横川さんの部屋。横川さん自身の遺体は、ここではなんだからと、仙田さんと所長の手で離れに運ばれていた。なので、この部屋はガランとしている。
「やっぱり、天井には点検口はないな」
「ないとなると、天井を壊す……、とか?」
「和風の家なら、板張りで、一枚くらいずらせたりするんだがな。洋風建築で、漆喰で塗り固められていちゃあ、それもできん。かといって、壊すのは現実的じゃないな。俺たちだけの手じゃ無理だ。専門職がいないと」
「そうなりますよね……」
「くそっ。手がかりが少なすぎる!」
 そう、本当に、手がかりがない。なにせ、起きたのは昔の出来事。当事者はみんな鬼籍の人となっていて、情報も集めようがない。
 天井を確認している所長を眺めながら、私は、ふと部屋の中を見渡した。
 横川さんが亡くなった部屋。ここには、霊の姿は欠片もない。
 ……欠片もない。
「あの、所長。ここの幽霊は、きっと、屋敷の外には出ませんよね」
 私が言うと、所長は手を止め、頷いた。
「それは、確かにそうだろうな。もっとも、どこまでが屋敷の範囲になるのか、という疑問は残るが。夜間なら、中庭程度までは範囲に含めるのかもしれん」
「そうですけど、そうでなく。霊って、そのくらいの範囲でしか動きませんよね? いきなり、遠くに行くことはない」
「……? まあ、ここに縛られた霊なら、経験上はその通りだ。他に行くことはあまりない」
「私、この屋敷に来てから、霊を一人も見ていません」
「ああ。だから、それが問題で……」
「わかりませんか、所長。私、横川さんの霊を見ていないんです」
 はっ、と所長の表情が変わった。
「……横川は、明らかに他殺だ。もっと言えば、霊障で殺された。そんな人間が、いきなり成仏するなんて、ありうるか?」
「死ぬことを覚悟していた人なら、成仏することもあると思います。でも、横川さんはお金がなくて、でも、それでも生きるため、このイベントに参加していました。岡部さんに詰め寄って、ズルをしてでもお金を手に入れようとしていました。そのくらい、生きることに執着していた横川さんが、死んで、いきなり成仏するなんてありえません」
「じゃあ、横川の霊は、他に未練のある場所に行った」
「死ぬことがわかっていたなら、それもあると思います。でも、横川さんが霊に殺されたのなら、それは“いきなり訳の分からない状況で”殺されたことになります。そんな人が、自分が死んだことを理解できると思いますか?」
「……ありえねえ」
 そう、ありえない。
 普通なら、横川さんの霊は、この部屋にいてしかるべきだ。それも、自分が死んだことすら理解できないまま、茫然と浮かんでいる――そんな状況が最もふさわしい。
 なのに、屋敷の中を全部探しても、横川さんの霊はいなかった。
 もちろん、広い屋敷だ。横川さんの霊がふらふらと移動していたら、見つからないことはあるかもしれない。
 でも、他にもポイントはある。
「それに、宏美さんは言っていました。この屋敷で以前、亡くなった人がいると」
「そいつも同じような状況だったなら、同じように、霊はこの屋敷の中をうろついていてしかるべきだ。だけど、それも見つからない」
「つまり、この屋敷に霊はいない?」
「それもありえない。横川といい他の被害者といい、明らかに普通の殺人事件じゃあない。でも、それじゃあ、どういうことだ?」
「こうは考えられませんか。つまり、霊は法則通り生まれている。でも、その霊は、すぐに除霊されている」
「除霊する幽霊が、この屋敷をうろついているっていうのか?」
「所長。除霊は、何も、私たちがやるような、真言とお祈りを用いたものだけじゃないはずです。霊を除く。ただそれだけの行為をしているんだとしたら」
「……霊が、霊を連れて行っている?」
 私は、こくりと頷いた。
「やっぱり、ここの幽霊は、仲間を欲しているのかもしれません。少なくても、霊を連れて行ってるんです。やっぱり巣はどこかにあるんでしょうし、そこに、今まで殺された人の霊が全部集まっていてもおかしくない」
「けど、そんな場所は、どこにもなかった。さすがに霊だから、物理的なスペースはいくらもいらないだろうが……」
「ただ、霊が霊を連れて行ってるのなら、この屋敷のどこかではあるはずです。壁とか床は関係ないかもしれませんけど」
「どこか、か。ちっ、結局は場所か……」
 私たちが困惑していると、バタン、と隣の部屋で音がした。
 私と所長は顔を見合わせる。
「……見に行ってみるか?」
「はい」
 ごくりと喉を鳴らし、嫌な予感を抱えながら、横川さんの部屋を出る。
 隣の部屋は、参加者の人……、たしか、白髪交じりのおじさんがいたはず。
