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「だーっ、つーかーれーたー」 「はいはい、わかりましたから、もう少しシャキッとしてください」 森から帰ったわたしを待っていたのは、たくさんの事務処理と、子供たちの面倒。 もともと子供たちの相手をするために帝都に来たわけで、帝都に戻れば、そっちの仕事をやらざるをえない。それはそれとして、森に行くなんていう大仕事を終えた後の事後処理は、所長に任せきりにできない部分もたくさんあった。 報告書を書いたり、所長と連絡をとったり、女の子を親御さんのところに戻したり。普段はやらない仕事までたくさんやると、肉体的にも精神的にも疲労がたまる。 「てか、なんでオレの部屋で休んでいるんですか」 「ここなら言えばなんでも出てくるじゃないー」 「オレの部屋は喫茶店じゃないんですけど……」 「バカ者、喫茶店はお金を払わなきゃいけないでしょーが」 あー、ベッド超気持ちいい。 ごろんとベッドに転がり、天井を見上げる。それだけで、うとうと、気持ちよくなってくる。 「ちょっと先輩、こんなとこで寝ないでくださいよ」 「あー、努力する」 「今すぐに起きろッ!」 「最近、だんだんと扱いがぞんざいになってきたねぇ……」 ぶちぶちと文句を言いつつも体は起こす。確かに、後輩の部屋で一夜を明かしたいとは思わない。 「はぁ……」 とはいえ、体は重い。やる気も出ない。このまま部屋に戻っても、そのまますぐに気絶してしまいそうだった。 「どうしたんですか、本当に。やけに疲れているじゃないですか」 「あんだけ子供たちと触れ合って元気いっぱいの方が変でしょ」 「それだけには見えませんけど」 じっ、と何かを見透かすような瞳がわたしを覗きこむ。なんとなくうっとうしてくて、わたしはその目を見ていられなかった。 「何もないっての」 「リュートさんと何かあったんですか?」 「――なんでリュートが出てくるのよ」 「だってあの依頼からじゃないですか、先輩が調子を落としているのって」 なんでこう、まだまだなくせに、普通にこういうことは気付くかなー……。それとも、わたしがそれだけわかりやすかったってわけぇ? わたしはまた、深くため息をつく。 「ま、気になるよ、さすがにね。あれは普通じゃない。まっとうな手段で手に入るようなものじゃない」 「リュートさんの武器、のことですか?」 「そう。リュートの武器は、そうね、言ってみれば獣そのものよ。人間にはありえない動き。感覚。そういうことができるようになってしまう」 「確かに、あれは人間離れしていましたね」 「そう。それができるってことは、当然にまっとうなもんじゃないわけよ。ああいうのが普通に出回っているなら、わたしたちが知らないわけないしね」 「帝都では普通にあるのかもしれないですよ。あるいは他の国でも」 「あれば話題になるでしょ、どの国の所有物でも。それに……、リュートは、出所に関してはお茶をにごしたの」 それは、リュートが表ざたにはできない人と付き合っているという、その証拠。 わたしとリュートが友達だったのは何年も昔の話だ。だから、その間にリュートがわたしの知らないような人と付き合い始めてもおかしくはない。だけど、 「ま、だから、気にはなるわけよ。これでも友達だった、ううん、今も友達だって思っているんだから」 「なら聞けばいいじゃないですか。どこで手に入れたんだ、って」 「聞いてもはぐらかされたって言ったでしょ。それに、あんまし深く突っ込めないよ。事情も何も知らないんだから」 「……」 セロンはじっとわたしのことを見つめる。その視線は少し痛い。 「なんか、エリア先輩らしくないですね」 「らしくないって何よ。それじゃまるでわたしが無神経女みたいじゃない」 「そこまでは言いませんけど、でも、相手に悪いから突っ込まないなんてのは先輩っぽくないなって思います」 「……そう?」 