正門あたりで、烏丸太陽は足を止めた。
 うららかな春の陽気。風に花の香りが乗り、心と一緒に体まで軽くなるような感覚。
「天気いいなー」
 学生服姿の男子は、そんな日差しの中で顔をほころばせた。
 太陽はグキッと首を鳴らし、
「よしこれはもう授業とか受けてる場合じゃないなうん。仕方ない仕方ないってことでエスケープだ!」
「させるか馬鹿」
「がふっ!?」
 鉄拳制裁。
「……。先生。体罰とか知ってますか」
 ふん、と鼻を鳴らしたのは、獅堂という女性教師だった。凛とした佇まいと、男女関係なしの厳しさから、鬼の獅堂と恐れられている。
「お前は心にダメージを負わない人間だからいいんだよ。だいたい朝っぱらからハイテンションになってんじゃないよこれだから若者ってのはねぇ」
「俺にもハートとかあるんすけど。てか。先生もまだ二十代じゃ」
「うっさいよ女に年齢のことを聞くとか馬鹿か。ほら、あんまアタシの手を煩わせんじゃないよ。今何時だと思ってんだ、そしてアタシの血圧がいくつだと思ってんだ」
「低血圧なんすか?」
「いや、高血圧」
「時間とか関係ないじゃないっすか!」
「細かいこと気にするな馬鹿。それより大事な話があるんだよ」
 屈んだ女性教師。地面に倒れた太陽を見下ろし、
「烏丸。京都からあんたを連れ戻しに来たやつがいる」
「はぁ? 今さらっすか」
「事情なんざアタシが知るか。ともかくな、伝えたからな。自分で気をつけろよ」
「そういうの無責任じゃないすか」
「馬鹿。自分で自分の身を守るのは都市に住む妖怪の基本だよ」
 一瞬、獅堂の背後に、かげろうが揺らめく。頭上に耳の影をそなえた姿は、人間にはありえないもの。
「はぁ……」
 立ち上がり、太陽は服を払う。
「じゃ、せめて、どんな奴が来てんのかくらい教えて下さい」
「知らん」
「クソの役にも立たねえ」
「ようしお前をクソ溜めに叩き落してやる」
「ノーノー、ジョークっすよマイティーチャー、HAHAHA」
「冗談はさておき、本気で気をつけな。それと授業には出ろ」
 ひら、と手を振り、女性教師は立ち去ろうとする。その背中に、太陽は声を投げかけた。
「ちょっとー、せんせー、本気で俺を見捨てるんすかー」
「うっさいニコチンが切れたから機嫌が悪いんだよアタシは」
「このニコ中めがはっ!?」
「機嫌が悪いって言ったろー」
 投石の横に沈んだ太陽は、あんたの方が危険だ、なんて思っていた。

 放課後。太陽は、のんびり家路を歩いていた。
 今日は部活動も休みの日。太陽の通う高校は、全員がなにがしかの部活に所属することを義務付けられているが、活動のない日だってある。
 ちなみに太陽は手芸部。特に手芸が好きというわけではないが。
 ぷらぷら歩いていると、
「お?」
 同じ学校の女子生徒と、着物姿の女の子が話しているのが見えた。季節は春、お祭りの時期にはまだ早いし、着物姿というのも珍しい。しかも、居住まいにはどこか着なれた感があった。
 興味が沸いた太陽は、二人に近づいてみた。ようよう見れば、女子生徒の方は見知った顔だった。
「んー、この人ねぇ」
「そう、知りませんか?」
「うーん、知らないなぁ。でもでも、この朝霧ルナ、困った人を見捨てるほど薄情じゃないよ! 一緒に探すの手伝ってあげる」
「え? 本当ですか?」
「うん! その代わりと言っちゃなんだけど、あたしのお願いも聞いて欲しいな。そんな難しいことじゃないよ、ちょっと珍しい動物を探すだけ――」
「見知らぬ人を変な趣味に巻き込むんじゃねえ」
「はぎっ!?」
 ノーモーションから蹴り一発。女生徒は普通に吹っ飛び、ごろんと路上に転がった。
「いったいなー、いきなりなんばすっとね!」
「鉄拳制裁は良くないなと学習したから鉄脚制裁」
「何の話よ。って、げ」
「何が、げ、だ」
 転がった女生徒をにらみつける。ややつり上がった眼差しが、気まずそうに明後日の方を向いた。
 朝霧ルナ。粗雑な扱いをしてはいるが、これでも太陽より上級生である三年生。悪い意味で学内での有名人だ。
 ルナはぶんぶんと首を振り、
