊の姿はなかった。それがあれば、私は、人を疑うなんてことはしなかった。 「幽霊があの場にいなかったってことは、考えられる可能性は二つ。ひとつは、本体が別の場所にいて、事象だけがあの部屋で発生した」 「私の家で起きた、ポルターガイストみたいな感じですね」 「そうだ。もしくは、本体そのものが、常に移動を続けている場合。その場合、おそらくだが、移動できる範囲はこの屋敷の中に限られるんだろう」 まあ、どこにでも行けるなら、幽霊はどこでも殺人を犯せる。そんなことは、さすがにないだろう。 「霊が生きている人間を引き寄せる、なんてのは、怪談話じゃよくある話だ。だが、それにしたって、何かしらの根拠はあるはず」 「根拠?」 「たとえば、事故死した霊が、事故を起こした現場に出るって感じだ。お前も知っている通り、霊は普通、場所に憑く。だが、今回、事象が発生した場所に霊はいなかった。もっとも考えられるのは、事象だけが屋敷内を移動し、本体は別にいるってところなんだが……」 「それだと、何か平仄が合わない?」 「そう、そうなんだ。ポルターガイスト程度ならともかく、生きている人間を窒息死させるほどの力が、屋敷内どこにでも発生するなんてありうるか? それなら、昨日の晩のうちに、屋敷内の全員が殺されていたっておかしくない」 でも、実際に、私たちは死んでいない。それに、廊下に出た時には、平井さんや仙田さんの姿も見かけている。 死んでいないってことは、霊が相手を選んだということ。 「横川がターゲットになったのは、偶然かもしれん。だが、横川しか死んでいないということは、少しだけ意味があるはずなんだ」 「霊が一人を殺した時点で力尽きた、とか。横川さんを殺した時点で、昨日はもう疲れちゃって、他の人を殺す余力がなかった」 「一晩に殺せる数に限界があるってことか? ……まあ、それもあるのかもしれんが」 「他にどんな可能性があります?」 「わからん」 所長はガリガリと頭をかき、 「どうもしっくりこないな。人を殺すほどの能力を持ち、しかも事象だけが移動できるほどのパワーってなりゃあ、相当の能力だ。それだけの力を持つ霊が、一晩に殺せる数に制限があるってのも、おかしな話だ」 「逆に、それだけの力を使うから、一度には限りがあるとか。その後、怨念みたいなものを吸収してパワーアップして、また殺しに行く」 「ふむ……」 「だって、人間を殺すって、幽霊からしたら大変なことじゃないですか? 私たちが幽霊を送るのに、毎回、苦労しているように」 「次元が違う存在が干渉するのには、それだけの力がいる、か」 「そういうことなんじゃないかなって」 「もしそうなら、本体はやはり、横川の部屋に隠れているわけじゃねえ。この屋敷のどこかに巣食っていることになる」 そうして、所長は再び図面に視線を落とす。 幽霊はどこかにいるはず。でも、それはどこなのか。 そして、その幽霊の正体は、何なのか。 「……どうしてここの幽霊は、人を殺すんでしょうね」 「あ?」 「幽霊って、死んだ時の想いというか、無念みたいなものを晴らそうとするじゃないですか。そして、晴らせなくて、ますます悪循環に陥る」 たとえば、親の愛に飢えた霊が、大人の気を引こうとするように。 たとえば、いじめを受けていた霊が、その悲しみに浸り続けるように。 霊は、必ず『霊になる理由』がある。そして、それはすなわち、霊の行動に繋がる。 だとすれば、このお屋敷にいる幽霊は――幽霊がいると仮定して――その幽霊は、『人を殺す』理由がある幽霊ってことになる。 「死んでなお人を殺したいと思うのって、どういうことなんでしょう」 「そりゃあ、死んだのが無念で、道連れを増やしたいとか」 「このお屋敷で死んだ人が、ですか?」 「そりゃあ……」 ふと気づく。 この屋敷の持ち主である宏美さんが言っていたこと。このお屋敷では、以前にも、遺体が見つかっている。 もしも幽霊がいて、その幽霊が人を殺していたなら、過去の事件も幽霊の仕業だ。そうやって、人を殺し続けている幽霊がいることになる。 だとすれば、一番最初の死者はいたはずだ。それも、とにかく死ぬことに対して否定的だった人が。 「岡部宏美に、聞いてみよう」 そう言いながら、所長は席を立っていた。 ちょうど、朝食の時間だった。とはいえ、食卓に来た人は、半分もいなかった。 また平井さんと岡部さんが確かめに行ったけど、単純にみんな、食欲がないとのことだった。まあ、昨日、死体を見たりしていれば、食欲がなくなることも無理はない。千早も姿が見えないけど、あの女は、もしかしたら幽霊を探しているのかもしれない。 それでも食卓についていた岡部宏美さんは、あるいは、最初っから覚悟をしていたからかもしれなかった。 食卓の席。岡部夫妻と、私たちだけの食事。