商店街に向かう多々良くるみと、その後ろを付いて回る怪しい二人組。
 やがて、くるみは一軒の店まで来ると、平然と中に入っていった。
「飯でも食うのかね?」
「さあ……。あの子の食生活を把握するなんて妖怪業じゃないわ」
「人間でもできねえだろうよ。ふむ、ここか」
 くるみが入っていったのは、商店街の端にあるコンビニだった。都市部のコンビニにしては敷地面積が広く、少し変わった品まで売っていると評判の店舗だ。
 太陽たちは、コンビニの前に置いてあるゴミ箱に隠れ、店内の様子を窺う。
「中、見える?」
「ああ……、おお?」
 ちょいちょい、と太陽が指し示す先に、茨も視線を向けた。途端、
「いっ!?」
 変な声が漏れた。
 何故か、多々良くるみはコンビニチェーンの制服を着ていた。青と白のストライプ。普段の着物よりはよほど普通の格好だが、眼帯のせいで、やはり違和感は拭えない。
 というか、驚くべき点は、普通に制服を着ている点そのもの。
「く、くるみ、何をしているの……?」
「常識的に考えりゃ、コンビニのバイトだよな」
「な、なんで?」
「お前の給金が安すぎるんじゃねえの」
「食べるには困ってないわよ! 当たり前でしょうが!」
「当たり前でもねえけど、でも、くるみがバイトする理由つったら、金が欲しい以外には考えられねえだろ」
 まさか社会勉強をしたいとかいう真面目な子でもあるまいに。
 普通、アルバイトをして得られるものといえば、ある程度の社会経験と、金銭くらいなもの。社会経験を必要としない妖怪である以上、目的はお金以外に考えられない。
「だけど、うー……」
「なんだよ。別にいいじゃねえか、部下がバイトしていようが何していようが。ま、確かに悪いことはしてねえわな」
「そういう問題じゃない!」
「じゃあ何が問題なんだよ」
「だって、アルバイトって、大変……、なんでしょ?」
「あー、まあな。俺は短期しかしたことねえけど、やっぱ働くっつーのは大変だよ。嫌なことも、やりたくねえこともやらにゃならんしな。そういう意味じゃ、人間ってのは立派なもんだよな」
「くるみは、そういうことをしているわけよね」
「そうなるだろうな」
 しばし沈黙した茨は、じっとくるみが立ち働く姿を見ていた。
 大きめのコンビニだけあって客入りも多く、くるみがこちらに気付く様子はなさそうだった。だからこそ、安心して観察することができる。
 黙って見ていると、くるみはそれなりによく働いているようだった。レジに立ち、客をさばいているだけだが、割と早い。運動神経には問題があっても、レジ打ちくらいはできるらしい。
 これで、もう少し笑顔があれば、レジとしては完璧かもしれない。もっとも、コンビニのアルバイトに、そこまで要求する客も少ないのかもしれない。そう考えれば、くるみは今の時点で十分にアルバイトとして必要なものを満たしているのだろう。
「おい、茨。もう何をしているのかはわかったんだ、戻ろうぜ」
「……うん」
 茨はようようゴミ箱のかげから体を出した。
「ねえ、烏丸太陽」
「何だ」
「あんた、あたしにもバイトを紹介しなさい」
「はぁ?」
 変な顔をした太陽は続け、
「なんで俺が」
「乗りかかった船でしょ」
「乗せたのはお前。だいたい、バイトったって、お前に何ができるんだよ」
「なんでもいいわよ。ただ、アルバイトって、妖怪でもできるものは少ないものなんでしょう?」
「ああ、まあな」
 妖怪は、当たり前ではあるが、戸籍なんかはない。
 簡単なアルバイトであれば素性を偽ることなど難しくないが、正規の仕事ともなると、妖怪にはとてもできない。
 ましてや茨は、妖怪としての本質がダダ漏れなタイプ。妖気は薄いから、人間に交じることは難しくないかもしれないが――。
「まあ、そこらへんの飯屋とかなら、あるんじゃねーの?」
「飲食店は嫌」
「いきなりハードル上げやがったなオイ……。じゃあ運送屋とかどうだ」
「何をするわけ?」
「あー、まあ、荷物の仕分けとかだろうな。運送業ってわかんのか、お前」
「馬鹿にしないでよ。人間の生活くらい、きちんと学んだわ」