「いやいやいや。げ、じゃないよ、きゃーすてきーの聞き間違いよ」
「堂々と嘘をつくなあんたは。てか、この子、誰?」
「だーかーらー、なんか、友達を探してるんだって」
「何も説明してねーだろが」
 ルナからもう一人の少女に視線を移す。今どき珍しい着物姿で、何故か片目を眼帯で覆っていた。
「んで、あんたは?」
「この人を探しているんです」
 少女は人相書きのようなものを出してきた。写真じゃないんだな、と思いつつ、太陽は人相書きを見やる。
 わりかし鋭い顔つきだ。余白にはいくらかの特徴が描かれている。
 身長五尺半、濡れたような黒髪、痩せ形、引きしまった体躯。
 なんかどこかで聞いたような特徴。
「ちなみにお名前は」
「多々良くるみ」
「でなく。この似顔絵の」
「烏丸太陽」
「人違いです」
 全力疾走しかけた太陽の肩を、くるみと名乗る少女が引っ掴む。
「それで通るとでも?」
「世の中にはよく似た他人が三人はいるらしいぜぃ」
「脳みそコネコネしたら自分の名前を思い出すでしょうか」
「すいません俺がやりました」
 何をやったかはともかく。
「というか。いきなし逃げないでもいいでしょう。私は、単にあなたを迎えに来ただけです」
「それで逃げられないと本気で思ったん?」
「逃げる理由がないでしょう」
 そんなわけない。
「ですが、あなたがそういう態度であるのならば、こちらにも考えはありますよ。多少ならば怪我をさせてでも、という里長の御命令ですから」
「え。ばっちゃん、そんなぶち切れたん?」
「里長は半年前に交代しました。今の里長は不知火様です」
「そいつは知らねえけど、じゃ、なんだ、ばっちゃんは?」
「今もお元気です。里長とかやっているより畑仕事がしたい、と仰せです」
「無駄に元気だな」
 よかったよかった、などと言いながら、じゃ、とか立ち去ろうとする太陽。その肩を、くるみはガッチリつかむ。
「だから。逃がさないと」
「えー……」
「それだけ反抗的であるならば、仕方ありません。武力制圧させていただきます」
 くるみは、たもとから木ベラを取り出した。木製の、十センチ程度のヘラだ。
「しゃもじ?」
「違います。妖力を吸い取るという霊木を切りだして作った、除妖刀という武器です」
 しゃもじのようなヘラを構え、くるみは言う。
「妖怪としての力を失えば、あなたも逃げることを考えなくなるでしょう。スパっと終わらせてあげます」
「音がおかしくね!?」
「問答無用!」
 ヘラを振りかぶり、襲いかかるくるみ。太陽は思わず避ける。
 と、くるみは勢い余って空振りし、そのまま壁に激突した。
「うぐ……、いたひ」
「あー、大丈夫か?」
「ぐぐ、この程度!」
 起き上がったくるみ。再び向かってくるが、太陽も今度は冷静だった。ひょい、と避け、そのまま足を前に突きだす。
「うきゃっ!?」
 普通に足を引っ掛け、そのまま、ずべんと転がった。
「う、うう」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
 太陽に手を貸して貰い、くるみは起き上がる。
「ふ、ふふ。まさか、あなたがこれほど体術に優れているとは思いませんでした」
「そら特別に優れているわけじゃないからなぁ」
「ですが! これで終わるなどと思わないことです! 私はいつでもあなたを狙っていますので、お忘れなく!」
「あ、諦めるんだ」
「誰が諦めますか! 出直すだけのこと! 覚えてなさい!!」
 たた、と走ったくるみ。途中でべたんとずっこけ、また涙目になってから、今度は自力で起き上がって走り去った。
「なによカー君、あれ君の彼女?」
「んなわけないだろーが」
「でも、なんか仲良さげだったじゃん。このこのぉー、隅におけないなー、君って子はー」
「イラッときたんですけど」
「最近の若者はキレやすくて困るね」
 肩をすくめるルナを横目に、面倒なのが来たな、と心に思う太陽なのであった。



   
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