妖怪が集まっただけでも狭いのに、これ以上の人間を入れる余裕は、太陽のアパートにはなかった。
 というわけで、朝霧邸に場所を移した一行は、そこでルナたちと合流した。
 無駄に広い部屋には向かい合わせのソファ。そこに太陽とルナが向かい合い、太陽の隣には獅堂が座っている。
 他の面々は、それぞれ思い思いの場所に佇んでいた。
「本当にあたしのこともわからないのね、カー君」
「は、はい、すいません」
「ああ、こりゃ重症だわ」
 肩をすくめるルナ。横からテッセンが口を挟む。
「太陽。記憶にある知り合いはいないのか」
「……」
 黙って首を横に振る太陽に、テッセンも重い吐息を漏らす。
「意外ね。ゴー君ってこういう時、『なぜ思い出せないのだ気合が足りないぞ太陽〜!』とか言うと思ってたんだけど」
「太陽からすれば、今は知り合いなど一人もいない、天涯孤独の状況だ。気合だけで不安は拭いきれまい」
「おお、ゴー君がまともなこと言った」
「俺は普段、どういう目で見られていたのだ」
 そういう目だ。
 一方で、テッセンの脇に立つミハエルは、むしろ他のことが気に掛かっていた。
「というか、テッセン、太陽とか多々良さんが妖怪でしたってことはスルーなの?」
「うむ? まあ、それで納得できる側面はあるな。太陽の、あの独自性! その秘訣は、種族さえ違うことから来る発想の違いというわけだ」
「え、あの、そういう話?」
「それ以上の何があるというのだ」
 テッセンは当たり前のように言う。なぜなら、当たり前だからだ。
「太陽は友だ。妖怪だか人間だかは関係ない。俺は太陽がビッグフットでもチュパカブラでも、太陽である限り友達でいられる」
「いや、やたがらすだが」
「大差ない」
 UMAと妖怪を一緒にされるのは、妖怪的にいまいち納得できないのだが、獅堂は反論しないでいた。
「小笠原。お前が戸惑うのはもっともだ。同時に、これは妖怪としての太陽が持つ問題だ。無理に付き合う必要はないが?」
「そ、そんなことは言いません。付き合いますよ」
「いいのか? 今までの日常が壊れるかもしれないんだぞ」
「太陽や茨さんがいなくなったら、それでも小笠原ミハエルの日常は壊れます。ただ、妖怪って存在が実在したことに、ちょっと驚いただけです」
 まあ、常識的には驚く。普通に受け入れるテッセンがおかしいのだ。
「それじゃあ本題に戻るわよ。カー君は記憶がない。その原因は妖怪としての力が失われたため。そして、それを取り戻すには、たくさんの人が死んじゃうくらいの生命力が必要。これで合っている?」
「その通り」
「たとえばゴー君とか普通の人間の三倍くらい生命力ありそうだけど、そういうのじゃ駄目?」
「見かけだけだ。生命力の総量は、死にかけの爺さんでもない限り、大差ない」
「じゃあ、代替品は?」
「ない。妖怪同士では個々に妖力の種類が異なる。生命力を奪取するなら、誰から取っても同じことだ」
「いっそ叩けば直るとか」
「昔のテレビか」
「……本当に、他の方法はないの?」
「あればとっくにやっている」
 そりゃそうだ。
 迷うのは、どちらも選びがたい選択肢だからだ。どちらか一方が明らかに魅力的な選択肢なら、誰も迷ったりはしない。
「なるほど」
 ルナは深くうなずき、
「じゃあ殺すしかないね」
「太陽の記憶を取り戻す為に、か?」
「それ以外がある?」
 こんな時。ルナの瞳は、妖怪より冷えていた。
「マックスまで回復させないでも、何パーセントか回復させれば、今までくらいには保てるんじゃない?」
「それは、そうかもしれないが」
「つまり、まずは一人、ためしにカー君に食べさせればいいわけよ。それで戻るならよし、戻らないようなら、少しずつ他の人を食べさせる」
「朝霧。それは、現代日本で許されることじゃない」
「昔の妖怪はそうしたんでしょ? 今さらじゃない」
 獅堂は押し黙る。ルナの言うことは間違いではないのだ。
 確かに、昔の妖怪は平然と人を殺していた。今はやらなくなったからといって、だから許されるという問題でもない。
「あたしはカー君が大事。とってもね。他の何かとは交換できないくらい。だから、カー君を取り戻すためなら、そのくらいできるよ。あたし」
「なんというか、平然と言うのね。朝霧は」
 獅堂の代わりに応じたのは茨だった。ルナは鬼の方を向き、
「だってそうでしょ? どっちを選択するかの問題。誰かが死ぬか、あたしたちの知るカー君が死ぬか。あたしはカー君が死ぬなんてやだ」
「そのために太陽が悲しむことになっても?」
「あたしがカー君の感情を考慮するような優しい先輩だと思ったわけ?」
