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ボロボロのテーブルを挟み、リュートと向かい合う。 じじ、と蝋燭の明かりが揺れる。本当に、この家にはマナもないらしい。今では貴重とさえ言える。 「いや、何かあったんだろ? 何か言えよ」 「う、うん」 そういえば蝋燭ってロウなのよね。いや、だからどうってわけじゃないんだけども。 こうして見ると蝋燭も割と明るい。ムードもあるし、悪くないわね。うん。 「おい、エリア? 聞いてんのか?」 「き、聞いてるよ」 だいたい最近の人はマナに頼りすぎなのよ。頼りすぎ。こんな、どういう原理かもいまだに判明していない存在に頼るなんて、実は人間の文明ってあやふやの上に成り立っているのかもしれない。 そういうのはよくないわね。少しくらい、人間は昔の苦労も知るべきなのよ。その中でしかわからないこともあるし、そういうことって結構、大切だったりするし。 「エリア!」 「ひゃ、ひゃい!」 ちょっとだけリュートは怒っているように見えた。いや、うん、普通は怒るわよね……。 「どうしたってんだよ、本当に。今日のお前、何か変だぞ」 「そ、そーかしらね。なはは」 「……?」 じっとわたしを見つめるリュートの瞳。それを見返し、 「ッ……」 目をそらす。 わたしには、このリュートがリュートであると断言できない。 それが、怖いんだ。 「風邪か? んだったら医者のとこ行けよ」 「そんなんじゃ、ない」 わたしの知っているリュート。昔のリュート。 その頃のリュートは、あやしげな武器なんか持っていなかった。変な繋がりもなかった。暗いうわさも、黒いうわさも持っていなかった。 ただの、どこにでもいる、落ちこぼれだった。わたしと同じく。 「あー、ったく、なんだってんだ……」 ぼやくリュート。その姿さえ、空々しく見える。 わたしがリュートと親しくなったのは、お互いに弾かれた者だったからだ。わたしは錬金を覚えられず、なんだったか忘れたけど、リュートも同じようにどっかの学科で能力が使えないって断定されていた。 懐かしい記憶。その頃の面影を探してしまう。 「そう、昔は頼りなかったのにねぇ」 「頼りないってなんだよ」 「そのまま。吹けば飛びそうな感じだった」 体も今より細かった。適性がなかったことに落ち込んでいたリュートは、さらに小さく、弱々しく見えた。 昔の、記憶。 「思いだすね、昔。リュート、よく隅っこの方でオカリナ吹いてた。あれってすねてたのよね?」 「あー……、まあ、そんなこともあったな」 「懐かしい。今は吹いてないの?」 「ああ、そういや、もうずっと吹いてないな。今は持ってねーし」 「――そうなんだ」 「じゃあさ、あれは? 学食でよく食べてたじゃない、ほら、なんかボソボソした乾パンみたいの。あれは?」 「おい」 「そうそう、そんなこともあったねぇ。あれが安いからだって、安いだけであんなに毎日は食べないでしょ。好きだったんじゃないのー? 本当は」 「エリア!」 びくり、と肩が震える。口から溢れていた言葉がせき止められる。 もう、何も出てこない。 「いつの話をしてんだよ。昔、昔って。ガキじゃあるまいしさ、そんな話をしに来たんだったら、悪い、帰ってくれないか。俺も暇人ってわけじゃないんだから」 「あ、う……」 「どうかしたんじゃないのか? お前らしくないぜ」 わたし、らしくない。 そう、それは自分でも理解できている。わたしは、いつものわたしはこんな感じじゃない。そうじゃないってわかるのに、止められない。自分の意思が制御できない。そんなのは久しぶりすぎて、どうすればいいのかもわからない。 ああ、どうすればいいのかな。本当にどうしよう? 何かを言うべきなのに、何を言っていいのかもわからない。