そんなわけで場所を移して。
 腰を据えた太陽は、テーブルを挟んで茨と向かい合う。隣には郁乃が、茨の隣にはくるみが座っていた。
 おもむろに、茨は口を開く。
「あんた、京都の里から東北の里へ、使者に行ったことあるでしょう」
「あん? あー……、一度だけな」
『マグロが届きました』
「その時のこと、本当に覚えていないわけ?」
「いや、あん時は俺も他人の土地で緊張してたし、それにほんの数日じゃねえか」
『イカが届きました』
「……。あんた、本当にムカつくわね、あんた。あたしは積年の恨みとして抱えていたってのに」
「積年っておかしくねえか」
『サバが届きました』
「ああもうっ!! なんで話をするのに回転ずしなのよ!! そしてくるみ! 大事な話をしてるんだから普通に食べてんじゃない!」
「このサバも美味しいですよ、不知火様」
 そこは、四人が悶着していた場所から少し離れた街道沿いにある、とある回転ずし。時間が外れているせいか、客の姿はさほど多くない。
「なんでって、ここはテーブル席が多い割に客の数が少ねえから、グループで行くには穴場なんだぞ」
「だれが食事の話をしたか! もうちょっとチョイスを考えなさいよ、普通は喫茶店とかじゃないの!?」
「喫茶店なんて行くようなガラじゃねえから知らねえし」
「私は一人では喫茶店に入れないし」
「ええい、あんたらってば本当にムカつくわね」
 どすん、と席に腰をすえた茨は、改めて太陽をにらみつける。
「じゃあ、真面目な話をするわよ」
「お、おう」
「あたしはね、鬼よ。鬼の存在はあんたも知っての通り、妖怪の中でも地位が低いわ」
「そうなのか?」
「あんた、そんなことも知らないわけ? 常識知らずね」
「面目ねえ」
 ちらり、と隣に座る小学生に救援を求める高校生。
 郁乃は無表情ながらもあきれた視線を返し、
「鬼というのは、正確な種族じゃない。他種族の血が混じった、混血の妖怪に対する総称」
「へえ。じゃあ、鬼族っていう種族があるわけじゃあねーのか」
「そうよ。そして、混血であるせいで、どうしても差別されがちだわ。あたしはそれが嫌で、他の妖怪を片っ端からのしていたんだけど」
「そんなことしてっから差別されんじゃねえのか?」
「……。ともかく、そうやって妖怪を襲撃しまくってた中で、たまたまあんたを見かけて、襲いかかったんだけど」
「あ」
 どうやら、太陽も思い出したらしかった。茨の顔をしげしげ眺め、
「思い出したらしいわね。あんたがあたしに与えた恥辱を」
「い、いや、あれは反撃っつーか、風で逃げたら、たまたまあんたの着物がはだけただけじゃねえか。俺は見ないようにしたぞ」
「そういう問題じゃない! あたしに勝つだけでもムカつくのに、あげくのはてにはずかしめるなんて! 絶対に許さないわ」
「俺にどうしろと」
「だから、勝負しなさいって言ってるのよ。あんたをぶっ殺して、あたしは復讐するから」
「俺が死ぬじゃねえか。そんな方法は却下だ」
「じゃあ、それこそどうしろって言うのよ。妖怪にケンカ以外の手段があると思ってるの?」
「あー、そうだな」
 頭をかかえた太陽は、しばし黙考し――。
「ああ、そうだ、俺にいい考えがあるぜ」
 にやりと笑みを浮かべた。

 太陽の先導でやって来たのは、どこかの豪邸だった。
「おお。大きな家ですね」
「ふ、ふん。これが家? そんなわけないでしょ、くるみ。寺じゃないの」
「いや、これが家だぜ」
「……。う、うそでしょ?」
 茨が寺と間違うのも無理はない。
 巨大な門扉。横のくぐり戸を通ってみれば、ずらーっと続くのは石畳の通路。左右には石庭。
 はっきり言えば、一般人の住む家じゃない。
「あっれー、カー君、どうしたん」
 と、お屋敷の方から、女の子が歩いてきた。言わずと知れた生物部の部長、朝霧ルナだった。休日だけあり、今日はワンピにスパッツという私服姿だ。
「先輩、こいつ、ウチの生徒じゃないんすけど、先輩の趣味を手伝いたいんですって」
「え! マジでやっほい歓迎するよそれならばすぐさまレッツゴー!」
「ちょっ!?」
 妖怪というのはたいがいマイペースだが、朝霧ルナというのは、それ以上にゴーイングマイウェイな人間なのだ。
「か、烏丸太陽! これはどういうことよ!?」
「HAHA、どういうことかな」
「なっ――! まさかあんた! たばかったわね!?」
「知ってるか、妖怪って平気で人を騙すんだぜ」
「知ってるわよ!!」
「まあまあ、そう怒らないで。大丈夫、崇高なる夢の前では人間の怒りなんてちっちゃいもんだから!」
「日本語で言いなさいよ!?」
「ん? んん〜?」
 そこでようやく止まったルナ。茨の顔をじーっと見つめ、ついで、太陽に向き直る。
「カー君、なんか嫌がってない?」
「ツンデレなんだ」
「なるほど、そっか」
「何を納得しているのか分からないけど、嫌がっているわよ!!」
「えー」
「うっ」
 心底から残念そうな顔になったルナ。人間のことなど欠片も思う必要のない茨でさえ、ちょっとばかし心が痛む表情。
「まあまあ、そう言わず、少し付き合ってよ。あたしってば友達が少なくて」
「そ、そうなの?」
「本当に少ねえよな」
 太陽も同意する。そんな太陽を見て、ルナを見て、むむむとうなる茨。
「むぐっ……、そ、そういうことなら、ほ、ほんの少しだけ付き合ってあげないこともないわ」
「マジで!? よしじゃあ行こう今から行こうすぐ行こう!!」
「え? い、今からってちょっとぉ!?」
 なかば引きずるようにして茨を連行するルナ。そんな超マイペース人間を見送った妖怪三人。
「烏丸太陽。朝霧ルナは友人が少ないのですか?」
「いや、結構いると思うぞ」
「そうですよね。部活動以外では学友と連れ立っているようにも見えましたが」
「ああ。あの人、ああいう感じで飾らないし、先輩とか後輩とかもあんま気にしないから、気楽に話せるんだよな。UMA探しさえなきゃ、普通にいい人なんじゃねーか」
「でも今、双方とも少ないと」
「そう言った方が茨を懐柔できそうだったじゃん?」
「……以心伝心?」
「ちょっとした連携だ。心は読まなくても通じることもあるんだよ」
「カラス」
 見れば、郁乃が太陽を見上げていた。
「何も解決していないんじゃ?」
「そうとも言う。けどまあ、ルナ先輩に引っ張っていかれちゃ、しばらくは帰ってこねえだろ。たぶん」
「どこに行ったの?」
「どっかの山奥とかじゃねえ?」
「――。帰っていい?」
「そうだな、けーるか」
「では烏丸太陽。その前に食事に行きましょう」
「お前、さっきまで食ってたじゃねえか」
「刺身など、前菜ではありませんか」
 つらつらと、どうでもいいことを話しながら、三人は朝霧邸を後にした。
 月曜に確認したが、その日はどっかの山奥に泊まり、帰ってきた時には妖怪で山住まいであるはずの茨が青ざめていたそうだ。
 まったく不幸な事故である。



   
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