とてとて、太陽のアパートまで歩く二人。
「それで。私は何をすればいいの」
 隣を歩く太陽を見上げ、郁乃は小首を傾げた。
「んー、そうだな」
「……。また何も考えていない?」
「いやいや、俺も色々と考えてんだぜ、割とマジで」
「触っていい?」
「お触り禁止だ」
 とはいえ、茨の居場所を知っているわけでもない。くるみならば何か知っているかもしれないが、太陽に協力してくれるとも思えない。
 そして、会わなきゃ何もできないのも事実。
 もともと京都に住んでいた妖怪だ、こちらに拠点があるとも思えないが――ホテルや旅館だけでもいくらあるだろうか。
 そんなことをつらつら考えながら歩いていると、
「どうすっか、な?」
 足を止めた太陽にならい、郁乃も足を止めた。
「カラス?」
「考えなくてもいいってのは楽でいいよなぁ」
「烏丸太陽!! 今度こそ逃がさないわよ!!」
 二人の進路を阻むように仁王立ちしているのは、先日、太陽を襲った少女。京都の里長、不知火茨だった。
「逃がさないわよってか、お前が逃げたんじゃねえか」
「そんな事実は確認されていないわ」
「くるみはお前に悪影響を受けてんのか……」
「さあ、今度こそあたしと戦ってもらうわよ」
「今度こそって何だ。この前は普通に虐殺しようとしてたじゃねえか」
「人間同士なら虐殺だけど、妖怪同士なら決闘よ」
「知ってっか、人間の法律には決闘罪ってのがあるんだぞ」
「あたしがなんで人間の法律に従わなきゃいけないわけ」
 本当に妖怪というのは正直である。
「ふふ、今日は逃げられると思わない方がいいわよ。くるみ!」
「!?」
 茨の呼び声に応じ、烏丸たちの背後から妖気が漂う。振り返ればそこには、
「ふぁい、ふぃらぬいしゃま」
 たいやきをくわえた眼帯少女。
「……。くるみ。それは何」
「ふぁいやきれす」
「んなこと聞いてない! あんたあたしの話を聞いてた!? 烏丸太陽を襲撃するって言ったでしょうが!」
「はらふぁへってはと言うではありませんか」
 たいやきを飲み下し、堂々と胸を張るくるみ。
「じゃあ、百歩ゆずって、たいやきまでは許してあげるわ。その手に持っているものは何?」
「たいやき屋の隣にたこやき屋がありまして」
「んなこたぁ聞いてないってかあんたもうやる気ないでしょ!?」
「ふぉんなほとありまふぇん」
「せめて食べんのやめなさいッ!!」
「ふぁへれすか」
「何故って普通に! 常識的に考えて!」
「んぐ、妖怪に常識を求められても」
「むぐっ」
「茨っつったか? あんた、部下に恵まれてねーな」
「うるさい。それに、くるみはあんたを逃がさないために呼んだんだから、別にいいって言えばいいわ」
「へえ? そらどういうこった」
「わかりきってんでしょう? あたしが。自分の手で。あんたを殺すって言ってんのよ!!」
 ぶん、と腕を振るうと、どこからともなく金棒が現れる。少女然とした姿には似つかわしくないその武器を、茨は軽々と構える。
「遠慮なんかしないわよ!! 烏丸太陽!!」
「おいおい、まさか……」
 茨の周囲で妖気が高まる。同時、その額に、鋭い角が生えた。
「ぶち殺す!!」
「おいここ住宅街だぞ!? 妖化までするか普通!?」
 妖怪が人間の里に下りる時は、人間と同じ姿をしている。そうでなければ、人間の町では目立って仕方ないからだ。だが、同時、人化をするには、本来の能力を制限しなければならない。
 妖怪が妖怪としての力をフルに発揮するためには、本来の姿を取り戻す必要がある。それこそが妖化だ。
「ちっ!」
「死ね!!」
 大きく飛び上がり、金棒を振り上げる茨。瞬間、太陽も覚悟を決めた。
「めんどくせえことしてんじゃねえよ!!」
 金棒の一撃が、コンクリートを破壊する。弾け飛ぶコンクリ片。その中で、茨は笑みを浮かべる。
「そうこなくっちゃね……!」
 烏丸太陽もまた、妖化していた。
 姿は人間のままに近いが、その背には黒翼があった。そして、人間の時とは違い、感じる妖力が格段に増している。
 瞬間的に妖化し、そのうえで瞬間的に身をひねって攻撃をかわしたのだ。とはいえ、完全に妖化したわけでもなく、言うなれば“半妖化”くらいのようだが。
「お前なぁ、コンクリートを壊すのはいけないんだぞ。直す人のこととか考えてやれよ、お金もかかるし」
「つくづく人間くさいことばかり言うのね。何度も言わせないで、妖怪は人間の都合を考えない。そうあってこその妖怪でしょう」
「そうじゃねえぜ。人間のことを考えてこその妖怪さ。そうなんなきゃいけねえんだ」
「ふん。あんたの理屈には興味ないわ」
「そうかい。ま、俺も、お前が俺を狙う理由しか興味ねえな。なあ、郁乃」
「――ッ!?」
 太陽のことばかりを見ていた茨は、自分の背後に回っていた郁乃の存在に気付いていなかった。
「えい」
 無表情のまま、郁乃は背後から抱きついた。とっさに金棒を振り上げる茨だったが、そこで手を止める。
「……? まあいい、さあ、何があったの」
「な、何もないわってかあんた何よ!?」
 ぶんぶんと金棒を振り回すが、張り付いている郁乃に当たることはない。茨も、武器を使ってまで郁乃を弾き飛ばすつもりはないらしかった。
 もっとも、今さら吹き飛ばしたところで、すでに遅いのだが。
「思い出し、た……みたい?」
 ぱっ、と郁乃は離れる。すでに記憶は読み取った後だ。
 だが、なんとなくおかしい。先程まで太陽の味方だったはずなのに、どちらかというと、茨の背中に隠れるようにしている。
「おい? 郁乃?」
「まさかカラスが破廉恥な妖怪だったなんて」
「いきなり何だ!?」
「話しかけないで貰えますか」
「まさかの敬語! それはさすがに傷つくぞ俺も!」
「だって、女性を裸にしたうえで野外に置き去りにするなんて」
「んなことしてねえよ!?」
「ちょっと! せっかく忘れているんだから、わざわざ思い出させないでよ!! というかなんであんたが知って……、あ、あんたサトリね!?」
「気付くのが遅い。それと、思い出さなければ解決しないし。そもそも、あなたも、忘れられていて怒っていたみたいだし」
「それはそうだけど! ああもう……!」
「あの」
 混乱しかける茨に、くるみは普通に声をかけた。
「少し、落ち着いて話ができる場所に移動しては? 烏丸太陽も、何も思い出していないようですし」
「そ、そうね。それならば、烏丸太陽、案内なさい」
「なぜ俺」
「あたしがこのへんの地理を知っているわけないでしょ!!」
 おっしゃる通りで。



   
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