数日後。
 あれから襲撃もなく、太陽はごく平和な日常を満喫していた。
「さて、昼飯か」
 昼食時。弁当など一切用意していない太陽は、食堂に足を向ける。すでに混雑しているだろうが、まあ何とかなる、というのは彼の信条。
 そうやって、たらたら廊下を歩いていると、
「ようやく見つけました!」
「人違いです」
 さらっと流してそのまま歩き去ろうとするが、
「だから! それで通ると本気で思っているんですかあなたは!?」
 通るとは思っていないが、通って欲しいとは思っている。
「で? なんで、あんたがこんなとこにいるんだ」
 太陽は目の前に立つ少女を見やる。なんか自慢げな表情が激しくウザったい。
 多々良くるみは、例の着物姿ではなく、ちゃんと制服姿だった。いや、ちゃんと、と言うのはおかしいかもしれないが。
「なぜ? 何故と聞きやがりましたかあなたは。私の目的をお忘れですか?」
「俺は京都になんざ戻らないぞ」
「ふふ、そう言っていられるのも今のうちです」
 やけに自信満々だった。それが気にかかり、太陽は少しばかり眉をひそめる。
「何か秘密の作戦でも用意してきたってのか?」
「もちろんですとも。確かに、私の体術ではあなたに遠く及びませんが」
「誰にも及ばないだろうが」
「そんな事実は確認されていません。――ともかく、体術ではかないません。ですから、搦め手で攻めることにしました」
「それとウチの学生服を着ていることの関連性は?」
「あなたの身近に潜伏することで、あなたに精神的圧迫感を与えます。あと、あなたの評判を落として居づらくさせます」
「普通に陰険だなオイ!」
「外堀を先に埋めるのは兵法の基礎です。それが嫌ならば、私に従い、京都まで同行してください。でないと、あなたは教室で他の生徒から視線をそらされたり、こそこそ噂話をされたり、女子生徒からあからさまに机を離されたりしますよ」
「マジかよ……」
 別に目の前の女と面識があったわけではない。だが、太陽は、この女が普通にそーゆーことをやるとわかっていた。
 妖怪ってそんなもんだ。
「てか。お前、普通に人間の生活を知ってんじゃねえか」
「あなたを見つけるまで一週間くらい学校生活を送りましたので、流れは把握しました。今は授業中に席を立とうとして怒られることもありません」
「どんだけ探してんだ」
「この学校が広すぎるのです! 里の全員を合わせたより多くの人間がいるではありませんか!」
「妖怪基準で考えりゃ、そりゃそうなるだろ」
 妖怪は基本的に一種族につき一人。当人が死んで一年もすると、子が生まれてくる。当然、数はさほど多くない。
「それに学食の食事は美味しいですし、近隣の飲食店も美味しい食事が揃っていますし……」
「仕事よか食べ歩きを優先してんじゃねえか。つーか。お前、人間の金はあんのか?」
「無一文です」
「食い逃げじゃねえか!」
「冗談です。人間の社会であなたを探す以上、人間の貨幣も必要だろうと、里長から頂きました。お給金です」
「あぁ、そうかい。……まさか、今ここで会ったのも、たまたま学食に行く途中とかじゃねえだろうな?」
「ナンノコトデショウ」
「おい、俺の目を見て言ってみろ」
「そうやって私をたぶらかすおつもりですね、その手には乗りません」
「人聞き悪いこと言うんじゃねえ!」
 なんというか。自分より人間の生活を堪能しているんじゃなかろうか、と思う太陽。
「まったく。そんな調子なんだ、仕事なんてどうでもいいんじゃねえか?」
「そんなわけないでしょう。これは職務中の、ほんの息抜きです。それに、妖怪とて食事は必要です。人間とは別に」
 それは、太陽だって十分にわかっていた。妖怪は食事とは別個に、人間という存在が不可欠だ。
「じゃあ、せめて事情を聞かせろ。俺を呼び戻せって言ったのは里長だろ?」
 こくんと頷くくるみ。素直だ。
