「ちっ……」
「ちっ、じゃねえ」
 ルナを先頭に、郁乃、太陽、獅堂と続く四人は、朝霧別邸の近くから続く階段を降りていた。
 獅堂が同行しているのは、太陽が無理やり引っ張り込んだためだ。
「何かあったら、それこそ俺一人じゃどうにもなんないんすから」
「大丈夫だよ。郁乃は小学生だが、妖怪だ。身体能力だけでいうならば朝霧には負けん。つまり、朝霧の行動範囲にある間は、郁乃も帰ってこられるってわけだ」
「そりゃ先輩を甘く見てますね……。朝霧先輩が自力で帰れる場所にしか行かないなんて本気で思ってるんすか?」
「自力で帰れなきゃどうやって帰るんだ」
「……」
「ああ……」
 若干、太陽の顔が青ざめている気がする。
「この階段はねー、三百年以上も前からあるんだって。普段はあたしも来ないんだけどね、この下に、洞窟があるのよ! 洞窟! このあたりでUMAが寝床にする場所なんていったらそこしか考えられないわ!!」
「わかってんなら最初から行きゃいいじゃないすか」
「一人で行って怪我したらどうするのよ」
「無駄に冷静っすねそれなら行くのをやめましょうよ」
「うふっ☆」
「誤魔化してんじゃねえ!!」
 石造りの階段は、何百年という時間の流れによって、風化が進んでいた。それでも手入れはされているのか、降りていくぶんには問題ない。
 手すりも何もないが、そのぶん海を一望できる。純粋に景色を楽しむことができたなら、どれだけよかっただろうか。
「到着!」
 階段を降り切ったところに、海水が入り込む洞窟があった。こちらも人の手が加えられた形跡がある。
「ルナ先輩、ここ、誰か来るんですか?」
「んー、たまにね。入ってすぐのところに、鎮魂塚みたいのがあるの。ほら、海難事故とかで亡くなると、このへんまで流れ着いたりするから」
「うげぇ……」
「そう言わない。マジメな話なんだから。で、そういう人の魂を慰めるため、塚があって、そこをたまに手入れするわけ。といっても、それは入り口までの話。奥の方にも洞窟は続いているんだけど、危ないからって、基本的に誰も行かない。だけど、UMAは別でしょ?」
「その理屈はどこから来た」
「普通の人が見つけられないような場所に住んでいなきゃUMAにならないでしょ」
「まあ、簡単に見つかるようなら、未確認生物扱いはされんだろうな」
 獅堂も同意する。それに気を良くしたのか、ルナは元気すぎる足取りで洞窟に踏み行った。
「ふふふ、待ってなさいUMA! 必ずやあたしが見つけて、フレンドリーな関係を築いてみせるんだから!」
「そういうところは純粋なんだけどな……」
 純粋すぎて困るというか。
 先頭を進むルナの背中を見ながら、太陽はふとした疑問を聞いてみることにした。
「そういや先生、俺らってもしかしてUMAっすかね」
「ん? 何故」
「だって、一般人には認識されていない生物なわけでしょう」
「それはそうだが、朝霧が我々は妖怪だといって納得すると思うか」
「――あー」
 もっと人外じみた姿なら納得したかもしれないが。
 妖化したところで、太陽たちは人間とそう大差ない。羽や耳、尾などは生えるが、それだけだ。極端に、それこそ緑色の肌で皿を乗せた上に甲羅まで背負うような生き物にはなれない。
 だが、ルナが求めているであろうUMAとは、そういうものだ。
「それに、妖怪は人に姿を見せることをよしとしていない。だからこその隠れ里だし、その外で住んでいる我々だって制約はある」
「そうだったんすか?」
「あたしは東北の現長とも交流がある。というか、街に住む妖怪は、里に住む妖怪と定期的な交流をすることが条件だ」
「俺は?」
「お前のことはあたしから報告している。京都じゃないが、里に報告していることには変わりないからな」
