所長と、霊の正体を見極めてから。
 私たちはとにかく屋敷の中を歩き回った。今回探すのは、岡部邦夫さんが隠そうとした、殺人の証拠。
 改築してまで隠そうとしたんだから、屋敷の中にヒントはない。あるとすれば、岡部正さんの時代の痕跡。
 だけど、そんなものは簡単に見つからなかった。それも当然で、当時の屋敷は全て壊されてしまっている。それでも悪魔が出るのなら、悪魔は当時の屋敷でねぐらにしていた場所に、今もいるはず。
 仙田さんの記憶を頼りに台所だった場所なんかを探してみるけど、やっぱり、霊の姿は見当たらない。
 そうこうしているうちに、日が暮れてしまった。簡単に夕食を摂り、みんなは男女で別れ、部屋にこもる。
 私と所長も、所長の部屋に集まり、打ち合わせを始めた。内容は、今から調査をするか否か。
 夜なら、幽霊は活性化している。そのぶん、見つけやすい。けど、危険も高まる。そんな時間帯に調査をすることは、誰より所長が反対した。
「俺の力で、お前を守れる自信がない」
「でも、今、この時間に調査をしなかったら、また犠牲者が出ます」
 調査をすべき、というのが私の主張。危険だ、というのが所長の主張。
 どっちにも一理はある話。だけど私は、とにかく今、調査をするしかないと思っていた。そうしなきゃ、ここの幽霊は見つけられない。
「いきなり襲われる可能性だってあるんだ。その時、俺一人じゃどうにもならんかもしれないんだぞ」
「それは昼間でも同じことです」
「昼間なら、屋敷の外に逃げればいい。日光が当たるような場所に、霊は追いかけてこないだろう」
「昼間じゃダメなんです。霊が活性化していないと」
「……何か案があるのか」
「真言を唱えてみるんです」
 私の提案に、所長は目を丸くした。
「どういうことだ?」
「ここの霊は、霊ならば巣に連れて帰る習性があるんだと思います。そして、以前、所長も言っていましたよね。遠くで唱えられる真言は、霊にとって耳障りだって。同じことをすれば、霊にとって、所長の真言はイライラするはずです。巣から出てきて、同じように、私たちを殺して巣に持ち帰ろうとするかも」
「その瞬間を狙うってのか? 除霊で霊を弾いて、現象を追いかける――?」
 こくりと頷く私に、所長は首を横に振った。
「ダメだ。あまりに危険すぎる」
「所長。もう、二人も殺されているんです。そして、助けがすぐ来られる状況じゃない。このままだと、みんな殺されちゃうかもしれないんです。なら、危険を冒してでも、何かをしなきゃ。それに、今なら霊の正体も想像がついています。理由も。なら、あとは、本人を前に除霊をしてみるしかないんです」
「それは……」
 口ごもる所長。そんな所長に、私は頭を下げた。
「お願いします、所長。私一人の力じゃ無理なんです。所長の力がいるんです」
「……」
 しばしの沈黙。やがて、じゃらり、と数珠が鳴った。
「まず、1階の部屋に経文を書いた札を張って清める。そして、廊下で真言を唱えよう。札がどこまで有効かわからんが、何もしないよりはマシだろうし、逃げ道にはなる。それでも無理なら、窓から脱出する」
「了解です!」
「本当に、返事だけはいいな、お前」
 苦笑する所長。だけど、その笑顔を見ていると、なんだか安心した。

◇ ◇ ◇


 1階の応接室は、もともと十字架もあって、霊も近寄りにくそうだということから、そこを清めることにした。
 部屋の四隅に塩を乗せたお皿を置き、四方の壁には所長が書いたお札を張る。キリスト教と仏教のコンビネーションという事実には、とりあえず目をつむっておくとして。
 そして、部屋を出たところで、所長は数珠を構えた。
「行くぞ、源。左右に目を光らせろ」
「はい」
 夜。最低限の明かりしかない通路は、暗い闇がわだかまり、恐怖をあおる。
 ごくり、と意図せず喉が鳴った。
「オン」
 所長の声が、屋敷に響く。
「ナウマク サンマンダ バザラ ダン カン」
 しん、と静まり返った屋敷。まるで、私たち以外の、誰もいないような。
「オン ナウマク サンマンダ バザラ ダン カン!」
 響く声。徐々に、廊下の気温が下がっているような、そんな気にさえなってくる。
「オン ナウマク サンマンダ バザラ ダン カン!!」
 所長の力強い声が、ふっと途絶えた。
 明かりが消える。真っ暗になった廊下。
「所長ッ!?」
 声をあげるが、返ってこない。振り返っても、闇しかない。
「所長、所長!!」
 目の前に手を伸ばす。そこには、応接室の扉が――。

 ない?

