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いやに疲れた烏丸太陽。一人、廊下を歩く。 別段、部室で何をしていたわけでもない。普通に雑談をしていただけだ。 だが、相手がマイペースな多々良くるみと、さらに輪をかけて自分のペースでしか生きない朝霧ルナが相手では、雑談するだけでも非常に体力を使う。 「つーか、俺が生物部て、大丈夫なのかよ」 生物部として活動することが不安なのではない。まあそれも不安といえば不安だが、それは生命的な意味。 問題は、生物部に転籍することだ。 「テッセンがそんなもん許すかなー、って」 ふと、太陽は足を止めた。 西日の差す大きな窓。それが、カタカタ振動している……ような。 そして、心なしか、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえるような。 「――いよおおおおおおおおおおおおおお!!」 というか、気のせいじゃないような。 ドガン、と廊下を揺らし、角を巨漢が曲がってきた。そして、廊下の先に太陽の姿を見つけるやいなや、 「太陽おおおおおおおおおおお!!」 そのままの勢いで突撃してきた。太陽は焦らずためらわず、ひょいとかわして足を突き出す。 「ぬぐおはあああ!!」 足を引っ掛けた巨漢は、そのまま廊下を派手に転がり、突きあたりの壁に激突して止まった。 「テッセン、お前に体当たりされたら死ぬぞ。俺」 「太陽!! 転部とはどういうことだ!!」 殺人級の体当たりとか回避されたこととかさらっとスルーし、巨漢の馬鹿――もとい、剛力山テッセンは詰め寄る。 「知るか。俺が転部届けを出したんじゃねえ。文句なら獅堂せんせーに言えや」 「馬鹿な! お前は俺と約束した手芸甲子園に出場するという夢を忘れたとでも言うのか!!」 「前から思ってたんだけどよ、手芸甲子園ってなんだ」 「いいから戻ってこい、太陽! 手芸部にはお前が必要なのだ!」 「別に俺は手芸が得意ってわけじゃねーぞ」 「俺には必要なのだ!」 「あーはいはい、男に言われてもキモいだけだからやめよーなー」 「まあそう言わないでよ、太陽」 いつの間にか、テッセンの脇に小柄な男子生徒がいた。 2メートル近いテッセンと比べると頭ふたつ分は小さい。もはや大人と子供という様相だが、暑苦しいテッセンと比べ、小柄な少年は涼しげな表情だった。余裕のある態度のせいか、むしろこちらの方が年上に見えてくる。 名を小笠原ミハエル。ハーフの少年で、テッセン同様、太陽の手芸部仲間だ。 「太陽がいないと、やっぱり僕らも寂しいしさ」 「んー、そりゃ俺も生物部なんかにゃ所属したかないんだけどよー、抜けたら獅堂先生に殺されそうな気がするんだよな」 「なんでまた太陽に? 部活に入っていない生徒もいるだろうに」 「さあな」 太陽は誤魔化すことにした。太陽自身、自分が妖怪であることを明かしている相手は、同じ妖怪である獅堂だけだ。 「ぬう! まさか太陽、男同士の誓いを捨てて女に走るというのか! 馬鹿な、お前はもっと硬派に生きると約束したはずだ!」 「お前の脳みそはどういう構造してんだ。そんな約束をした覚えはねえ」 「じゃあ、このまま生物部で?」 「あー……、うん、そうだな。ま、手芸部にも顔を出すようにするからよ」 「太陽!! お前はそれでいいのか!!」 「うるせえテッセン、窓から投げ捨てんぞ」 「そうそうテッセン、太陽にも太陽の事情があるんだから」 「事情!? 事情だと!! ミハエル、漢と漢の約束とはそんなに軽いものではないのだ!! お前にはそれがわからないのかミハエル!!」 「ごめん、わからないよテッセン」 「わからないだと!? ならば説明してやろうミハエル!! いいか、漢の約束というのはだな!!」 「ごめんうるさいよテッセン」 「がふっ!?」 一切の無駄がない右ストレート。ミハエルの全体重を乗せた一撃に、さしもの鉄扇も崩れ落ちた。 「普通に容赦ないな、お前」 「テッセンなら大丈夫かなって」 確かに大丈夫そうではあるけれど。 「まあ冗談はともかく。本当にこれから生物部でやってくんだ」 「ああ、まあな。