「そうだったんすか……」
「居場所をはっきりさせ、妖怪という存在を世俗に知らせないこと。それが街に出る妖怪の最低条件だ。だから、お前の場合はかなりギリギリだったんだぞ」
「あー、まあ、ばっちゃには行き先を言ったっすけど、その先のことまで考えてなかったっすからね」
 京都の前長と太陽は個人的に親しかった。だからこそ、里を出る時も、前長には話を通したのだ。だが、定期的な連絡が必要なことについて、前長は太陽に何も知らせていなかった。どういう意図があったのか知れないが。
「いずれ、聞いてみるかね」
「え? 何を?」
「あ、なんでもないっす」
 ルナに言葉尻をつかまえられてしまうが、太陽が答えると、ルナは再び上機嫌で奥に進み始めた。
 洞窟などと一口に言うが、たしかに入口はかなり広い。ルナが言っていた塚はかなり小さいものだったが、きちんと手入れされているのがわかった。
 簡単に手を合わせ、四人はさらに奥へ。ここから先は足元もならされていないため、慎重に進む。持ってきた明かりをつけると、ごつごつとした岩肌が目に入った。
「ん?」
「どうした、郁乃」
「これ」
 郁乃が指し示す先、岩肌の一部が欠けていた。高さはちょうど太陽の肩くらいだ。
「むむ」
 ルナがじっと眺める。その欠け方は、不自然に見えた。まるで誰かが手をついて、へし折ったかのように見える。
「やっぱりここにUMAが……!」
「ないない。たまたま手で折ったように見えるだけっしょ」
「むー。カー君ってばロマンがない」
「うん、カラスにはロマンがない」
「何故に駄目出しされにゃならん」
「あ、じゃあこれは!?」
 続いてルナが目をつけたのは、葉のついた枝。ここは海辺の洞窟、もちろん周囲に木はない。さらに、枝は折れたばかりのように新しく、しかもあまり濡れていなかった。波に寄せられたわけでもないようだ。
「突風でも吹いたんすかね」
「まだ認めない!? じゃあこれは!?」
 さらに指したものは、水に濡れた岩だった。どちらかと言えば水滴に近いかもしれない。水跡は、点々と洞窟の奥に続いていた。
「……観光客か何かじゃないっすか?」
「ええい何故に認めん! というかこれは! 明確に! 生物の痕跡でしょうが!!」
「あーはいはいそうっすねー」
「むぐぐ〜! ええい、本物をすぐに見せてやるわ! 行くぞ皆の衆!!」
「おー」
 ノリノリで先に進むルナと郁乃を追う冷静な二人。
「烏丸。お前はどう思う」
「確かに何かの生き物っぽい痕跡っすけど、妖怪ではないっすね」
 妖怪ならば気配でわかる。だが、ここには妖気もない。
「それで?」
「本当に観光客か何かじゃないっすか? ここ、珍しいくらいに整備されてて入りやすいし、ちょっとした冒険心か何かで行きそうな気がしますけど」
「うむ、あたしも賛成だ。だが、そうでない可能性も考えておけ」
「そうでない、って?」
「何かしらの野生動物だ。熊とか野犬のような類だよ」
 妖怪である太陽や獅堂は野生動物ごとき、どうということはない。だが、ルナやまだ子供の郁乃にとっては、生死に関わる相手になりかねない。
「あたしが妖気を出せば臆するだろうが、朝霧も無事じゃ済まないからな」
「ま、先生の妖気じゃね」
 獅堂は妖怪としては最高格。当然、妖気も強く、普通に見せるだけで一般人はあてられてしまうだろう。
 ルナは行動こそ規格外だが、一応は人間だ。
「あたしは朝霧の前じゃ全力どころか欠片も力は出せん。いざとなったら、お前が二人を守れよ」
「へいへい、了解」
 心配し過ぎだよ、などと内心で語りつつ、四人はさらに奥へ進む。



   
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