|
太陽たちが学校に戻ると、校門の前に一人の男子がいた。 テッセンに負けず劣らずの巨体。頬には傷があり、どう見てもカタギの人間ではないが、何故だか学ランを着ていた。しかも、それが妙に似合っている。口にくわえた何かの葉っぱといい、昔の番長を思い起こさせる。そんなものが実在したのかは別にして。 学ランの男を見た瞬間、テッセンの顔色が変わった。 「貴様は!」 「なんだテッセン、お前の知り合いか」 「ようやく戻ってきたようだな、剛力山」 振り向いた男。その、異様な威圧感に、思わず太陽は身構えた。 「左門寺、俺は戻らないと言ったはずだ」 「そうはいかねえ。テメエに受けた傷の借り、まだ返しちゃいねえんだからな」 男は足元の下駄を鳴らす。ガラン、という音がやけに響く。 「剛力山。テメエなんぞが、なんでこんな高校にいる? テメエの居場所はここじゃねえはずだ」 「おい、あんた、誰だよ」 「あん?」 そこで、初めて太陽の存在に気付いたらしい。左門寺と呼ばれた男はずい、と太陽に迫る。 「誰だ、テメエ」 「烏丸太陽。テッセンの友達だよ」 至近距離で、大人の男でさえビビりそうな左門寺を見て、しかし太陽は欠片も引かなかった。こんな見た目ばかりの男、茨の金棒の方がまだ怖い。 「いきなり人様の学校にやってきて、わけわかんねーこと言いやがって。テメエは誰だってんだよ」 「ふん。俺を知らないで剛力山の友達だと? 聞いてあきれる」 ガン、と足元を鳴らし、左門寺は胸を張った。 「知らねえなら教えてやろう。俺の名前は左門寺タイガ! 剛力山テッセンの生涯のライバルだ!」 「俺はそんなもの、一度も認めていないぞ」 「うるせえ! 俺以外の誰がテメエと張り合えるってんだ、ああ!?」 「張り合うってなんだ、ケンカか?」 「そういうのじゃないよ、太陽」 口を挟んだのは、意外にもミハエルだった。 「ミハエル、こいつ知ってんのか?」 「ああ、知ってるよ。左門寺っていえば、有名だからね」 「お前が知ってる有名人ってこたあ、格闘技か」 柔術。剣術。古武術。 様々な流派はあれど、太陽はそのどれもあまり詳しくない。人間の格闘技と妖怪の戦い方はあまりに違いすぎるし、そもそも太陽はケンカにはあまり興味がない。 ただ、テッセンの体格は、確かに格闘技には向いているように思えた。ミハエルのような可愛らしい外見でさえ、古武術を学べば、大人も軽く倒せてしまえるのだ。ましてやテッセンの体ならば、それこそ何かの世界チャンピオンなんてものも難しくなさそうに思える。 そう考えれば、左門寺という男の正体も、おのずと想像できる。 おおかた、テッセンが通っていた道場か何かの人間だろう。そして、テッセンに負けた屈辱と、テッセンの才能を惜しんで、連れ戻しにやって来た――。 「知らないの、太陽? SAMONJIっていったら、有名な洋服のブランドじゃないか」 「……は?」 「えーと、こちら、左門寺大河さん。青峰高校の手芸部の部長さん」 「はぁ!? 手芸部!?」 「テメエは何を聞いてやがったんだ。俺はテッセンのライバルって言っただろうが。テッセンっていやあ、服飾に決まってるだろう」 「そりゃそうだけど! そうだけど!」 なんというガタイの無駄使い。日本の高校手芸界というのはこんなのばかりなのか。 「だって、じゃあその傷は!?」 太陽が問いかけると、左門寺はやけに遠い目をした。 「……俺とテッセンは同じ中学だった。そこでお互い、手芸部で切磋琢磨しあう仲だったのだ。あの日までは」 「あ、回想入るのか」 「いいから聞けッ。あの日、俺がいつものように部室に行くと、部室にはまだ誰もいなかった。部室といっても簡単なものでな、ただ机が並べてあるだけの殺風景な場所だ。そこで、俺はテッセンが来るまでの間、作業をして待つことにした」 「その話、長いのか」 「聞けというにッ。そしてテッセンを待っていた時、その事件は起きた。俺は裁断をしようと鋏を探していた。だが、見当たるところにはない。さてはテッセンが隠したのかと、棚の方を探すことにした。その時だ! 地震があったのは!」 「で?」 「揺れる部室。大きな地震によって棚の中身は傾き、そこにあった鋏が俺の頬をかすめた! 俺は苦痛にのたうち回った……。もしもその時、後輩がやって来なければ、俺は命を落としていただろう」 「いや。いやいや」 「後からわかったことだったが、その鋏は個人所有のものだった。