ちょっと色々あってよ」 まさか自分を連れ戻しに来た妖怪がいるとは言えない。 「それはそれでいいけど。じゃあ、ま、そういうことだね。それだけ確認したかったんだ」 鉄扇の肩下に体を滑り込ませると、気絶した巨体を持ち上げるミハエル。 「何か困ったことがあったら相談してよ。なんか、太陽って何でもかんでも自分でしょいこみそうだし」 「ああ、ありがとな」 「じゃあねー」 鉄扇の体を引きずり、ミハエルは立ち去った。 「いい友達だよなぁ、ったく」 だからこそ迷惑はかけられないと言うか。 ――そもそもあの天然妖怪がいることで何か迷惑になるのか疑問だが。 「ま、なんとかなんだろう」 校舎を出ると、もう空は暗かった。 街灯の明かりが照らす道をのんびり歩く。妖怪である烏丸太陽は、もちろん家族などいない。関東に来た時にはまさに何も考えていなかったが、獅堂を訪ねてみると、今のアパートを紹介してもらえた。 なんでも、オーナーは妖怪らしい。いつもいないから手紙と電話でのやり取りしかしたことがないが、おかげで太陽は住むところを確保できている。 自宅の近くまで来たところで、太陽は街灯の下に人が立っていることに気がついた。 女のようだ。四月だというに、何故か浴衣を着ている。女性にしては背が高く、太陽とほとんど並ぶ。 「ようやく帰ってきたわね烏丸太陽!! 待ちくたびれたわよ!」 「知らねえよ。てかお前は誰だ」 見たところ、知らない顔。妖力も感じない。学校にこんなのいたか、と思い返して、やっぱり思い出せなかった。 「むきー! この私を覚えていないの!?」 「知らん。名乗れ」 「不知火よ!! 不知火茨!!」 「茨? ……不知火?」 どこかで聞いた気がする。ごく最近。 「あー、あーあー、京の里長になったっつー。鬼だっけ?」 「そうよ!!」 「なんだよ、多々良を送っといて、お前まで来てちゃ一緒じゃねえか」 「くるみは帰ってくるのが遅いのよ!! 一週間も待たせて!!」 「あいつ、忘れてたっぽいしな」 「忘れてたぁ!? ふざけんじゃないわよ烏丸太陽!!」 「なんで俺だ」 まあいいや、と頭を切り替える。重要なのはそっちじゃない。 気を引き締め、太陽は茨に向き直る。 「不知火、言っておくけどな、俺は戻るつもりはねえぞ」 太陽が宣言すると、茨は目を細めた。 「ふうん? ま、それはそれでいいわ」 「あ? いいのか?」 「そうよ。私にとって重要なのは、あんたが戻るか戻らないかじゃないわ。私があんたに会えるか否かよ」 「なんだ、お前が会いたかっただけか」 邪推してしまった。てっきり、連れ戻されるものだとばかり思っていた太陽は、少しだけ安心する。なにせ、3年前に京都を出た時は、ケンカ別れに近い。少なくとも、里長以外に許可してくれた奴はいなかった。 「で? 何の用事だよ」 「な、ん、の、ですってぇ〜……!!」 瞬間、太陽は飛びのいた。直後、今まで太陽が立っていた場所を、重量物がよぎる。 「あんたどの口でそれを言うの!?」 「この口。てか、その金棒はどっから出した」 「妖怪の秘密兵器よ!!」 「秘密なら隠しとけよ」 いつの間にか、茨は身の丈ほどもある金棒を抱えていた。しかも、それを片腕で軽々と持ち上げる。鬼の名前は伊達ではないらしい。 「ぶっころしてあげるわ!!」 「あのな、ここ人間の街だから。妖怪とはいえ殺しちゃうと殺人罪だから」 「人間のルールなんか知ったこっちゃないわよ!!」 それもそうか、と思い直す。人間と共に生きる妖怪は法律に逆らえないが、妖怪として生きる妖怪に法律は関係ない。 「死にさらせっ!!」 「おお」 金棒を思い切り振り下ろす。くるみとは違い、まっとうな攻撃だった。とはいえ、太陽もただの人間というわけではない。茨の攻撃をかわし、塀の上に跳び上がる。 「危ねえだろ」 「殺すっつってんのに危ないもクソもないでしょあんたなんでそんなのんきなの!?」 「いいじゃねえか。だいたい、俺が何をした? 殺されるようなことをした覚えはねえぞ」 「何を、って……」 思い出したのか、茨は顔を真っ赤にすると、 「そ、そ、そ、そんなこと言えるわきゃないでしょ〜〜〜〜〜!!」 叫んだ茨は、だだだだ、と走り去ってしまった。 「何なんだよ、オイ」 塀の上で、太陽はひとりごちた。 |