手芸部の部室に来たのは、太陽でさえ久しぶりだった。
「懐かしいなぁ、おい。うーっす」
「その声はタイぐおおおおお!!」
 扉を開いた直後、猛烈突進してきたゴリラ。太陽はそんな彼を容赦なく蹴飛ばし、踏み越え、室内に入った。
「よう、ミハエル」
「あ、太陽」
 部室の中にはミハエルしかいなかった。ただし足元の物体は除く。
 大きなテーブルの上には、所せましと布地やら裁縫道具やらが並んでいる。部屋の隅にかけられている洋服は、演劇で使用するものだろう。
「ウチは暇だからなー、手伝いに来てやったぜ」
「本当? 助かるよー、一年生の子、風邪で休んじゃってさ。作業が遅れ気味なんだ」
「そりゃ大変だな」
 どっかと椅子に腰かけ、太陽は入口の方を向いた。
「……? どうした、くるみ。入ってこいよ」
「ここで撃沈している彼は?」
「ほっとけ」
「はあ、わかりました」
 くるみもまた、容赦なくテッセンを踏み越える。妖怪は優しさがあんましないのだ。
「あれ? えーと、多々良さん?」
「おう。生物部は文化祭に出ねえってんで、くるみも連れてきた」
「ありがとう、手伝ってくれるの?」
「ええ。何をすればよいのでしょうか」
「その前に、お前は手芸の経験があるのか」
「あ。復活しやがった」
 テッセンは大きな体を窮屈そうに椅子に戻すと、くるみに問いかける。
「裁縫程度であれば多少は。衣を縫ったこともあります」
「そりゃ上出来だ。ウチはな、手芸部などという名乗りではあるが、アクセサリー類だけでなく洋服も作る。今は演劇部の依頼してきた衣装だけで手いっぱいだがな」
「今年は連中、何をやるんだって?」
「ジュリエットとロミオだそうだ」
「……。逆じゃね?」
「いや、正しい。なんでも、囚われのロミオをジュリエットが馬にまたがり助けに行く話だそうだ」
「逆じゃね?」
「普通にやっても面白くないというのだろう。一応、ジュリエットとロミオの衣装は揃えたが、端役の衣装がまだできておらん」
「さすがだな、テッセン」
 完成した洋服を見れば、それが手抜きしたものではないことが一目瞭然でわかる。放課後の時間だけで、採寸や生地を調達するところから始めると、時間などいくらあっても足りないだろう。本当に、ガタイに似合わず手先は器用なのだ。
「型はあるのですか」
「ミハエルが用意している」
「いくつかできてるよ」
 ぱっぱと手が進んでいく。くるみを連れてきたのは正解だったらしい。
 太陽も元は手芸部員だが、洋裁がそこまで得意なわけではない。なんといってもまだ学生、しかも洋裁の勉強を本格的にしているわけではないのだ。ミシンくらいは使えるが、細かい部分はどうしたって苦手。
 だが、くるみはそんなこともなさそうだった。もしかすると、彼女が来ていた着物も、自分で縫ったのだろうか。里にはミシンなどないだろうから、手縫いで。
「えらく暇なやっちゃな……」
「何ですか?」
「あ、いや、なんでもねえ」
「ねえテッセン、太陽たちが手伝ってくれるなら、買い出しに行こうよ」
「む、そうだな」
「買い出し?」
「そうそう。生地とか小物とか足りなくってさ。行きたかったんだけど、二人だけじゃ作業期間的にギリギリでね。でも、二人が手伝ってくれるなら、なんとかなりそうだし」
「そっか。じゃあ、いつもんとこ行くか」
「うむ! ならば行こう!!」
「テッセン。テメエは逐一、暑苦しい」
「何故だ!?」
「……ごめんテッセン、僕もフォローしないよ」
「ミハエルまでもか!? ええい、お前たちには熱くたぎる血潮はないのか!!」
「うるせえさっさと行くぜ。ただしテッセン、お前は窓からな」
「俺でも窓から落ちれば怪我くらいするぞ!! 今は怪我をしている場合ではないのだ!!」
