体育館を飛び出して十数分後。
「よくここがわかったな、剛力山」
 立ち入り禁止になっているはずの屋上に、左門寺大河の姿があった。
「お前の考えそうなことなどお見通しよ」
「……いや、学ランで草をくわえたおっさんみたいなやつを見なかったかって聞いたら普通にわかったが」
「太陽。お前には漢のロマンがわからんのか」
「テッセン、お前は今がそういう場合じゃないってわからんのか」
 ごほん、と咳払い。
「しかし、よくまあここに入れたな。入口は施錠されていたが」
「それは俺の台詞だ。ここならば絶対に見つからないと思ったが。というか、貴様ら、どやって入ってきたんだ」
「ちょっとドアノブを壊しただけだよ」
「貴様らに良心というものはないのか!?」
「窃盗してるやつに言われる筋合いはねーよ。てか、テメエこそどこから入ったんだ」
「なに、下の部屋から壁を伝って登ってきただけだ」
「テメエはヤモリか」
 ずい、と太陽は左門寺に迫る。
「まあ、テメエがヤモリだろうがゴリラだろうが構やしねえ。おい、衣装はどこにやった」
「何のことだ」
「知らないなんて今さら言わねえよなぁ?」
「知らん。何のことかわからんな」
 言って、左門寺はにやりと笑みを浮かべる。その顔は、どう見ても怪しい。
 だが、見渡す限り、屋上には何もなかった。となれば、どこかに隠しているのだろう。そうなってしまうと、左門寺が盗んだという証拠もない。
 証拠の場所は左門寺しか知らない。
「ちっ……、郁乃がいりゃあ早いんだが」
「サトリですか。彼女は?」
「文化祭にゃ来てるかもしれねえが、それこそ探すのは大変だぜ」
「ですが、このままにらみ合っても仕方ないのでは?」
「は? ぶん殴って聞きだすに決まってんだろうが」
 ポキポキ、と指を鳴らす太陽。その目は本気だ。
「おい。ちょっと待て。まあ待て。いきなり暴力はよくないと思わないか」
「人間に暴力を振るうのはいけねえが、ヤモリラだかを殴って怒るやつはいねえだろ」
「混ぜるな危険! だいたい動物虐待はいけないことだぞ!」
「タイガ。動物であることを肯定してどうするのだ」
 今にも殴りそうな太陽の肩を、テッセンはつかむ。
「だが、落ち着け、太陽。暴力を手段にすべきではない」
「じゃあどうしろってんだよ」
「俺に任せろ」
 太陽の代わりに前に出たテッセン。タイガと向き合い、にらみ合う。
「タイガ。何が望みだ」
「何度も言ったはずだ。お前はあるべき場所に戻るんだ」
「タイガ。手芸甲子園は、手芸の技術だけを競う場所ではない。それはお前もわかっているだろう」
「それが……、何だ」
「青峰は確かに技術がある。設備もあるだろうし、資金もあるかもしれない。だが、それだけだ。青峰では俺の心を満たせない」
「それが! お前が、こんな場所で腐る理由になるのか!?」
「腐ってなどいない。お前は俺が作った服を見て何も思わなかったのか?」
「思ったとも! 見事だと! 高校生が手作りした服とはとても思えぬと! だが、だからこそ! お前はこんなところで手芸部などやっているような男ではないのだ!!」
「違う。ここだから、あの服が作れるのだ。青峰では、あの衣装は作れない」
「むぐぐ……! テッセン、何故だ! どうして理解しない!!」
「それは俺の台詞だ、タイガ。どうしてお前は技術や資金ばかり追い求める。創造にはそんなものなど二の次だ。本当に必要なものは、心の中にある」
「ええい、ごちゃごちゃと! お前がそう言うのなら――がふっ!?」
 左門寺の体が揺れたかと思うと、ずしん、と倒れた。その背後にはミハエルの姿。
「ごめんなさい、左門寺さん」
「き、貴様……!」
「ミハエル、何したんだ?」
「ちょっとツボ的なものを。体が痺れるところ」
「小笠原流古武術ってのはそーゆーこともできんのか……」
「まあね」
「ミハエル! 俺は言葉でタイガを説得しようと……!」