リュートの顔を見ていると言いたいことがいくつも思い浮かぶのに、それを実際に口にしようとすると口が閉じてしまう。 なんでだろう。昔のリュートが相手なら、きっと気後れなんかしなかった。言いたいことを言って、頭のひとつもはたいてやった。 それが、今はできない。 リュートが変わったせい? それとも――わたしも、変わったのかな。 自分のことなんて、実際のところはよくわからない。自分では変わったつもりがなくても、実際には大きく変わっていることだってある。 わたしは、そんなに変化したつもりは、なかった。けど、実は、大きく変わったのかもしれない。臆病に。 「あの、なぁ。本当に病気か何かじゃないよな? あん時に頭でも打ったのか? 変わりすぎだぜ、お前」 「か、変わってなんかない!」 思わず反発する。それに、リュートも目を丸くした。 「ったく。とにかく迷惑だ、帰ってくれ」 口の端をぴくぴくさせながら、リュートは言う。 迷惑。 そんなの、当たり前だ。いきなり家に押し掛けてきて、わけのわかんない昔話を連呼して。わたしは、一体、何をしているの? 今はただ、リュートの顔を見ていることしかできない。 ……いや。 「あ……」 その顔を見ていて、気付く。 そうだ。昔のリュートも、こんな顔をしていた。あれは、いつのことだったか。 初めてリュートと会った時。わたしは、彼の吹くオカリナの音色に導かれるように歩き、対面した。 隅っこの方。観客なんているはずもないような日陰に、彼はいた。誰かが来るなんて思っていなかったらしくて、リュートはびっくりしていた。 『上手なのね』 『うるせえ』 線の細い、頼りない少年だった。年齢的にはリュートの方が上だったけど、わたしが守らなきゃって思わせるような、そういう庇護したくなる人間だった。 リュートには才能がなかった。マナを上手に使いこなせなかった。それは、致命的なことでもある。それでも、自分に使えるマナを必死に探していたし、そんなリュートの周囲には人も集まっていた。 わたしも、その中の一人だった。 笑っているリュート。怒っているリュート。泣いているリュート。楽しんでいるリュート。 色々な顔が思い浮かんでは、消える。 そして、その中の、たったひとつの表情が目の前に浮かぶ。 「嘘だ」 くすっ、と笑いが漏れた。それだけで、なんだか気が落ち着いた。 「嘘、って何だよ」 「嘘は嘘。迷惑、なんてちっとも思ってないでしょ? むしろ心配してくれてるんだ。だからこそ、わたしを突き放そうとしている」 「んなわけあるか」 「じゃ、ここ震わせるのやめたら?」 とんとん、と自分の口元に指をあてる。リュートがハッとした。 「昔からさ、嘘は下手だね、リュートは。嘘をつくと必ずここがぴくぴくするんだ」 「ちっ」 ふてくされたように身を投げ出す。その姿も、見覚えがあった。 そうだ。わたしも、リュートも、もう子供じゃない。何かが変わっているだろうし、何もかも同じままではいられない。 でも、やっぱりわたしたちは、昔の延長線上にいるんだ。昔という、わたしたちの原点の先に、今のわたしたちがいる。 「ちょっと安心した」 「俺の嘘が下手で、か?」 「それも含め。なんかさ、リュートが遠くに行っちゃった気がしてた。でも、そんなことないんだよね。リュートは昔からリュートなんだ」 「リュート、リュートって。うるせーよバカ」 あああ、と頭を引っ掻き、嘆く。 「なあんでお前なんか上げちまったのかなぁ。昔馴染みってのはいっちばんやべーのにさ!」 「いいじゃん、いいじゃん。何かやましいことでもあるの? お姉さんに話してみなさい?」 「ねー……、って言っても無駄だよな。全部、は、まあ、教えてやれん。そればっかりはな」 少しだけ、彼の目に真剣さが戻っていた。わたしも、緩んだ心を引き締める。 「実はさ、俺、ダメだったんだ。マナ、ひとつも使えなかった」 「……それって」 「ああ。俺はコウモリだ」 |