すなわち――剛力山! テメエのものだ!」 ビシッとテッセンを指し、左門寺は叫ぶ。 「俺はあえてこの傷をきちんと治さなかった! テメエに貰った屈辱を忘れぬために!!」 「テッセン関係ねーじゃねえか」 「剛力山がそこに鋏を置かなければ俺は怪我をせずに済んだ!」 「逆恨みなんてレベルじゃねえぞ!?」 「……だが、それはまあいい」 「しかもいいのか」 「俺が我慢ならねえのは!! 剛力山ほどの能力を持つ人間が、こんなちんけな高校にいることだ!!」 「ちんけで悪かったなおい」 「この学校は悪くないぞ」 「はん。青峰に比べて、か?」 「ここにはミハエルも太陽もいる。俺にはそれで十分だ」 「おい、ミハエル。青峰ってそんなすげえとこなのか?」 「うーん、部活は有名だね。どんな部活にもそれなりに予算が割かれるってことで。ウチの手芸部よりはマシな資金を持ってるんじゃないかな」 「その通りだ。元来、手芸部などたいして予算は貰えん。学校に対する貢献度は低いからな。だが、青峰はそうじゃない。学校に対する貢献度など関係なしに予算が貰え、それを活用することができる。こことは設備が違うんだよ」 「設備ったって、手芸部にそんな設備なんざいらねえだろうが。せいぜいミシンくらいありゃあそれで充分だろ」 「甘い! 金はあれば越したことなどないのだ!! お前はスワロフスキーの値段を知らんのか!!」 「高が知れるだろうが」 まあ高校部活の予算と比べたら高級品かもしれないけど。 「要するにお前は何がしたいんだ。せめて復讐か引き抜きか、どっちかにして来いよ」 「ええい、うるさい! というか俺はテメエに用事などない!!」 あくまで左門寺はテッセンに向き、 「剛力山、青峰に来い! お前ならば手芸甲子園でも優勝できるはずだ!」 「すげえ。何がってテッセン以外に手芸甲子園の存在を知ってるやつがいたってことがすげえ」 当のテッセンはといえば、じっと左門寺を見つめ、首を横に振った。 「左門寺。俺は気付いたのだ、この学校に来て。確かに俺は手芸や洋裁の技術を持っている。だが、それだけだ。発想力や創造力というものがなければ、小手先の技術などいくらあっても意味がない。俺は、その事実に気付いたのだ」 テッセンは苦笑を浮かべる。 「俺は一流にはなれるかもしれない。だが、最高にはなれない。ならばこそ、俺は頂点を目指すのではなく、楽しみたいと思ったんだ」 「俺には手芸甲子園うんぬんとか言ってたくせにか」 「太陽。お前はどっちの味方なのだ」 ギリ、とかみしめた左門寺は、テッセンをにらむ。 「ふざけるなよ、テッセン……。お前はそれほどの技量を持ちながら! それを無駄に捨てているんだぞ!!」 「技術は磨けば誰でも可能だ。デザインが悪い洋裁など何の意味もない」 「ちっ……。認めないぞ、テッセン。俺は! お前が青峰に来るまで、何度でもやって来るからな!!」 「何度でも?」 そこで、初めて目が覚めたかのように、くるみが顔をあげた。 「剛力山。あなたは二年生でしょう?」 「む? そうだが」 「では、この学校に来て一年半も経過している計算になりますが」 「ああ、そうだが」 「なのに、左門寺、あなたは初めてこの高校に来たのですか?」 「……ッ!!」 ががーん、とショックを受けたようによろめく左門寺。 「そ、そこに気付くとは」 「いや、みんな気付いていたと思うが。てか、何をしてたんだ?」 「う、うるさい! そんな細かいこたぁいいんだよ!!」 「そういえば俺も疑問に思っていた。左門寺、この一年、お前は何をしていたんだ?」 「むぐ」 「うーん、これ、答えとか言っちゃっていいのかな」 「なっ!? ままま、待て!!」 ミハエルに注目が集まる。左門寺は慌てて口を塞ごうとするが、ミハエルはそんな攻撃、ものともしない。 「実はね、青峰の手芸部長って、一年生なんだって」 「一年?」 「なんだ、左門寺。お前、浪人していたのか」 「高校受験で浪人? マジかよ」 「はぁ。勉強はさほど得意ではないようですね」 「ううう、うるさあああああああああああああい!!」 顔を真っ赤にした左門寺は四人をにらみつけ、 「お、俺をコケにしやがって! テメエら、覚えてやがれええええええええええええええ!!」 下駄を鳴らし、走り去って行った。 「なんつーか、テッセン。お前も大変なんだな」 「そうでもない。これはこれで悪くないぞ」 「何がだよ……」 なんだかドッと疲れた太陽であった。 |