「テッセン、そういう場合じゃないでしょ」
「どういう場合でもお前は暴力が過ぎるぞ」
「鍛えた力を使うのは当たり前だよ」
 タイガの顔前にしゃがんだミハエルは、彼をにらむ。
「左門寺さん。衣装はどこにやったの? 早く教えてくれないと、今度はちょっと将来的に困るかもしれないよ?」
「えげつねえな。だが悪くねえ」
 ミハエルの横に太陽も並ぶ。
「タイガっていったな。早く吐いた方が楽になるぜ」
「む、ぐ。き、貴様ら、卑怯な……」
「悪ぃな。俺、幼等教育で卑怯とか汚いなんて習ってねえんだ」
「ごめんね。僕ら、それより優先しなければいけないことがあってさ」
「……テッセン。本当に、本当にこの場所に、そういう心を満たす的な何かがあるのか?」
「あ、あるのだ。うむ」
 思わず冷や汗を垂らすテッセン。
「あのー」
 間延びしたくるみの声に、四者四様、振り返る。
 けれどマイペースなくるみはそんなもの気にせず、タイガの目の前までやって来た。
「これどうぞ」
 くるみがポケットから取り出したのは、どこかのクラスが出していたクッキーの小袋だった。
「くるみ。いきなりなんだ。いくら動物的だからって餌付けはどうかと思うが」
「いえ、なんとなくですが、お怒りだったように見受けられましたので。お腹でも空いているのかと」
「全てをお前の基準で考えてんじゃねえ」
「何かを間違っていましたか?」
「物凄くな」
 ふと、太陽はタイガを見やった。何故だか、さきほどまでの凶暴な雰囲気がなりを潜めていた。具体的には、目を点にしている。
「……ストライプ」
「は?」
「いや。ああ、そうだな……」
「何がそうなんだ」
「俺が、俺が間違っていたようだ」
「はぁ?」
 むくりと起き上がったタイガは、青い空を見上げる。
「げ。もう起き上がれるの?」
「無論だ。というか、お前たちが聞きたいのはそんな話じゃないだろう」
 タイガは指で下を示し、
「衣装はこの真下の空き教室に隠してある」
「ようやく吐きやがったか。ミハエル、ちょっと頼めるか」
「おっけー」
 たたっ、と駆けたミハエルは、屋上の敷居をひょいと飛び降りた。普通の人間ならば死ぬが、まあミハエルなのだから大丈夫なんだろう。
「てか、いきなり話しやがったな。どういう風の吹き回しだ」
「はっ、貴様には関係なかろう。時にテッセン」
「何だ」
「その……、彼女の名前はなんという」
「彼女? 多々良のことか? 多々良くるみだ」
「多々良さん、とおっしゃるのか」
「おっしゃるぅ!?」
 心なしかタイガの頬が赤い。
「うげ。ま、まさか」
「た、多々良さん。今度、一緒にお食事でもいかがでしょう」
「食事ですか。構いませんが」
「おお!」
 小躍りしかねない様子のタイガ。今度は太陽が冷や汗を浮かべた。
「お、おい、くるみ。意味わかってっか?」
「意味とは?」
「デートって理解できるか? 恋人とか」
「失敬な。それくらい理解できます」
「そ、それならいいんだけどよ……」
「見つけたわよ烏丸太陽!!」
 ようようまとまりかけた時、屋上に不知火茨が飛び込んできた。うげっ、と心で思う太陽。
「今度こそ逃がさないわよ!! ていうか置いてけぼりだけならまだしも朝霧を押しつけるとか絶対に許さないわ!!」
「そんな嫌がらないでもいいじゃねえか」
「あれは人間じゃないわ!!」
「まあ、妖怪よりは積極的かもしれないが。それに体力も意外とあるな」
「そういう次元!? ともかく、埋め合わせはしてもらうから!!」
「あ、おい、俺は忙しくてだな……」
「いいから来なさい!!」
「あ、おい、太陽……!」
 呼び止められようとも、今の太陽には反抗もできないのだ。
 茨に引っ張られながら、とりあえず舞台には間に合ったな、などと関係のないことが思い浮かんだ、太陽であった。



   
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