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五月も半ばになると、四月にあったような肌寒さはなくなり、何をするにもちょうどよい陽気となる。 だというに。 「あー……」 烏丸太陽は、自宅であるボロアパートでボーっとしていた。 昨年の今頃であったなら、鉄扇やミハエルたちと遊びに行ったり、他の友人と会ったりしていた。 だが、生物部に転部してからというもの、まっとうに体を休められた試しがない。朝霧ルナという少女は、学内においてもジッとしていられない性分だ。 そのうえ、たまに思い出したように襲いかかって来る茨をいなしたり、食料を要求するくるみと争っていたら、休む暇などありゃしない。 結果、太陽は日曜日のお父さんがごとく、家でごろごろ過ごすのであった。 「平和っていいよなぁ」 怠惰な時間を満喫する太陽。こんな時間、土日とて久しくなかった。 心底から幸福な気分を抱えている太陽は、ふと顔をあげた。 「……嫌な予感」 つぶやいた直後、 「烏丸太陽ーッ!!」 ガシャーン! と窓をぶち破って飛び込む人影。 「烏丸太陽! くるみをどこにやったの!」 「知らん。なぜ俺のところに来る。というか窓からじゃなくて玄関から入れ」 「そんなまだるっこしいことをしてられないわよ!!」 「いいから落ち着けっつってんの。まあ座れよ」 「……ふん」 わりかし素直に着席する茨。 「んで、何のこっちゃ」 「少し前に、くるみがしばらく家にいたことがあったんだけど」 「ああ、ゴールデンウィークだな」 「そのあたりから、帰るのが遅くなって、休日にも家をあけるようになったの」 「おう、そんで?」 「何をしているのか聞いても、『悪いことは何もしていませんのでご心配なく』って」 「じゃあいいんじゃねーの」 「つまり、あんたが何かやったんでしょう?」 「どこをどうしたらそうなるんだよ。何もねえって言ってんだろ? なら、それでいいじゃねえか」 「そんな馬鹿なことがあるはずないでしょう! あのくるみが! 真面目に働くなんて!!」 「お前は部下をどーゆー目で見てんだ。……それにしても、そうか、くるみか」 太陽は、部活でのくるみを思い返してみた。 ルナが無茶する影で、くるみが何をしていたかといえば――。 「特にないな」 何か食べていた覚えしかない。 要するに、いつも通りなのだった。 「部活の終わりはそんな遅くねえし、特別に変わったわけでもねーしな。何か別の理由があるのかもしれねえが、そんなもん、俺に話しているわきゃないだろ?」 「まあ、それはそうね」 「……。そう言うなら、なんで俺のところに来る」 「あたしがあんた以外に知ってる人いると思ってるわけ? 本気で? あんた馬鹿じゃないの?」 「なんでお前そんな強気なんだよ。てか、京都に帰れよ」 「なんで! あたしが! あんたに負けっぱなしで逃げかえらなきゃいけないのよ!」 「あーはいはいわかったっての。でも、それはくるみも同じじゃねえのか」 「は?」 「だから。くるみも、知り合いはそんないねーだろ? となりゃあ、行く場所も限られるんじゃねえのか」 「……そういえばそうね」 多々良くるみが都心に来て、まだ一ヶ月ほどだ。知り合いの輪は、茨よりも広いかもしれないが、それでも知り合いなんて限られるはず。 しばし茨は黙考していたが、やがて首を横に振った。 「やっぱり心当たりはないわ。てか、心当たりがあるようなら、先にそっちに行くわよ。あんたなんかに会いに来ないで」 「そうけ。じゃ、本人に聞くしかねえな」 「え゛」 目を丸くした茨は、つい、と視線をそらす。 「んだよ。聞けねえのか」 「そうじゃ、ないけどー……」 もじもじ。 