夕食の後。私と所長は、例によって、所長の部屋に集まった。
「ちょっと、今まで分かっていることを整理するか」
「はい」
 所長は紙を取り出し、メモを書き連ねる。
「まず、最初にこの土地を買ったのは、岡部正。彼は、この土地に和風の屋敷を建築し、住んでいた。また、孤児院の子供たちをここで遊ばせたりもしている」
「そんなことをしていたくらいだから、その頃は幽霊が出なかったんでしょうね」
「そうだろうな。そして、正の死後、岡部邦夫は受け継いだ屋敷を取り壊し、新しい建物を建築した」
「その後、邦夫さんはこのお屋敷に住んでいません。そして、家族にも、この屋敷に近づくことは許さなかった」
「岡部邦夫は、この屋敷に悪魔が住んでいると言っていた。そして、家族にも屋敷を使うことを許さないまま亡くなった」
「……こうして見ると、やっぱり邦夫さんは全てを知っていたはずなんですよね。でも、誰にも教えていない」
「そうだな。問題は、岡部邦夫は何を知っていたか、だが」
「それは当然、ここに霊がいて、人を呼んでいるってことですよね」
「そうなるだろうな。だが、岡部邦夫は、除霊するでもなく、屋敷を封じるよう命じた。なんでそんな、半端な真似をしたんだ? もっと言えば、工事中に原因があって霊が出るようになったのなら、工事をやめちまうなり、中断して除霊するなりって方法もあったはずだ。なのに、なぜそうはしていない?」
「それは……、どうでしょう」
 時系列をメモで見ながら、首をかしげる。
 事が始まったのは邦夫さんの代。その時に何かがあった。なのに、邦夫さんは何も――。
 ……その時?
 なんだろう、すごく、違和感がある。
「あの、所長。そういえば、この土地を買ったのは、岡部正さんの時代ですよね」
「ああ、そうだな?」
「岡部邦夫さんは、お父さんから受け継いだ屋敷をわざわざ取り壊して、このお屋敷を建築しています。水車とか、発電設備まで」
「その通りだ」
「きっと、この山奥です。大変な工事だったんでしょう。なのに、ここには住んでいません。それは、幽霊が出るから、ってことなんでしょうけど」
「悪魔が住んでいるとわざわざ吹聴するくらいだから、実際そうなんだろうな」
「ところで、邦夫さんは、霊感があったんでしょうか?」
 ふと、所長の動きが止まった。
「……そういや、そんな話は出なかったな」
「邦夫さんは、ここに悪魔が住んでいると知っていた。でも、どうして幽霊が住んでいて、悪さをしていると信じられたんでしょう」
「そりゃ、霊障が実際にあったってことなんだろうけど……」
「どのタイミングで? ここの霊障は、人が死ぬって形で出ます。けど、屋敷を建てた後には誰も住んでいませんし、宏美さんが記憶している限りでも、死者が出たのは一度きりです」
「じゃあ、霊感があって、実際に幽霊を見たとか」
「それなら、それが悪魔と呼べるほど恐ろしい霊だなんて、わかりませんよね? 霊障が出ていないんですもん。私だって、霊を見た時に、呪詛の霊かどうかくらいは判別できますけど、その霊が実際に何を引き起こすかなんてわかりませんよ」
「……なるほどな。それだけ高い能力を持った霊能者だったって可能性もなくはない、が」
「もっと考えうるのは、邦夫さんは、実際に亡くなった方を見ているって可能性」
 そう、そうでなきゃ、邦夫さんが『悪魔が住んでいる』ことを知っているのは、平仄が合わないんだ。
 それが、違和感の正体。
 邦夫さんは悪魔が住んでいることを知っている。なのに、霊障については語られていない。だから、誰も霊の存在を知らなかった。
「……岡部邦夫は霊障を見ているんだ。つまり、ここで死んだ人は一人じゃない」
「しかも、おじいさんは一年に一度、この屋敷を訪れています。もしかして、それはお祈りをするためなんかじゃなく、遺体を片づけるためだとしたら」