「とてもそうは見えねえけどな。じゃあ、とりあえず履歴書でも書いておけや。中身なんざ適当に書いたってバレやしないからよ」
「……リレキショって何よ」
「ぜんっぜん理解してねえじゃねえか!」
 先が思いやられる、とか、ちょこっと思った太陽であった。

 数週後。
「はーい」
 鳴り響いたチャイムに応じ、小笠原ミハエルはインターフォンの受話器を取った。
 受話器の横にあるモニターに、見知った友人の顔を見つけ、ミハエルは破顔する。
「ああ、太陽。どうしたの、いきなし」
『ああ、いや、ちょいと色々とあってなー……。今日、大丈夫か?』
「ん、大丈夫だよ。とりあえずあがりなよ」
 受話器を置き、玄関に向かうと、烏丸太陽がどこか所在なさげに立っていた。
「いらっしゃい、太陽――あれ?」
 ミハエルは友人の隣に、知らない女の子を見つけ、首をかしげた。
「太陽、そちらは?」
「そちらなんて大したもんじゃねーけどな、不知火って、俺の京都での知り合いだよ」
「ああ、京都の」
 ミハエルも、太陽がもともと京都に住んでいたこと、こちらに引越してきたことなどは聞いている。
「まあ立ち話もなんだから」
 中に入れる。
 ミハエルの家は道場を経営している。それもメジャーな剣道とか柔道でなく、古武術の方。
 敷地の大きな部分は道場が占めており、母屋はむしろ普通の家より狭い。そんな家の応接間に通された太陽たち。
「父さんたちは道場だから気兼ねしなくていいよ。それで、どうしたの?」
 日本茶を前に太陽は困った顔で、
「あー、実はだな。お前のとこ、バイト募集してたよな?」
「ん? ああ、道場でね。スクールの人も増えてきたし」
 ミハエルの道場は古武術を教えるところだ。だが、厳密に古武術を習おうとして通っている人間はまあいない。今は女性向けのダイエットスクールとして機能しており、古武術を利用したダイエットは、それなりに効果もあるんだとか。
「そこで、こいつ雇ってやってくれねえか」
「不知火さんを?」
「ああ……」
 そこで何故か、太陽は疲れた顔を見せた。
「どうしたの、太陽。なんかやけに疲れているように見えるけど」
「ああ、まあ、な」
 ちらと横を見た太陽。茨は先程から口を開かないが、少し顔が赤かった。
「まあ、苦労したわな、実際」
「わ、悪かったわよ」
「いや、俺はちょっと予想してた」
「……? どういうこと?」
「端的に言うと、こいつに向いたバイトがなかなか存在しねえってことだよ」
 当然と言えば当然だった。
 人間の常識など半端にしか持っていない妖怪。しかも力加減とかあんまり考えない性質の茨なのだ。
 運送屋をやらせれば荷物をブチ壊す、飲食店では皿を割る。
 日雇いレベルでこれなのだから、何をいわんや。工事現場で赤色灯を振らせるだけの仕事でさえ、通行人とケンカするレベル。
 なんというか、果てしなく人間との相性が悪いのだ。
 困り切った太陽は、仕方なし、知り合いに頼むことにした。ミハエルはその点、人間的にも信頼できるし、いざとなれば茨を押さえつける体力もある。
 妖怪のことを知らない友人に託すのは少し気が引けるのだが――背に腹は代えられない。
「よくわからないけど、アルバイトの人は欲しいって言ってたし、父さんに聞いてみるよ」
「すまねえ、頼む」
「いいよー。太陽が僕を頼ってくれるなんてこと、滅多の滅多にないしね」
「そうかぁ?」
「そうだよ」
 ふふ、と笑いをもらす。
 いつだってそうなのだ。烏丸太陽は自然体で。京都と習慣が違うせいか、戸惑うことが多かったのは傍目にもわかったのに、どんな時でも自分の力で解決しようとしてしまうのだ。
 そんなのを見ていたから、ミハエルも、協力したくなる。今だって、一人暮らしで大変だろうに、友人の世話までして。
 そういう人間だから、助けようと思うのだ。
「甘いよねぇ、太陽は」
 だから、好ましいのだけれど。
 そんなことを思う、ミハエルであった。



   
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