朝霧別邸。
 十畳ほどの応接間に、四人が集まっていた。
「さあカー君、解説よ。解説」
 太陽の正面にはルナ。左右には郁乃と獅堂。
 向かい合う形で、太陽は尋問されていた。机の上には温かいコーヒーが乗っているが、誰も手をつけない。
「いやあ、それは、まあ、忘れてもらえないっすかね」
「あんたそれで通じると本気で思ってんの?」
 ヤバい。何がヤバいって、普段はへらへらしているルナが、真面目な顔をしている。
 はぁ、とため息ひとつ。
「だから、あれっす。俺、妖怪なんすよ」
「妖怪、って、本気で言ってるの?」
「あれだけの姿を見てまだ信じないんすか?」
「じゃあ、京都出身とかいうのは?」
「それは本当っすよ。京都の山奥に妖怪の里があるんで」
「……はー」
 ぱちぱち、と目をしばたかせたルナは、太陽の隣を見やる。
「先生は? 郁乃ちゃんや先生もカー君が妖怪だって知っていたの?」
「もちろん。というか、あたしらも妖怪だからね」
「先生も妖怪!?」
「ああ。といっても、ここで妖化――妖怪の姿になることはできないけどね。そんなことをしたら、朝霧、お前が気絶する」
「えーと、あー、本気で?」
「本気も本気。あたしは嘘をついたことがない」
「それは嘘だろうけど。でも、はー、そっかー」
 思い出したようにコーヒーをすするルナ。すでに、ぬるくなっていた。
「カー君ってば普通の男の子じゃないなあってのは感じていたけど」
「え、マジで」
「当たり前でしょ。あたしに付き合える体力のある男子なんて、今どきはそんなにいないわよ?」
 あんたは何者なんだ、と問いただしたい衝動を、太陽はかろうじて抑えた。
「でも、なるほどね、カー君たちが妖怪、つまりはUMAだったわけだ」
「世間様で噂されているUMAの正体が俺らかって言われたら疑問すけどね。だいたい妖怪なんて、明治の時代にゃもう里に引っ込んで、人里にはそうそう降りてきてないっすから」
「だからこそ、よ。みんなが知っている存在ならUMAにはならない。それに、あたしが興味を持つこともなかったわ」
 ぺし、と額を叩いたルナは、仕切り直すように表情を変えた。
 それはもう、にこやかな笑顔に。
「……先輩?」
「よっしゃカー君! 生物部長として命じるわ、あたしの実験動物になりなさい!」
「全力で拒否します!!」
「えー。なんでよー。ちょっと妖怪ってのはどういうものか、調べたりするだけよ?」
「平気で人の羽をむしろうとするような人の、何を信じろって言うんすか」
「あたしとカー君の間には、今まで培ってきた信頼関係があるじゃない」
「いつ。どこに。誰と誰の間に。信頼関係ができましたか」
「ひっどい」
「あー、朝霧」
「はい先生」
 今までたいして口を開かなかった獅堂が、ようよう話を始める体勢になる。
「朝霧、お前は妖怪のことなど知らないだろうが、妖怪というのは普通、人間に正体を現さないものだ」
「それはまあ、なんとなくわかります」
「ところが、今回、やむをえない事情とはいえ、太陽がお前に正体を見せてしまった。これは、妖怪の掟に従えば、里に戻され罰を受けなければいけないくらいの罪だ。それと同時、お前自身にも危害が及ぶ可能性のある問題だ」
「あたしに?」
「そう。妖怪は自己中心的だ。少なくとも、人間のことなんて欠片も考慮しない。秘密を知った人間がいれば、平気で殺すか、少なくとも記憶を消さなければいけない」
「……殺す」
「そうだ。だが、あたしも烏丸も、そんなことをするつもりはない。いや、したくない、と言うべきだな」
 そこで、獅堂は表情を緩めた。
「朝霧。妖怪と人間は違う生き物で、普通、人間というのは知識欲には勝てない。今のお前のようにな。もし人間が妖怪の存在を知れば、妖怪側にとってはデメリットしかないんだ。そして、それは争いごとの火種にもなる」
「……」
「すまないが、黙っていてくれないか」
 ルナは、すぐには答えなかった。獅堂も答えを要求しなかった。
 太陽もなんとなく言葉を発しづらく、郁乃に至っては何を考えているのやら、窓の外を眺めていた。
 雨はまだ降り続いている。
「カー君、聞いてもいい?」
「なんすか」
「カー君が妖怪だってこと、他に知っている人はいる?」
「いないっす。ミハエルあたりは、普通ではないって感じているかもしれないけど……、少なくとも、俺が妖怪だってハッキリ知ったのは、ルナ先輩だけっす」
「そう」
 ぎしっ、とソファを揺らしたルナは、困惑を笑みで表現した。
「参っちゃうねぇ。あたし一人で秘密を抱えなきゃいけないの?」
「すんません」
「いいよいいよ。あたしは度量の広い先輩だから」
 ぱたぱたと手を振ったルナは、獅堂に向き直る。
「先生。何か制約のようなものはありますか。こう、選手宣誓、みたいな」
「ない。あたしからすればお前を信じるしかない。えらく不安だが」
「なんでよ!?」
「自分の胸に手を当てて聞いてみろ」
「ネコ」
 と、そこで郁乃が口を開いた。
「大丈夫。嘘じゃない」
「……ま、今のところはな」
「……? まあいいけど、てか、あたしが言うのもなんだけど、そんな簡単に信じちゃっていいの? いちおー、凄い秘密なんでしょ?」
「もちろん。だから、お前が言いふらせば、里から妖怪たちが大挙して押し寄せることになるだろうな。人間と妖怪の全面戦争だ」
「マジで?」
「嘘は言わないと言っただろう。妖怪たちは構わない、死んでもいずれ復活するからな。けど、人間はそうもいかないだろう。そして、妖怪は本気で人間を殺しにいくぞ」
「――先生、そこまでして秘密って守らにゃならんもんなんすかね?」
 太陽の疑問に、獅堂はすぐに応えることができなかった。
 沈黙の後、
「妖怪と人間は、関わり合いにならない方がいいんだよ」
「本気でそう思ってんすか?」
「少なくとも大半の妖怪はな。人間と妖怪は、種として違う。生き方も考え方も違う。そして、えてして人間ってのは、自分ではない生命に対して冷酷だ。あたしら妖怪は人間と変わらぬ知恵があるが、人間はそれを理解できんだろう」
「そんなもんすかね」
「そういうものだ」
「まあまあ。それより、まだしばらくここにいるんでしょ? 雨があがったら海に行こうよ! せっかくなんだから遊ばなきゃ!」
「歩くクラゲはもういいんすか」
「趣味は趣味。たまには息抜きも必要だし。ほら、お姉さんの水着姿、超見たいでしょ?」
「よし、郁乃、今度は息継ぎを教えてやるな」
「うん」
「おいおいカー君、ロリはいけないよ。犯罪だよ」
「先輩は限りなく犯罪者に近いんで」
「お? おお? そ、それはどういう意味なのかな」
「そういう意味で」
「えー」
「朝霧。今さらだが、不純異性交遊は教師の目が届かないところでやれ」
「先生。生徒を守りましょう。守りましょう」
「人を狼みたいにー」
「アサギリ。心の声がやましい」
「やっぱり!」
「やっぱりって何よ!!」
 さあさあと降っていた雨が、いつの間にか止んでいた。
 明日は晴れるだろう。



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