「それを家族に隠していた、ってことか。この屋敷で人が死ぬという事実を」
 しかし、と所長は首を傾げた。
「なら、この屋敷を取り壊しちまえば済む話だ。霊が怖くて壊せないとしても、死体を隠す必要なんかなかったはず。岡部邦夫自身が殺しているわけじゃないんだ」
「でも、岡部さんの別荘にだけ死体が集まるってなったら、風評被害とか出ません?」
「それはあるだろうが、ここは長野の山奥だ。東京で働いていた岡部邦夫に、それほどダメージが出るとも思えんが。それに、ダメージが怖いなら、やはり建物を壊せばいい。これだけの屋敷を建てる金さえあれば、壊すことだってできたろうさ」
 なのに、それをしていない。そして、死体を隠している。
「……死体を隠す時ってのは、どういう時だ? しかも、自分が殺したわけじゃない相手の死体を、だ」
「それは、えっと、何かを秘密にしたいんですよね。この場合だと、ここに霊がいるということでしょうか」
「だが、家族には悪魔が住んでいると言っている。つまり、霊がいること自体は否定していない」
「だとすると……、霊の、正体とか? 邦夫さんは、霊が誰なのか知っていた?」
「その可能性は高い。そして、そいつを祓うでもなく、隠した。言っちまえば、殺人犯を匿ったんだ。それは何故だ?」
 殺人犯を匿う理由。
「それは、霊が知り合い――、いえ、ただの知り合いならそこまでしませんよね。だから、霊が人を殺すことが、おじいさんにも関係した?」
「おそらくだが、それはある。ただ、それだけなら、隠す必要はないはずだ。たとえば、源のじいさんが悪霊となって人を殺したとして、それでお前が何か悪いって話になるか?」
「……想像ですけど、なりませんよね。なんとなくですけど、霊が悪いことをしているからって、それが生前の家族のせいって話にはならない気がします。それこそ、霊が道連れを作ったっておかしくなさそうですし、そんな霊ができたこと自体、家族に責任はありません」
「そうだ。だが、邦夫は隠した」
「……まさか」
 霊が人を殺したからといって、それを隠す理由はない。ましてや、死体が定期的に出ることも、それを隠す必要があることもわかっていながら隠すなんて、そんな大変なことをする必要はない。
 つまり……、最初に殺したのは、霊じゃない。
「まさか、ここの霊は、生前から人を殺していた……?」
「それなら、説明がつくんだ。全てに」
 所長が言いたいことは、私にも理解できた。
 岡部邦夫さんが、霊の正体について言及しなかったのは、生前の殺人を暴かれたくないため。
 屋敷を改築したのは、もしかして、殺人の証拠を隠すため?
 それでいて住まなかったのは、ここの霊が恐ろしかったから、とか。
「俺たちは、とんでもない勘違いをしていたのかもしれない。今もこの屋敷で人が死ぬのは、霊が殺しているからだ。死んだ恨みで人を殺すほどの力を持った霊というと違和感もあるが、生前から人を殺していた奴が、生前の行動を繰り返しているとしたらどうだ」
「自分が死んだことを理解していない……。それなら、事故現場にいる霊と同じです」
「そういうことだ。ここの霊は、恨みなんかない。ただ、人を殺すというルーティーンを繰り返しているだけなんだ」
 ――ぞくりと、背筋が震えた。
 ただ霊が人を殺しているというだけよりも、もっと恐ろしい。
 千早の言葉が、こんな時に思い返されてしまう。人を最も多く殺しているのは、人。
 ここにいる霊は、その体現なのかもしれない。
「そして、岡部邦夫は霊の正体を知っており、なおかつそいつが生前から人を殺していることを知っていた。そうなると、その霊の正体ってのはなんだ」
「決まってます、よね。岡部邦夫さんの代に、この屋敷を定期的に訪れていた人はいません」
「ああ。この屋敷の霊は、建物を改築する前からいたんだ」
 ごくりと、喉が鳴る。
「霊の正体は、岡部正だ」