「烏丸太陽」
 太陽が部室で発売したばかりの漫画雑誌を読んでいると、くるみが声をかけてきた。
「文化祭とは何ですか?」
「ん? あー、なんて説明するかな」
 読んでいた雑誌を閉じ、太陽は思案する。
 今、部屋の中には二人しかいなかった。先生は職員会議、ルナは掃除当番だ。したがって、この問いかけに答えられるのも、太陽しかいない。
「祭りは分かるか?」
「神事のことですか?」
「そんな堅苦しいのじゃなくて、もっと気楽な感じだよ。ほら、夏ん時とか、神社でやってたろ。まあ、あれも神事っちゃあ神事だが」
「もしかして、料理を出す商店がたくさん並んでいた、あの時のことですか?」
「お前は本当に食べ物のことしか覚えちゃいねーのな。でもま、そうだよ。それを学校内でやるのが文化祭」
「ということは、料理店もたくさん出るのですね!」
「ああ。それだけじゃねーぜ、許可さえ貰えば、自分らで店を出すこともできる」
「自分たちで?」
「おうさ。何を作るか考えて、材料を用意して、みんなでわいわい作るんだよ。例年だとサッカー部と野球部はすげーな、対抗戦みたく売り上げを競ってっから」
「なるほど」
「そういや、お前のクラスは何やるんだ」
「……? 私のクラス、ですか?」
「おう。文化祭はな、クラス単位で何かしらの出し物を出すことが義務なんだ。演劇、出店、展示にイベント。何をやってもいいんだけどな。部活で出る連中は、クラスの出し物と掛け持ちになるんだよ」
「つまり、クラスで料理店のようなものを出す、ということですか?」
「ああ。その言い方だとまだ何も決めてねーな」
「ええ、まあ。おそらくは」
 9月も半ば。そろそろ文化祭の準備に取り掛からないと間に合わない時期だ。
 太陽のクラスも出店を出すとかで、材料の仕入先を選定しているところだ。
「部活とクラスが別、ということは、生物部も何かやるんでしょうか」
「そりゃルナ先輩次第だけどな。でもやりようがねえな」
 メンバーはほとんど三人だけ。生物部の活動はUMA探しという名の自主遭難。
 展示しようにも展示内容がない。まさか妖怪の生態とか出すわけにもいかないし。
「やあやあお待ち!!」
 と、噂の張本人が威勢よく入ってきた。ずかずかと自分の席まで進むと、どしんと座る。
「さ、カー君、変身だ!」
「仮面なんたらみたいに言わないでほしいんすけど」
 真夏に妖怪としての正体を明かしてからというもの、ルナは顔を合わせるたびにこれだ。
 太陽も、理由なく妖化はしたくないので、常に無視しているのだが。
「朝霧先輩。文化祭、何かやるのですか」
「んにゃ?」
 んー、と考えたルナは、
「カー君の展示とか」
「本気でやる気か!?」
「冗談よ、冗談」
 へらへら、と笑うルナ。だが全く信用ならない。
「冗談を抜きにすると、生物部として参加する予定はないわ。ほら、あたしも受験生だし」
「そうだったのか」
「学べるニュースじゃないのよ。一応、そろそろ本腰を入れないとヤバい感じ?」
「え、だって先輩は成績も悪くないっしょ?」
「そうね、カー君と違ってね」
「余計なお世話っす」
 太陽の場合は小学校での教育を受けていないという理由もあるのだが。
「でもまあ、あたしって国立狙いだし」
「正気?」
「あによ、あたしが国立じゃわーるいってか」
「そうじゃないっすけど。学校の勉強とか興味ないと思ってたから」
「実際にないけどね。国立の外国語学科を受けるつもり」
「ほー。へー。はー」
「太陽。コクリツのガイコクゴガッカとは何ですか」
「大学だよ、大学。国立大学っていってな、難しい試験を受けなきゃ入学できない学校があるんだよ」
「幻術で……」
「先輩は妖怪じみてるけど妖怪じゃねーの。てか、お前はそういう方法で入学しやがったのか」
「カー君、聞こえてるよ」
 こほん、と咳払い。
「まあ、そういうわけだから。だからターちゃんもカー君も、他の手伝いに行くなら行ってもいいわよ。手芸部とか大変なんじゃない?」
「たぶん」
 手芸部は毎年、演劇部の衣装や小物を手伝っている。だが、お互い弱小部、人員にはさほど余裕がない。
 去年は太陽も手伝ったが、今年は太陽がいないぶん、人手も足りないことだろう。
「ま、先輩のお許しが出たんなら、たまにゃ手芸部にも顔を出してみっかねぇ。くるみ、お前も来るか」
「いいのですか?」
「ああ。人手は多い方がいいしな。それに、妖怪ってのは、もっと人間と関わるべきなんだよ」
「食料と?」
「お前は半年もこっち住んでるんだから、いいかげんその発想を改めろ」
「しかし、事実は事実で」
「ねえねえターちゃんカー君。食料ってどゆこと?」
「あ、いや、まあ、なんというか」
「妖怪は人間から妖力を吸収しています。そういう意味での食料です。妖力が枯渇すれば、妖怪として、転生することなく死滅してしまいますから」
「……せっかく人がうまいこと説明しようとだな」
「できるのですか?」
「できねーけど」
 事実は事実。取り繕ったところで、本当のところは何も変わらない。
「え、なに、じゃあカー君もずっとあたしを食べてたってこと?」
「人聞きの悪いこと言うな!」
「あたしってば美味しくいただきますされちゃってたの?」
「あえて悪く言い直すな! ったく、まあ、そういうことっす。つっても悪気とかあるわけじゃなくて、なんつーか、妖怪の本能っていうか、人間が呼吸するみたいなもんで」
「そうよね……、男の子だもん、しょうがないよね」
「男は関係ねえ! というかその言い草はいい加減やめろ!!」
「ぶぅ」
 口を尖らせたルナは、言葉を続ける。
「でも、あたしって妖怪じゃないのに、妖力とか補給できるもんなの?」
「人間の生命力を俺らが勝手に変換しているんすよ。もちろん、俺たちは駄々漏れしてるぶんを少し貰ってるだけっすけど」
「あたしの残り香を嗅いでいるようなものね」
「例えに悪意を感じる」
「けれど、あながち間違ってもいません」
「そのあたりが余計にむかつく」
「じゃあお里の妖怪っていうのはどうしているの?」
「里っていっても、人里からそう極端に離れてるわけじゃないっすから。いまどき人間のいないところを探す方がめんどくせえってくらい、人間はどこにでもいるっすよ」
 江戸の昔ではないのだ。
 人間など、どんな場所でも住んでいけるようになったし、町は明るくなった。
 妖怪が妖怪としての力を吸収するに困ることなどない。そして、妖怪が妖怪として生きることもなくなった。
 そういう時代なのだ。
「というか、話が脱線しすぎだ」
 妖怪語りをしていても仕方ない。ガタリと椅子を揺らし、太陽は立ち上がる。
「じゃ、行ってくるっすよ」
「あいあーい。お土産は手編みのマフラーでいいのよ」
「恋人かっ」
「では私も」
 太陽とくるみは連れ立って部室を出て行く。一人で残ったルナは、椅子をきしませながら天井を見上げた。
「卒業したくにゃーいよー」
 未来にやりたいことはある。でも、今が楽しいのも事実。
「ま、そうやって大人になるんだねぇ」
 特に意味のない独り言が、壁に吸い込まれて消えた。



   
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