「今の里長、なんつったっけ、不知火?」
「はい、不知火様です」
「俺はそいつ知らないんだけどよ、どういう奴なんだ」
「不知火様は聡明で、高い目標を抱き、そこに向かってまい進していける素晴らしい方です」
「種族は?」
「鬼ですが」
「おにぃ?」
 鬼といえば、虎縞パンツと金棒を持つ、もっともポピュラーな妖怪。
「そんなもんいたのか」
「失敬な」
「あー、はいはい。んで? その不知火は、なんでまた俺を連れ戻せって言ってんだ。俺が京の里を出たのって五年くらい前だぞ? 中学に入る前だったし」
「私ごときが不知火様の遠大なる御計画を理解できるはずもないでしょう」
「……。つまり聞かなかったんだな?」
「よくおわかりで」
 ため息をつきたくなるが、そんなことをしても事態は改善しない。
「理由がわかんなきゃ戻れねえな。俺にだってこっちでの生活がある」
「人間との生活が妖怪に何の足しになると?」
 じとっ、とくるみの単眼が太陽をにらみつける。
「妖怪と人間は種族からして異なる存在です。そして、妖怪からすれば、人間とは単なる食料に過ぎない。そんな存在と仲良しになる必要がありますか? あなたは豚や牛と仲良くしている人間を見たことがあるのですか?」
「農家のおっちゃんは野菜に話しかけたり牛と会話してんぞ」
「いずれ食料にするための愛情です」
「ドライっていうか、普通にひでえ」
「農家の御老人が何を考えていても関係ありません。重要なのは、あなたが戻るか戻らないか、それだけですから」
「あー……」
 どう答えようか、太陽が迷っていると、
「こんなところで何してんだ、お前ら」
「あ、獅堂先生」
 廊下の反対側から獅堂瑞奈がやって来た。片手に書類束を持ち、もう片方には購買部で売っているパンの袋を持っている。
「ん? どなたですか?」
「妖怪にどなた呼ばわりされる筋合いはないぞ」
「……? あなたも妖怪ですか?」
 獅堂の表情がヤバい感じに変わる。太陽がちょっと引くが、くるみはそんなことに気付かない。
「――まあ昔よりかは妖力も減ったがねぇ。一本ダタラ如きに舐められる筋合いはないよ」
 瞬間、ほんのわずかではあるが、獅堂から妖力が漏れ出た。途端、くるみはビクリと震える。
「な、な、なんですかこの人!? 妖力の桁が違いませんか!?」
「あー、そりゃなあ。本気で知らないのか? 獅堂瑞奈っていやあ……」
「アタシは東北の里で長やってたんでねぇ」
 にらみつける獅堂。ビクッ、とまた震えるくるみ。
「学内じゃ余計なことしないように。烏丸はアタシが目をかけてる妖怪でもある。そのことをよーく胸に刻んでおきな」
「は、はい、承知いたしました」
 脅すだけ脅すと、獅堂は太陽に向き直る。
「ついでだ、烏丸。後でアタシんところに来い」
「今日は悪いことしてねっす」
「今日は、なんて言葉が口をついて出る奴はいつだって呼ばれることを覚悟しとけ」
 おっしゃる通り。
「昼飯を食ってからでいいからな」
 とんとん、と書類束で肩を叩きながら、獅堂教諭は去って行った。残されたくるみは、ハッと正気に戻ったように、
「ふ、ふふふ。さすがは烏丸太陽。味方までいるとは想定していませんでした。ですが! この程度で私がめげるなどとは思わぬことです」
「つーか俺はなんもしてねえ」
「必ずや! あなたを京都に連れ戻してみせます。しかと覚えておくことです!」
 ビシッと指を突きつけ、くるみは廊下を駆け抜けていった。
「いだっ」
 とりあえずコケることだけは忘れずに。
 起き上がり、ちょっと恨みがましい目で太陽を見た後、くるみは駆けるようにして廊下の向こうに消えて行った。
「え、今の、俺が悪いの」
 誰も答えてくれなかった。
 当然だが。



   
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