「思わなきゃ聞かないわ」
「……」
 沈黙し、朝霧はため息ひとつ。
「カー君は優しすぎるの。たとえばシーちゃんのバイト先を探した時もそう。あたしを助けてくれた時もそう。それ以前、あたしに付き合ってくれた時もそう。なんだかんだと言って、手荒いこともするけど、いつだって誰かのことを考えてくれているの。そのために、自分が割を食うことになっても」
「それは、まあ」
「カー君は悲しむと思う。自分のために誰かが犠牲になるなんて、絶対に喜ばない。でも、他人のためには自分を犠牲にできちゃうのよ。たとえばカー君が人間で、シーちゃんが同じ状態だったら、カー君は迷わず自分の命を差し出す。そこに疑問を持たないのよ」
「それは、でも、まさか。朝霧の想像でしょ?」
「否定する人、いる?」
 反論はあがらなかった。みんなの知っている、みんなが助けたいと思う太陽とは、そういう人物だからだ。
「カー君は優しい。だからこそ、あたしたちはカー君の優しさに甘えちゃいけない。誰かを犠牲にするくらいなによ、今までカー君のおかげでどれだけ生き延びたと思ってるのよ」
「朝霧?」
「カー君。あたしを食べなさい」
 その時のルナの顔に、恐怖の色は微塵もなかった。
「あたしを食べて、あなたは優しいあなたに戻って」
「え、えっと?」
 戸惑う太陽。無理もない、今の彼にとっては、現状の把握さえ困難なのだ。代わりに、獅堂が眉をひそめながら問いかける。
「朝霧。自分が言っている意味がわかっているのか」
「あたしはいつだって本気です」
「駄目だ。許可できん」
「じゃあ、どうにかできるんですか、先生には?」
 ルナの反論に、口を閉ざすしかなかった。
 誰かが犠牲にならない限り、太陽の記憶を取り戻す方法はないという。その誰かというピースを、誰にするのか、という問題。
 そこに、自ら立候補する人間がいるのなら、その方がずっとよいに決まっている。
「でも、具体的にどうすればいいのかな。えっちぃことなら、ここでやるのもちょっとな〜。さすがのあたしも恥ずかしいんだけど」
「妖力の奪取は自然反応です。それを意図的に行うのなら、体を割く方法が最も古く、信頼性があるかと」
「くるみ!」
 くるみは主の顔をちらと眺め、
「鬼の小話ではありませんが、その手法は事実、存在したはずです」
「でも、現代でそれをやるバカはいないでしょうが!!」
「効率性の観点からすれば、そうすべきでしょう。ただでさえ太陽にはたくさんの生命力が必要なのです。せっかく命を投げ出すのに、無駄使いをすべきではありません」
「そうだけど……」
「じゃ、そういうことで。ターちゃん、お願いできる? てか、できる?」
「はい、私ならば」
「まあ待て」
 と、ルナとくるみの間に、テッセンが割って入った。
「ゴー君?」
「先輩だけに背負わせる荷ではない。太陽に助けられたのは俺も同じだ」
「僕もね」
 そのかたわらには、やはりミハエルの姿もある。
「よくわかんないけど、一人ぶんよりは三人ぶんの方が確実っぽいよね?」
「友達が三人も死んだらカー君は悲しむよ?」
「生きている限り直面する問題だ。遅かれ早かれな」
 三人の顔には笑みがあった。これから太陽が救われるのだ。喜ばない理由はない。
 そんな三人を眺めていた茨は、ぐっと立ち上がった。
「認められないわ」
「何よ、じゃあシーちゃんには何か方法があるわけ?」
「ないわよ、でも、太陽が生き残れば他は死んでもいいなんて、そういう結論は出せない」
 きっぱりとした口調だった。引かないという強い意思に、思わずたじろぐ。
「あたしが助けたいと思った太陽は、人の死と自分の死を天秤にかけるような奴じゃない。生き残ったところで、そこに残る太陽は、あたしが知る太陽でなくなる。そんなのは認めない、って言っているのよ」
「生きていればいずれ、そういうこともあるわ」
「自分のために三人の友達が死んだ。その重荷が、生きている間に解消できるようなものだって、本当に言い切れるわけ?」
「……大丈夫、カー君は強いよ」
 平行線だった。どちらも理由があるだけに、引くことはないし、引く必要もない。
 そんな、気まずい沈黙を破ったのは、小さなうめき声だった。
「――ぅ」
「カー君!?」
 太陽は、震えていた。暖かい室内だというに、寒そうに。
「烏丸……」
 獅堂がそっと隣に寄り添う。だが、太陽の震えは止まらなかった。
「うぅ……、っくしょう!!」



   
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