 目の前の空間に手を伸ばしても、何もない。そんなわけない。だって、部屋の目の前で祈祷を始めたのに。
 暗闇の中を、触れるものもないまま歩く。そこで、かつん、と足が何かに当たった。
 足を止め、手で足元を探る。なんだろ、これ。丸い? よくわからない。
 私が再び立ち上がった時、ふと、前方にぼんやりと何かが浮かんでいるのが見えた。
「あれ……」
 白い影。そう、あれは、霊だ。
 屋敷に来て、初めて見た霊。ぼんやりと見えるその姿は、女の人のように見える。
 ううん、あれは、女の人だ。長い髪。女の人にしては背が高く、鋭い目をしている。その、怜悧な眼差しが、私を射抜いている。
「あ、あの。あなたは、いったい?」
 霊は、答えなかった。所長の言葉を思い出す。
 霊と、私たちは、住んでいる世界が違う。だから、真言に乗せて、霊でも理解できる言葉で語りかけるんだ、と。
 でも、あの霊が何を思っているのかわからなければ、問いかけようもない。
 せめて、何か明かりを……。
 ふと、ポケットにスマホが入っていることを思い出した。電波が届かないからすっかり存在を忘れていた。
 ポケットからスマホを取り出し、ライトをつける。それで、周囲を照らす。
「ッ!?」
 携帯電話のライトじゃ、照らせる範囲はたかが知れる。でも、そのたかが知れる範囲でも、はっきりと見えた。
 白い、丸いもの。ふたつの窪み。これは、骨だ。頭蓋骨だ。
 それも、ひとつやふたつじゃない。百以上の頭蓋骨が、そこらに散らばっている。
 タイル張りの床。大きな台に、窯。煙突。包丁。サーカスにあるような、大きな動物用のゲージ。
 まるで食堂のような、それでいて、ありえないほどの“死体”に囲まれた、異様な場所。そこに、幽霊が立っていた。
「あな、たは、いったい……、何を、していたの」
 推理はしていた。だから、霊の巣窟には、それがあることも理解していた。
 でも、実際に遭遇しては、まったく違った。これだけの人骨。檻。そして、それらとは全くそぐわない、厨房設備。
 それらが、たったひとつの言葉で、すべて説明できてしまうということ。

 ――あの霊は、人を食べた。

 宏美さんのおじいさんの言葉が蘇る。
 この屋敷には、悪魔が住んでいると。
 おじいさんは、知っていた。この屋敷に、人を食べる霊が住んでいるということ。だから、この屋敷には近づかなかった。
 でも、じゃあ、なんで建て壊しをしなかったの? 屋敷さえなくなれば、霊も人を食べることはできないのに。
 答えは、簡単だ。この人骨だ。
 あの人は、生前から、人を殺して、食べていたんだ。
 そして、この大量の人骨。こんなもの、自分一人で処分できる量じゃない。
 だから、この屋敷を改築した。この人骨を隠すため。きっと、この部屋の入り口をふさいでしまうため。
 ふと、宏美さんの話が頭の中にフラッシュバックする。

 邦夫さんおじいさんが、屋敷を改築しておきながら、屋敷には住まなかったことも。
 邦夫さんが、極端なベジタリアンだったことも。
 ひいおじいさんは使用人と二人で住んでいたことも。

 あの人は、きっと、永田千代さんだ。岡部正さんの使用人。
 彼女は、私と所長の推理通り――人を殺していたんだ。そして、厨房設備で“調理”して、食べた。
 その後、千代さんは、事故で亡くなった。けど、自分で自分が死んだことを理解できず、岡部正さんの世話を続けようとした。
 人を殺して食事を作り、部屋の掃除をし、この屋敷に仕え続けた。
 岡部邦夫さんは、その事実に気付いていた。だから、屋敷を改築して証拠を隠した後も、この屋敷には寄り付かなかった。
 それでいて、1年に1度はここを訪れていた。それは、千代さんの霊を成仏させたいからであり……、彼女が殺した人の肉体を、処理するためだったんだ。
 誰も除霊に呼ばなかったのは、人が死んでいる可能性があるから。死体が発見されれば警察が来てしまうし、捜査が開始されれば、せっかく隠した人骨が見つかってしまうかもしれない。
 だから、誰も呼べなかった。
 一方で、おじいさんは、たくさんの人が殺された事実と、あるいはその姿を目の当たりにしていた。だから、肉が食べられなくなった。家族にも、食べることを許さなかった。きっと、肉を目の当たりにすることすら嫌だったんだ。
 そうして、この屋敷は封じられた。それを、イベントのせいでこじ開けてしまった。
 やって来た人を、あの霊は殺す。霊は生きている人を食べることはできない。代わりに、霊を、食べたんだ。
「……」
 ごくり、と喉が鳴る。何もかも直感だった。何もかも、裏付けできるものなんてなかった。でも、それが正しいんだと、直感が告げていた。
 私は、震える手を握りしめる。
 今ここで、あの霊を除霊しなきゃ……、きっと、もっとたくさんの人が、食べられてしまう!
「怖い、けど」
 やるしかない!