「怪我で済むってお前はどうなってんだ」
「烏丸太陽。彼は妖怪なのですか?」
「限りなく妖怪的なナニカだ」
 妖怪である太陽よりは強い体を持っているかもしれない。
 もっとも、手芸に体はあんまり関係ないだろうが。

 手芸部がいつも使っている生地の店は、学校の最寄り駅から三つほど電車に揺られた先にある。
 いつも使っているおかげで、手芸部員が行けば、少しだけ値引きしてくれるというオマケつき。種類もそれなりにあるが、何より値引き分を除いても安いということがあって、太陽も何度か訪れたことがあった。
 必要な生地やらを購入し、学校に戻る道すがら。ふと、太陽は今まで疑問に思っていたことをたずねてみることにした。
「そういやミハエル。なんで手芸部になんか入ったんだ?」
「ん? うん、手芸部でなくてもよかったんだけど、運動部には入れなかったからね」
「入れねえ?」
「ほら、僕は家が道場だから」
「関係あんのか?」
「剣道とか柔道ってのは組む相手が必要でしょ? でも、僕じゃ組めないもの。野球部とかも同じ。一緒にやると身体能力が違いすぎちゃうから」
「……もうオリンピックとかにでも出りゃいいんじゃねえの?」
「不公平じゃない?」
 勝てないとは言わない小笠原流。
「だいたい、体格で言ったらテッセンの方が勿体ないよ。それこそ、運動部の勧誘なんていまだに来るじゃない」
「ふん、俺は運動部には興味ないからな」
「お前の大好きな甲子園に出られるぜ」
「俺が出ようと言っているのは甲子園ではない、手芸甲子園だ」
「だから。それは。何なんだって言ってんだ」
「お互いの力と情熱を競う漢の手芸大会だ」
「言っている意味がわからない」
 たぶん男性で手芸をやる人はそんなにいない。
「……。そもそも、太陽はなぜ、手芸部なのですか」
「あぁ?」
 くるみは小首をかしげ、
「あなたはさほど洋裁が得意であるようには見えません。それに、興味を持っているようにも見えませんが」
「あー、まあ、手芸部に入るまではそんなの、まったく知らんかったわな」
「だからこそ、どうして手芸部なのかと」
「俺が引っ張り込んだからだ」
 前を行くテッセンが、いつの間にか振り向いていた。
「あなたが?」
「ああ。太陽には特別な才能があると見込んだ俺は、共に研さんし高みを目指すべく、手芸部へと誘ったのだ」
「特別な才能なんてありましたか?」
「俺が知るか」
「ごめんテッセン、僕もわからないよ」
「なんだ、ミハエル。お前ほどの人間ならば気付いていると思ったが。いいか、多々良。太陽は普通の人間とはどこか違う。どこが、と言われると困ってしまうが、言うなれば感じる気! オーラが違う!」
「……」
 それはそうだろう。なにせ人間ではないのだ。
 だが、人間の身で、太陽が妖怪であると気付けるはずはない。少なくとも、太陽は誰にもバレないよう、妖気は常に極力おさえこんでいる。
「おい、テッセン。オーラって何だ」
「感覚だ、言葉でなど説明できん。ただ、俺はお前を見たその瞬間、お前の才能を見抜いたのだ! それは、なにも手芸でしか表現できないものじゃないだろう。絵画でも、小説でも、創作ダンスでもよかったかもしれん。だが、何もせず埋もれさすには惜しいと感じたのだ。だから手芸部に誘った」
「お、おう」
 ぼーっとテッセンを眺めていたくるみは、太陽に耳打ちした。
「本当に、彼は妖怪ではないのですね?」
「……俺も自信なくなってきたけど、たぶん」
 妖怪というよりは、動物に近い何かかもしれない。
 テッセンの巨体を眺めながら、太陽はそんなことを思った。



   
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