「そうですよ」 とはいえ。 そこはやっぱり、突っ込めないよ。 「あんまり深入りすると、リュート自身が嫌がると思うのよね。それに、なんかこう、知ったらもう戻れないような……、今までの関係が壊れるような、気がするの」 相当にきな臭い話。聞いても返してはくれないだろうし、聞いた後、わたしとリュートの関係がどうなるのかもわからない。 聞かれたくないことを聞く相手。そんなのと顔を合わせたいとは思わないだろう。リュートがわたしを避けるようになったら、それは、寂しい。 「関係が壊れるなんて、そんなのやってみなきゃわかんないじゃないですか」 「やってみて失敗したら取り返しがつかないからやらないんでしょう」 「そんなんじゃ何も変わらないでしょう!」 「変えなくていいって言ってるの!」 「オレはそういうエリア先輩を見たくないって言ってるんです!」 たがいに言葉を出しつくし、失う。にらみ合い、しかし言葉は出てこない。 セロンが何をムキになっているのか、わたしにはよくわからなかった。これはあくまでわたしの問題でしかなく、セロンには何の関係もないことだ。それに、セロンはリュートと親しくもなんともない。 言い方は悪いけど、セロンには「関係のないこと」。それをああだ、こうだと指示されるのもおかしい。 なのに、セロンには引き下がる気配がなかった。ここまで自己主張することも、本当に珍しいことだ。 「とにかく、こんなところにいたって何も変わりゃしない!」 「ちょっ!?」 セロンに腕をつかまれ、引き上げられる。なんだかんだと言っても男と女の差。セロンの方が力はある。 「エリア先輩が行きたくないって言うなら、オレが力ずくでも引っ張って行きますからね!」 「ちょ、やめて、セロン!」 わたしの抗議は、セロンの耳には届いていなかった。 そうしてわたしは、見た覚えのある古ぼけたアパートの前に立つことになった。 「どうしてセロンがここの場所を知ってるのよ……」 「本人に聞きました。エリア先輩に何かあったら連絡をくれ、と言われて」 「――リュートのやつめ」 余計なことを。 内心で舌打ちしつつも、ここまで来てしまった以上、さっさと逃げ帰るのもはばかれる。 リュートの部屋。その扉は閉まっている。このあたりはマナの明かりさえないのか、ろうそくらしい明かりが漏れていた。つまり、リュートは家のいるということ。 「ほら、エリア先輩! 早く入りましょうよ。ここは物騒なんだから」 「わ、わかってるわよ」 言いつつも、扉をノックするための手は動かない。 古い扉を眺め、わたしは立ち尽くす。 「ああもう!」 痺れを切らしたのか、セロンが扉を乱暴に叩いた。中からリュートの声が聞こえる。 「ちょっとわたし用事が」 「ここまで来ておいて何を言ってるんですか!」 「連れてきたのはセロン! わたしじゃないし!」 「んだよ、人の家の前でごちゃごちゃうるせーな」 脱出失敗。ガチャリと扉が開き、リュートが顔を出す。その顔を見た途端、わたしの手足が動くのをやめた。 「なんだ、エリアとセロンか。報酬でも持ってきたのか?」 「それはもう少し。それより先輩がリュートさんに話があるらしいです」 「話だぁ? 俺が話すことは何もねーぞ」 「リュートさんになくともエリア先輩にはあるんです! ほら、先輩」 どん、と背中を押され、わたしはよろめきながらもリュートに体を預ける。リュートはわたしの体を抱きかかえ、 「っと」 「うぐ……」 感じるリュートの体温。男の人の匂い。 一瞬の沈黙、そして、 「セロンッ!」 「じゃあオレはこれで!!」 あ、あの野郎。マナまで使って逃げやがったな。 瞬時に姿を消したセロンを恨めしく思いつつ、夜空を見上げる。そんなわたしの頭に乗っかる大きな手。 「とりあえず中に入れ。んでもって外で騒ぐなバカ」 「う、うるさい!」 「何を怒ってんだ、お前は」 「セロンに対してよ!」 「俺は関係ないだろうが!?」 あんたが元の原因よ。 ちくしょー……。 |