どう見ても聞きたくはなさそうな態度。 「なんだ、ケンカでもしたのか」 「そうじゃないっての! でも、こう、むりくり聞きだすことで関係にヒビ入れたくないし――」 「気がちっちぇえな」 「う、うるさいわね!!」 「じゃあ、しゃあねえな」 パン、と膝を叩き、太陽は立ち上がった。 「ちょっと、どこに行くつもりよ」 「どこって決まってんじゃねえか」 「は?」 「本人に聞けねえなら、こっそり調べるっきゃねえだろ?」 「……なるほど。あんたにしてはまともなことを言うわね」 「つーわけで、行くぞ。準備とか何とか、色々としなきゃならねえしな」 「しょうがないわね、付き合ってあげるわ」 「オイ、誰のためだと……」 「はいはい、さっさと行きましょ」 「おい!」 すたすたと扉から出て行く茨の背中に、太陽は呟く。 「――ドアから出入りできんなら、最初からそうしてくれ」 五月。窓なしで過ごすには、まだ少し早かった。 そんなこんなで。 「ちょっと、烏丸、近い! もっと離れなさい!」 「変に離れていたら目立つだろうが。いいから我慢しろよ」 「うぐぐ……」 太陽と茨は、多々良くるみの後ろを尾行していた。 一応、二人ともバレないように変装はしている。茨は普段の和装ではない、どこぞのお嬢様然とした白っぽいワンピース。太陽はちゃらちゃらしたアクセサリーに、ダメージジーンズ。 さらに、二人とも色の薄いサングラスをかけ、念には念を入れて、茶系のカツラまで用意している始末。 もっとも、ぜんぶ演劇部からの借り物。こんな時ばかり、太陽の交友関係は役に立ったりする。 二人はくるみの後ろで、デートするカップルを演じていた。もっとも、それがまったく似合わない、ちぐはぐな格好ではあるのだが。 「というか、くるみ、こんな近くにいるのに、普通に気付かないのね」 「もともとトロくさいやつだし、俺もお前も妖力は弱いからな」 本気を出せば、二人とも相応の妖怪だ、それなりの気配も残る。 だが、人化した今の状況ならば、それほど気配を発さずに済む。もっとも、くるみが周囲を気にしないような性分というのも影響しているだろう。 くるみは特に意識をするでもなく、普通に道を歩いていく。 「やっぱり部活では普通にしてたけどなぁ」 時刻は夕刻。部活動も終わり、普通の生徒ならば帰路につく時間だ。 「そういや、お前らはどこに住んでるんだ」 「普通の空き家よ」 「不法侵入じゃねえか」 「失敬ね、ちゃんと家主の許可は取ったわよ」 「お前らみたいな怪しげな二人がか? 保証人はどうしたんだよ」 「そこはほら、くるみの能力で。一本だたらって幻術が得意なのよ?」 「やっぱ不法侵入と変わらねえじゃんか」 「能力を有意義に活用しているの」 人それを詐欺と呼ぶ。 もっとも、くるみも茨も妖怪だが。 「……。ま、いいけどよ。こっちの方が家なのか?」 「うん、そうなんだけど――あれ?」 途中、くるみは角を曲がった。商店街の方に行くらしい。 「おかしいわ、あっちじゃ正反対よ」 「へえ? ってことは、本当に何かあんのか」 「あんた、信じてなかったわけ?」 「半々だ。くるみはお前を尊敬っつーか、一定の敬意は払っているように思ってたからな。黙って何かをするってのは、ちょっと考えにくかった」 「む」 茨は押し黙った。太陽の言い分が気に入らないわけじゃないからこそ、余計に表情を険しくする。 「じゃあ、何だっていうのよ」 「答えはおのずとわかんだろ。ほら、行くぜ」 「仕切るんじゃないわよ!」 「大声を出すと見つかるぞ」 「うぐぐぐ!」 なんだが、尾行するほうがストレスになるかもしれないなー、とか。 そんなことを考える太陽であった。 |