その席で、所長はまず、岡部の旦那さんに顔を向けた。 「岡部さん。橋が落とされてしまいましたが、外部への連絡手段は?」 「ここには……、ありません。ただ、橋が燃えた時の煙は、ふもとでも見えたはずです。うまくすれば、警察が来てくれるかと」 「夜半で誰も気づいていなかった場合は?」 「そうであったとしても、既定の5日間を過ぎて私が出社しなければ、会社の方が不審に思うはずです」 「なるほど。ちなみに、下山する方法は?」 「山の中を降りるということですか? 危険だと思います。ルートもない中を歩くんですから。登山の知識でもあるならともかく……」 それもそうか、と思い直す。今さらながら、私たちは、この屋敷に閉じ込められたんだ。 「幸い、食料には余裕がありますし、ここには燃料なんかもあります。薪なんかも用意してありますから、最悪、暖房も調理もできるでしょう」 「なるほど。では、外が気づいてくれるまで……、籠城するしかないと?」 「申し訳ありません。こういう事故は、想定していなかったもので……」 「いえ、責めているわけでは」 口ではそう言いつつ、何かを思ってしまうのは仕方ないことだろうか。 出られないと決まった以上、開き直って、調査するしかない。続けて所長は、宏美さんに視線を向けた。 「では、宏美さん。少しお伺いしてもよろしいでしょうか」 「はい? なんでしょうか」 「昨日、この屋敷では、不幸な出来事があったとお聞きしましたが」 「……はい。近隣の若者ですね」 「それ以前、この屋敷で亡くなった方はいらっしゃいますか。自然死でも結構です」 「屋敷で、ですか? ……すみません。存じ上げておりません」 「そうですか……」 無理もない。そもそも宏美さんは、今回の件があるまで、この屋敷にはほとんど来ていない。この屋敷で何が起きたかと聞かれても、首をかしげるしかないだろう。 「……では、そう、おじいさんは、確かこの屋敷をよく利用されていたんですよね?」 「よく、というほどではありませんが。一年に一度は訪れておりました」 「おじいさんは、何か言っていませんでしたか」 「特別な話は聞いておりません」 聞いていないというのは、どういうことだろう。 おじいさんは知らなかったはずがない。孫娘に、あの屋敷には近づくな、と言い含めているほどだ。 つまり、おじいさんは、この屋敷に危険な幽霊がいることを知っていた。それでいて、孫娘を守るため、近づくなと言い含めていた可能性が高い。 ということは、孫娘には教えたくない事情があった……? 「あの。おじいさんて、どんな人でしたか」 私が聞くと、そうですね、と宏美さんは過去を思い返すように遠い目をした。 「厳格な人でした。父にも、祖母にも厳しくて。私は可愛がってもらいましたが、悪いことをすると、ひどく怒られました」 「怖い人だったんですね」 「ええ。それと、そう、とても極端なベジタリアンでした」 「菜食主義?」 「ええ。とにかく肉が大嫌いで、家族にも食べさせなかったほどで。私も、小学校にあがるまで、食卓でお肉を食べたことがなかったくらいです。最近だと、ビーガン、なんていうそうですが」 「それはまた……、本当に極端ですね」 たまに好き嫌いの激しい人はいるけど、それを他人にも要求する人は珍しい。 「おじいさんは、イスラームとかだったんですか?」 「いえ。どちらかというとクリスチャンです。ほら、屋敷の外に、礼拝堂があるでしょう? 小さいですが、祖父はこの別荘に来ると、必ずあの礼拝堂でお祈りをしていたそうです」 「へえ」 すると、宏美さんは目を伏せた。 「あるいは、この屋敷に巣食う悪魔を祓うため、お祈りを捧げていたのかもしれませんね」 「おじいさんには、そういう素養が?」 「聞いたことはありません。ですが、祖父はきっと、この屋敷にいるという悪魔の正体を知っておりました。だからこそ、冥福を祈り続け、少しでも霊の怨念を削ろうとしたのではないか、と」 その気持ちは、わからないでもない。 私だって、自分の知り合いが幽霊になっていたら、なんとかしたいと思う。 横を見ると、所長も感慨深げに頷いていた。所長も、同じような経験をしている。知り合いが幽霊になるなんて、悲しすぎる。 「あの。あなたがたは、霊能者なのですよね?」 「……まあ」 「でしたら、お願いします。この屋敷に巣食う悪魔を、どうか、祓ってください。このままでは、あまりにあまりです」 「頼まれずとも」 そうだ。私たちがここで霊を祓えなければ、千早は、必ずやここの幽霊を自分の狗神にする。 何も指示を受けずとも、人を殺せてしまうほどの幽霊。それを、呪殺師である千早が手にすれば、どれだけの被害が出るのか。想像もできない。 「絶対に、除霊してみせます」 私は、力強く頷いた。 そんな私に、宏美さんは、安心したように微笑んでくれた。 |