 所長は扉をコンコンとノックし、
「すみません。大きな音がしましたけど、何かありましたか?」
 声をかける。けど、中からは返事がない。
「開けますよ!」
 ひときわ大きな声をかけ、ノブを回す。鍵はかかっていなかった。
 ガチャリ、と開く扉。軋みながら開いたその先。
「ッ!!」
 そこには、やはり、男の人が倒れていた。白髪交じりの男の人――この部屋の主である参加者だ。
 意外だったのは、男の人の隣に、別の人がいたこと。あれは、橋を燃やしたおじさんだ。
 所長は倒れた男の人の首元に屈みこみ、脈を診る。そして、首を横に振った。
「やられた。二人目だ」
 そして、顔を上げる。
「あんたがやったのか?」
「ち、違う。いきなりこいつが苦しみだして……、死んだんだ」
「ふうん。じゃあ、あんたはこの部屋で何をしていたんだ? この部屋は、こいつの部屋だろう」
「そ、それは……」
 視線をそらすおじさん。そんなおじさんをにらみながら、所長は言う。
「当ててやろうか。こいつと“取引”しようとしたんじゃないのか? 自分がゲームをクリアしたら金をやるから、ゲーム続行ができるよう、口添えしろって」
「ッ!!」
 おじさんが顔面蒼白になる。きっと図星だ。
「あんた……、本当に、人の命をなんだと思ってやがるんだ!」
「だ、だって、か、金がなきゃ! 死ぬしかないんだぞ!! 今ここで死ぬか、帰って死ぬかの違いだろうが!!」
 叫んだおじさんは、部屋から飛び出していった。所長が追わないので、私も黙っている。
「……今ここで死ぬか、帰って死ぬかの違いか」
 ぽつりと、所長がこぼした。
「ここに集まってんのは、そんな奴ばっかりなんだろうな」
「千早の言う通りなら、そうでしょうね」
「ゲームとしちゃあ、必死になる奴ばかりのほうが面白いだろうが……。胸糞悪い」
 吐き捨てる所長。だけど、その気持ちは、私にも理解できた。

◇ ◇ ◇


 白髪のおじさん――かんむりさんという作家さんらしい――は、横川さん同様、離れに運ばれた。
 橋を燃やしたおじさん――上尾かみおさんによると、冠さんは、上尾さんと話している時に、いきなり苦しみだしたらしい。そして、そのまま倒れて亡くなった。
 上尾さんは、どう見ても霊能力などない。本人も、冠さんはいきなり苦しみだした、というだけ。それだけだと、どんな幽霊がいたのか、はっきりしない。
 もしその瞬間に立ち会えていれば、犯人が見えたはずなのに……。悔やんだところで、現実は帰らない。
 その日の夕食は、とにかく味気なかった。上尾さんを含めた参加者は全員、食堂に集まり、ぼそぼそと食事をする。けど、全部食べ切ったのは、所長と千早だけだった。
 食事のあと、所長はその場から動かないみんなを見渡し、口を開いた。
「みなさん。提案ですが、これから先、なるべく一人にならないほうが良いでしょう」
 その言葉に、うつむきがちだったみんなが顔を上げる。
「どこぞのバカのせいで橋は落とされてしまったが、しばらくは堪えられます。ただ、それは、この屋敷が安全であるという前提の下で、です。ご存知の通り、この屋敷には、得体のしれない化物が住んでいる」
 みんな顔を見合わせる。二人も死んでいるんだから、否定のしようがない。
「問題は、犯人がどんな奴かわからないということだ。一般的には幽霊と呼ばれる存在なんでしょうが、確認できていません。最悪、この中の誰かが殺人犯という可能性だって、ゼロじゃない」
 ごくり、と誰かが喉を鳴らす。所長は、そのまま続ける。
「できれば二人、可能なら三人以上で行動すれば、人にせよ幽霊にせよ、動きは取りづらくなります。そして、何かあった時は、大声で叫ぶこと。そうすれば、他の人間が駆けつけることもできます」
 それはきっと、私たちが、という意味だろう。私が駆けつけることができれば、幽霊の姿を見ることができる。そうすれば、喉から手が出るほど欲しい情報が手に入る。
「これはあくまで提案ですが……、反対される方は?」
 すると、意外にも最初に手をあげたのは、仙田さんだった。
「私は皆さまのお世話という仕事がございます。ですので、皆さまのお手を煩わせるわけには」
「仙田さん。状況が、そういう状況でないということは、ご理解いただけませんか」
「ですが……」
「いいんです、仙田さん。仙田さんは、私と行動を共にしてください」
 言ったのは、宏美さんだった。お嬢様に言われたせいか、仙田さんも、それなら、と押し黙る。
「他に反対する人は」
 沈黙。誰も答えないのを見ると、所長は深く頷いた。
「できるだけ、食堂みたいな、みんなが集まれる場所にいたほうが良い。特に夜は」
 そう締めくくった。